天国への歌 ─ 2

 心底不思議そうな彼女の問いに、将之はぎくりと肩を強張らせた。彼女に向き直った将之は赤面し、なんとも言えない複雑そうな表情を浮かべている。

「正式名称の『非実在性電機寄生体』が長過ぎるからって、奏が勝手に呼び始めたんですよ。糸のようなものを介して機械を乗っ取り、操るから、『マリオネット』はどうだ、って。そのうち、駆除対象となる有害な電機寄生体を」

「『ブラックマリオネット』、略してBM。だから俺たちはBMB――『ブラックマリオネットバスターズ』ってわけ」

 店の中から出てきた奏が、くるりと背中を向けた。そこには、時子が夕方に見た『BMB』のロゴがある。

 BMB、と思わず復唱する時子と、その名称にもの申したげな将之の前で、再び奏は半回転した。にっと笑い、己の腕の中を指さす。

「無害なやつが『ホワイト』。無害とも有害とも言えない……こいつみたいなやつが、『グレー』。分かりやすいだろ?」

 奏の腕の中では、逃げ出そうと短い手足を振って暴れるハリネズミがいた。

 すっかり存在を忘れていた将之も時子も、「あ」と間抜けな声を上げてその小動物を見下ろしてしまう。

「ったく、手間かけさせやがって。俺の顔見た途端に逃げ回るんだからさぁ」

「そいつを探してたのか?」

「そう。イッテテ、おいこら、放してやるからやめろって」

 いよいよもって我慢の限界がきたのか、ついには背中の針を逆立てるハリネズミに、奏は顔をしかめた。彼が地面に降ろすや否や、ハリネズミはぴゅっと距離を取り、代わりに将之の足に纏わりつく。

「あ、あー! なんだよ、なんでマサムネには懐くんだよ?」

「オレが重度のメカオタクで、おじいさんと似たものを感じるからじゃないか?」

「……マサムネ、ちょっと根に持ってる?」

「いーや、別に?」

 微笑した将之は、足元のハリネズミを抱え上げる。奏の時とは異なり、ハリネズミはその腕の中でおとなしく丸まっていた。

「そいつも駆除、するんだよな?」

 さりげなくポケットに――寄生体を消滅させたイヤホンプラグが入っているそこに、手を突っ込みながら奏は尋ねる。

 奏とは目を合わせず、将之は「いや」と短く否定した。

「どうやら、必要無さそうだ」

 怪訝な表情をした奏だったが、将之とハリネズミを眺めるうちに気付いたのだろう。ふと、肩の力を抜いた。

 顔を上げた将之は、時子へと穏やかな声で説明する。

「オレたちが駆除するまでもなく、寄生体が自然消滅するケースが稀にあります。何かに固執する理由が無くなった――俗な言い方をするなら、未練が無くなった場合です」

「未練が……」

 そこで、時子はハッと息をのんだ。

 将之の腕の中で、ハリネズミの体から光の粒がちらちらと剥がれて空中に散っていた。痛みは無いのか、次第に透明度を増していくハリネズミ自身はきょとんとした表情である。

「頑張ったな。よくやった」

 ハリネズミを少し揺らし、抱きしめるように胸のあたりに持ってきた将之の声は優しい。

「安心しろ。お前が大好きなおじいさんは、ちゃんと天国に行ったさ」

 両手で口を覆う時子と、少し離れて見守る奏の前で、ハリネズミは安堵したような表情を浮かべる。金色の光が、将之の腕の中からゆっくりと溢れ出す。

 その光がピークに達するのと入れ違いに、ハリネズミの姿は溶けるように消えた。

 時子の瞳から、ぽろりと涙が零れる。

 光の欠片が、ゆるやかに上空へと昇っていく。その光を天に放つように、夜空を仰いだ将之は両手を広げた。

 彼と同じように上空を見上げた奏も、金の光をさらう風に目を細める。


 ――アリガトウ


 小さな声に、奏は両手でそっとイヤホンを押さえた。その口が、将之と時子には聴こえないくらい、ごく小さな声で歌を口ずさむ。


 天国へのぼるおじいさん 時計ともいっしょさ


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