クリスマスは別世界 ─ 2
その後ろ姿を見送った将之は、バックパックから端末を取り出し、改めて目の前のイルミネーションを見つめる。その右目は、先ほどまでと違い透き通った青色に変じていた。その色を目の端に留め、奏が端的に訊く。
「どうだ、マサムネ?」
「駄目だな。何も視えない」
将之の右目の義眼は、只人の目には見えない電機寄生体を視認することができる。だが今、彼の視界にはなんの異常も示されていなかった。
「異常作動時にだけエネルギー流入があるタイプだろうな。ただ、寄生体の仕業だとすれば、寄生しているのは十中八九、あれだ」
将之が人差し指で示したのは、ツリー裏手の建物に寄せられた派手な塗装のワゴン車。その窓から電源コードを伸ばす、制御用のノートPCだった。車体にペイントされた「プレイホース」のロゴからして、例のイベント会社のものだろう。周囲にはロープでおざなりな囲いがしてあるが、人の影は無い。
将之の指先を辿った奏が、首を傾げる。
「イルミネーションはここだけじゃないけど?」
「異常動作を起こす部位が限定的なら、一部の機械にだけ寄生している可能性もあるけどな。話を聞く限り、今回症状が発現しているのはイルミネーション全体だ。ライトそのものとは別の、点灯制御を統括する機械か、その外部周辺機器に寄生していなけりゃできる芸当じゃない」
保典からコピーを貰った設置管理業務委託仕様書を見る限り、イルミネーション点灯に要する電気は、特定ポイントごとに近接する道路照明灯や駅・商店街から引き込まれて賄われている。
つまり、全てのイルミネーションが同じ電源に繋がっているわけではないのだ。問題の寄生体が特定のライトやブレーカーのみに影響を与えているのであれば、会場全体で同時に異常が発生することは無いだろう。
すると残された可能性は、イルミネーションを遠隔操作している機器、ということになる。
「なるほどねぇ」
頷き、奏は生垣から腰を上げた。義眼を通常モードに戻した将之もあとに続く。目的は、もちろん話題に上がっている制御用PCの検分だ。だが、ロープまであと一歩というところで「おい!」と鋭い制止がかかり、二人は足を止めざるを得なくなる。
人混みを掻き分けてすっ飛んできたのは、まだ若い――二人とさほど年が変わらない青年だった。
蛍光色のジャンパーの胸には見覚えのあるロゴが踊り、首に下げられたIDカードには「若林」の表記。Webサイトに載っていた写真と違って髪は金に近い茶色に染められ、やや軽い印象が増しているが、事業を委託されたイベント会社「プレイホース」の社長・若林遊馬その人に間違いなさそうだ。
「そこのあんた、触らないで!」
荒々しく将之を押しのけてPCに飛びついた若林は、機器に触れられてもいないのにマウスを神経質にクリックする。休止モードだった画面が点灯し、複数のウィンドウが忙しなく処理をこなしている様子が二人の位置からも見てとれた。
わざとらしくモニターにかじりつく若林に、将之は「すみません」と頭を下げて名刺を差し出す。
「電機寄生体駆除事務所の伊達です。その機材を少し拝見したいんですが」
「はぁ? ダメダメ! シロートさんにいじられて、壊れでもしたら堪ったもんじゃない」
一瞥すらくれずに、若林はぶっきらぼうに言い放った。顔つきを険しくしたのは当の将之ではなく、隣でやり取りを見守っていた奏だ。
「無断で近寄ったのは、すみません。でも、俺たちが駆除を請け負うこと、話は通してあるって聞いてますけど」
「あー、なんか言ってたな」
うるさそうにモニターから顔を離した若林は、幼い顔つきの奏を見て唇を歪める。
「寄生虫だかなんだか知らないが、うさんくさい連中に現場をうろうろされちゃ敵わねぇよ」
邪険に言い放つと、彼は再びモニターと睨めっこを始めた。とどめとばかりに、シッシ、と犬でも追い払うように二人に向けて手を振る。話に耳を傾けようという気は微塵も無いようだ。
顔をしかめながら、将之と奏は仕方なくその場を後にする。もっとも、諦めたわけではない。PCが見えるよう、少し離れた地点で再び腰を落ち着けた二人を、若林が煩わしそうに睨みつけた。わざわざ注意にまでは来ないが、その視線は雄弁に「どいてやるものか」と語っている。
「駄目だ、こりゃ。現象が発現するのを待つか」
その場を離れる気配の無い若林に、将之はため息をついて天を仰いだ。一方の奏はと言うと、ぶすくれた顔をして両腕で頬杖を突いている。
「腹立つなぁ、あの態度。こちとらシロートじゃないっての。ちょっと触ったくらいで、マサムネが機械を壊すわけないだろ」
「まあまあ、無理もないさ」
苦笑した将之は、そこでふと、視線を空から引き下げた。
「しかし、シロート目線ながら、どうも気になるんだよなぁ」
「気になるって?」
「んー」
将之はすぐに答えなかった。二人が座る縁石の生垣に這わされた配線部品を摘まんで、まじまじと観察する。その眉間に皺が寄った。
何かを思い出したような面持ちで、将之はジャケットの胸ポケットからスマホを取り出して、指を滑らせる。しばらくそうして画面を眺めていたが、不意に指を止めて「ふむ」と眉間に親指を当てた。何かを考える時の彼の癖である。
思考の邪魔をしないよう、奏は口を噤んでしばらく様子を窺っていたが。
「まぁ、オレたちが口出しすることじゃないか」
自己完結して独りごち、将之はスマホを元の場所に収めた。奏もそれ以上の追求はせず、自然と二人の間には沈黙が落ちる。
「時に相棒」
数拍の後、おもむろに口を開いたのは将之だった。
「改まってなんだよ、相棒」
真面目くさった顔と声に、奏が同調して答えると、将之は正面に顔を向けたままで後を継ぐ。
「異常動作発現時に、あの装置にアクセスポイントが確認できたとして。あちらの彼を少しの間、手出しさせないでおくことは?」
あちらの彼、のところで、将之は今もパソコンの前に陣取る若林を一瞬だけ見やる。
同様に、ちらりと視線を走らせて。
「お前がそうしろって言うならな」
先の将之と同じか、それ以上に真剣な声で奏は答えた。
将之はそれ以上何も言わなかったし、奏も言葉を続けることは無い。無言の了解が二人の間で交わされる。
「ママー、あのお兄ちゃんたち、わるいかおー」
「しっ、見ちゃいけません!」
「ねー、あのひとたち、クリスマスなのにカノジョいないのかなー?」
「やめなさい、聞こえたらどうするの!」
二人の前を通り過ぎていった子どもが、手を繋ぐ母親らしき女性に無邪気に報告していたが、二人は聞こえなかったことにした。
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