File.02 聖夜の幻燈

赤い光 ─ 1

「イルミネーション?」

 常と変わらない散らかった室内で、伊達だて将之まさゆきあさひかなでは揃って間抜けな声を上げる。応接テーブルを挟んだ対面のソファに収まり、ぎこちなく頷いたのは一人の男だった。

 年は二人に比べてかなり上で、恐らくは六十手前ほど。ぽこりと出た腹と、やや寂しさが目立ち始めた頭髪。典型的な中年体型をワイシャツとスラックスで包み、上から作業着を被せて仕上げたら、「彼」という人物ができあがるだろう。ちなみに表情は、ここを訪れたときから一貫して、八の字眉の困り顔だ。

 名前は古賀こが保典やすのり。伊達電機寄生体駆除事務所、本日最初にして唯一の依頼人だった。

「どうだ。クリスマスっぽくていいだろう」

 飄々と言ったのは保典ではなく、彼の隣に座る人物である。将之、奏、保典の視線が、一斉に発言者へと集まった。

 ソファの背もたれに片腕をのせているのは、保典と同じ年頃の男。とは言え、保典との共通項は年齢くらいしか見当たらない。

 短く刈り上げた白髪に、浅黒く彫りの深い顔立ち。何より、冬服の上からでも分かるほどに鍛え上げられた肉体と、百八十以上はある身長。

 偉丈夫、と言っても差し支えがない男の名は、獅子ヶ谷ししがやたける。その厳つい名前と外見に似つかわしく、元・格闘技選手であり、引退した現在は後進の育成に力を注いでいる。

 奏が十年以上も世話になっている人物で、将之の元で奏が働くようになってからは、自然と事務所とも縁ができていた。親子ほども年の離れた二人のことを何かと気にかけ、時には電機寄生体と関係がありそうな仕事を紹介してくれる猛は、事務所にとって非常にありがたい存在である。

「彼の管理下で機材トラブルが起きているそうでな。話を聞いたところ、どうもお前たち向きの案件だと思って、ここに連れてきたってわけだ」

「なるほど」

 猛の説明に頷き、将之は机上の名刺に目を走らせた。保典が初手で渡してくれたそこには、『明留あかど市役所 都市整備部整備課 課長』という肩書が印字されている。

「市役所にお勤めなんですね」

「……え、師範とどういう関係?」

 改めて名刺を眺めていた奏は、目をぱちくりとさせて猛を見上げる。地元で道場を開いている猛と、役所勤めの人間という組み合わせが意外だったらしい。かと言って、保典の恰幅のよさからして、門下生でないことは明白である。

 再び集まった視線を受け止めた猛は、気を悪くした風もなく答える。

「月二回、同じ料理教室で、同じ鍋をかき回す関係だな」

 隆々たる体格と豪快な性格にそぐわず、猛の趣味は家庭料理だ。しばしばその恩恵にあずかり、手料理を差し入れてもらっては舌鼓を打っている奏と将之は、下腹が目立ち始めた保典の体型と合わせて大いに納得した。

「隣市ではありますが、どうしてもその教室に通いたくて。獅子ヶ谷さんには仲良くしていただいています」

 照れ臭そうに保典は頭を掻いた。

 彼の居住地にして勤務地である明留市は、この駆除事務所の所在地である黒糸市に隣接する、人口十万に満たない比較的小さな都市だ。しかし、近年になって企業誘致や区画整備、ニュータウン構想が進められ、急速に発展している。これは現職の市長の色が濃く反映されたものであった。

 元・企業戦士である明留市長の速水はやみ良治りょうじは五十五歳。未来志向の革新派として名高い彼は、就任直後から思い切った政策を推し進めており、保典が依頼として持ち込んできたイルミネーション事業も、その一環ということだった。

「では、改めて。詳しいお話を伺えますか」

 話の軌道を修正した将之に、保典は神妙な顔で頷いた。

「問題になっているのは、駅前で市が主催しているイルミネーションイベントです。三年前からクリスマスシーズンに合わせて催しているもので、市長直々に奔走して実現したプロジェクトなのですが……」

 そこで保典は、思わせぶりに一度言葉を切る。

「そのイルミネーションが、真っ赤に明滅するんですよ」

 彼の語り口が妙に真に迫っており、将之と奏は思わず身を少し退いてしまった。膝の上で組んだ指をせわしなく動かしながら、保典は続ける。

「イルミネーション機能に、赤色の発光が無いわけではないんです。ただ、プログラム上では金や白、青色に設定したライトまで、赤く光ることがあるのが妙で」

「設定外の発光が確認された時間や場所に、規則性はあるんですか?」

 将之の問いに、保典は「まったく」と首を横に振った。

「時間は点灯直後のこともあれば、半端な時間帯や、終了直前のこともありました。同じ日に何度も起きたことも。場所も同様に、会場全体であったり、一箇所だけだったりと、まちまちで。見物客は単にそういう演出なのだと思っているようですが、我々には一切心当たりが無い。関係者の悪戯にしても不可解ですし、ほいほいと設定を切り替えられるものでもありません。職員の間でも不安が広がっています」

「誤作動や故障、という線は無いんですね」

「機材の設置操作を任せている業者には何度も調べてもらっているんですが、異常は無いそうです。ただ――」

「ただ?」

 保典が言い淀んだ言葉の続きを促すのは奏だ。ポケットからハンカチを取り出し、保典は額にうっすらと滲んだ汗を拭う。

「この現象は、機材の電源を落としても起きています。三日前の夜のことですが、イベント終了時刻に合わせて主電源を切っても、イルミネーションは消えませんでした。それから十分以上も、そのままずっと赤く輝き続けていたんです」

 どちらからともなく、将之と奏はちらりと視線を交わした。

 電機寄生体には、宿主と定めた機械の動力源を乗っ取るという特性がある。己が持つ特殊なエネルギーを動力として機械に送り込み、自在にコントロールしているのだ。そのため、電源を断っても機械が異常動作を続ける場合は、電機寄生体が関与している可能性が非常に高いと判断できる。

「私も原因を色々と調べていたので、もしや、と思いまして。すぐに大手の駆除会社にも相談しましたが、作業のためにはイベントを一時的にでも中止する必要があると言われてしまって」

「中止は避けたい、ということですか」

 駆除作業のために現場を封じたいという業者の要望は当然のものである。将之の口調に非難めいた響きは無かったものの、保典の八の字眉はさらに下がった。

「仰るとおりです。市長は『そんなことできるか』の一点張り。けれど、トラブルはなんとかしろと言われてしまって。困り果てていたところで、世間話の延長から、獅子ヶ谷さんにこちらの事務所のことを伺ったんです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る