クリスマスは別世界 ─ 1

 明留駅前広場。この時期、明留市において最も賑やかな場所を街行く人に尋ねれば、「ここ」だと答えるであろう場所――の、隅にある生垣の縁石。そこに、将之と奏、そして肩をすぼめた保典は座っていた。

 広場の時計は六時半を差しており、辺りはすっかり冷え込んで身震いするほどである。もっとも、防寒コートを着ているのは将之と保典の二人で、奏はいつものジャンパーを羽織っただけだったが。

 明留市をあげてのイベントというだけのことはあり、イルミネーションは二人の予想以上に華やかで大規模なものだった。煉瓦で舗装された広場には大小様々なライトが張り巡らされ、色とりどりの光が夜闇を煌びやかに彩っている。樹木や街路灯はもちろん、フェンスやガードレール、さらには生垣や花壇、噴水にまで至る徹底ぶりだ。

 ベンチの脇に目をやれば大きな雪だるまのモチーフライトと目が合うし、隣の樹下ではトナカイが堂々と角を掲げている。

 視線を上げれば、目に入るのは雪の結晶やオーナメントのプロジェクションマッピングだ。普段は無機質極まりない周辺施設の壁面や窓にまで、今夜は雪が降るらしい。

 光に負けず劣らず賑やかなのは、それを眺める人も同じだった。広場だけでなく路上にまで溢れ返っているのが駅の利用者だけとは思えず、わざわざこのために訪れた見物人が大半だろう。光の海を散策したり、足を止めて記念撮影をしたりする人々は誰もが嬉しそうな歓声を上げている。

「こうやって見ると、やっぱり広いよな」

 ぐるりと周囲を見回した奏が言うように、イルミネーションは近くのアーケード街や大通りにまで設置されているようだった。ロータリーから伸びる車道も、飾られた街路樹のために光のトンネルと化している。

 これだけのスケールとなると、使用される電球の数はゆうに三十万球はくだらないだろう。明留市の都市規模から考えれば不釣り合いともとれるほどだ。

 そして、その中で一際目立っているのが――。

「でっかいなぁ。生意気な」

「僻むな、僻むな」

 唇を曲げた奏と、失笑する将之の視線の先にあるのは、広場の片隅にそびえ立つ巨大なクリスマスツリー。

 真下に設置されたスポットライト三台で照らし出されたその正体は、市のシンボルでもある金属製の樹型モニュメントだ。高さ十メートル以上に達するそれは、駅の南に位置する雑居ビルに寄り添うように建てられている。

 枝に見立てられた突起にはストリングライトが幾重にも撒かれ、無数に吊り下げられたベルや靴下形のカーテンライトに人々が瞳を輝かせる。もちろん頂点には、一抱えほどもありそうな星飾りが一際眩く光を放っていた。

 その根元。今日だけ特別に設営されているという簡易ステージの上では、一人の男が寒さをものともせずに意気揚々とスピーチを披露しているところだった。

 ストライプが入った仕立てのいいスーツと、ダブルのチェスターコート。それらを嫌味無く着こなす、体も存在感も大きな男である。体格はスポーツ選手のように引き締まっており、表情には自信が漲っている。

 きっちりと撫でつけられたロマンスグレーの髪や顎髭と相まって、年相応以上の風格が備わっているのが遠目にも感じられた。


 男の名は速水良治。事務所でも話題になった、明留市の現職市長である。

「――この燦然と輝くイルミネーションが明留市を導く希望の灯火となり、私が掲げる『未来の街づくり』を牽引してくれることでしょう。このスローガンのもと、明留市が今後ますますの発展を遂げ、市民のみなさまが暮らしやすい先進的な都市となっていくことをご期待ください」

 スピーカーを介して放たれる市長の声は明瞭で力強い。ステージを取り囲む群集にも臆する様子は一切見せずに挨拶を締めた彼は、最後に片手を大きく掲げてツリーを示す。

「七時からはメイン広場でプロジェクションマッピングも予定しています。みなさん、どうぞお楽しみに」

 恭しいお辞儀にタイミングを合わせ、ツリーを飾るライトが虹色のグラデーションを描き出した。ステージ脇に控えていた司会者の「ありがとうございました」の声を合図に、見物人たちから拍手が沸き起こる。悠然とステージを降りた市長がツリー裏手へ姿を消すと、スピーカーは元のようにクリスマスソングを流し出した。スピーチ終了を悟った人々も、思い思いの場所へとまた散っていく。

 二人の前を通り過ぎていく人々が交わす、「すげぇ」「年々豪華になるね」などという、賞賛なのか揶揄なのか判じかねる会話が二人の耳にも入ってきた。感心した様子でイルミネーションを眺めていた奏は、顔を正面から右隣の相棒へ向ける。

「あの市長が就任した年からだっけ? このイルミネーション」

「そうだな。速水市長は確か、着任三年目だったはずだ」

 答えた将之も同じように、自分の右隣に座る保典へと顔を向ける。

「イルミネーションの規模も年々拡大されているそうですし、熱心に取り組んでおられるんですね」

「はは、まぁ……そうですね」

 曖昧な笑みを将之に返した保典は、答えるとすぐに顔を正面に戻した。その目に映るのは、視界を埋め尽くすライトの大群だ。

「今の市長の就任前からも、イルミネーション事業自体はあったんです。今よりずっと、こぢんまりとしていましたけどね。その頃は運営も今のような外部委託ではなく、我々のような市の職員と、地元商店街の有志で行っていたんですよ。こう、アーケード街の中に、ささやかな電飾や手作りのオーナメントをせっせと取り付けて」

 看板か何かにライトを取り付けているような仕草を添えて説明しながら、保典は遠い昔を思い出すように目を細めた。

「私は、その素朴な風景が好きだったんですけどね」

 どこか寂しそうに話していた保典だったが、前方から「古賀さん!」と名を呼ばれて立ち上がった。手を振りながら駆け寄ってくるのは、保典と同じ色の作業着を着た若者だ。探しましたよ、と言わんばかりの縋るような表情からして、彼も市の職員なのだろう。「ちょっと失礼」と二人に小さく会釈して、保典もまたクリスマスの雑踏に溶け込んでいった。

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