狂った時計 ─ 1
「相談したいのは、私の祖父が作った時計のことです」
改めて時子は話を切り出した。将之と、今は彼の横に居場所を落ち着けた奏が身を乗り出す。
「というと、おじい様は技師ですか」
代表して確認するのは将之だ。
「ええ、時計職人です。昔気質の頑固者で、郊外で一人、小さな時計店を営んでいました」
「『いました』?」
時子の微妙なニュアンスの語尾に、今度は奏が片眉を上げた。その時のことを思い出し、時子は思わず目を伏せる。
「先月、急逝しました。お店の床に一人で倒れていて……見つけたのは私です。夕飯の時間になっても自宅に戻ってこないので、様子を見に行ったのですが。その時にはもう、手遅れで」
「事故ですか?」
「いえ、心臓発作です。祖父は元々心臓に疾患があって、ペースメーカーも入れていたのですが」
「それは、さぞショックでしたでしょうね。ご愁傷様でした」
座ったままではあるが、将之は丁寧に一礼する。奏も神妙な面持ちで頭を下げた。時子も頭を下げて返礼し、話を続ける。
「店内には大きな柱時計があるのですが、それが祖父の死後、おかしな時間に鳴るようになってしまって。本来は零分の都度、各時の数だけ音が鳴るのですが、それ以外の時間にも頻繁に、しかも滅茶苦茶な回数が鳴るんです」
時子の訴えに、二人は想像を巡らせているようだった。
「それは迷惑だなぁ」
奏のぼやきに力を得たように、時子は身を乗り出す。
「止まったり、時間が狂ったりするならともかく、ただの故障にしては症状が変ですよね? このことに気付いてから二度――先月の二十五日と、この前の週末に半日ずつ店に滞在して、時間と回数を書き留めてみたのですが」
ハンドバッグから時子が取り出したのは、丁寧に折り畳まれたメモ用紙だ。数は二枚。それぞれ几帳面な字で、日付とともに時刻と回数が記されていた。
(10.25)
【08:40‐1】【09:38‐4】【11:11‐7】【11:32‐3】【12:05‐5】【14:24‐10】【15:56‐8】
【16:41‐2】【17:18‐4】【18:15‐12】【18:33‐10】
(11.13)
【19:09‐3】【21:15‐1】【22:44‐2】【22:51‐12】【23:17‐6】【01:23‐12】【02:36‐10】
【04:02‐7】【04:10‐11】【05:09‐2】【05:41‐4】【06:15‐12】【07:22‐9】
「どう、でしょう?」
不安そうに伺った時子の前で、早々に頭を抱えたのは奏のほうである。
「うわ、本当に滅茶苦茶だ。全然分かんねぇ。なぁマサムネ、時計がこんな風に故障することなんてあるのか?」
返事は無かった。将之はメモを凝視したまま、眉間に親指を当てて黙りこくっている。無視しているのではなく、単に言葉が聞こえないほど集中しているようだった。
厳しい将之の顔つきに不安になったのだろう。時子はおずおずと奏に問いかける。
「先ほど、人間に害があるものが駆除の対象となる、と仰いましたよね。おかしな時間に鳴るだけでは、やっぱり請け負ってもらえないでしょうか」
「んー、確かに。今、すっげー困ってる、って感じはしないからなぁ」
自信が無さそうな奏の言葉は、時子の不安を逆に増加させた。己の纏めたメモを見下ろし、呟く。
「そう、ですね。これが本当に寄生体の仕業なのかも怪しいですし」
それは、ここに辿り着くまでに時子が何度も言われた言葉だった。
「ええと、それは実際に見てみないと、なんとも断言できないけど」
あたふたと答えながら、奏は将之をちらちらと横目で窺っている。はっきりと断言しない奏の困り顔に、時子は自分の眉が下がるのが分かった。
やっぱりか、と。
諦観にも似た感情とともによみがえるのは、苦い思い出だ。
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