将之と奏 ─ 2
「一般的な生命体との最大の違いは、電機寄生体は非実在、つまり目に見ることも触れることもできないという点です。認知度が低いのも、扱える専門機関が少ないのも、そこに起因しています」
「目に見えない、ましてさわれないものを、駆除することができるんですか?」
思わず尋ねてしまった時子に笑みを浮かべ、将之は胸を叩いた。
「できるからこその、我々駆除業者です」
決して押しが強いわけではない。だが、自信に満ちた宣言だった。背後の奏も、同じ笑みを浮かべている。
時子はそんな二人を見つめ、決断の意志を籠めて大きく頷いた。
「分かりました。よろしくお願いします」
「承りました。では、具体的な話に移りますね」
軽く微笑みを浮かべた将之が指を組んだ。
「この後、お困りの件について詳細を伺います。その結果、当事務所の専門、すなわち、電機寄生体による可能性が高いと判断すれば、現物を確認して駆除可能かどうか見極め、手段や費用について相談の上、駆除に入らせていただくという流れです」
「あの、今日は現物? を、持参していないのですが」
なにせ、時子が依頼したい「現物」は、とても一人で持ち運びができるものではない。申し訳なさそうに肩をすぼめる時子を安心させるように、将之は「構いません」と言った。
「現地まで出向きますよ。もしもその時点で我々の手に余ると判断し、依頼をお断りすることになったとしても、料金は出張費も含めて一切請求しませんのでご安心ください」
「駆除できないかもしれない、と?」
将之は真顔で頷く。
「電機寄生体と一口に言っても、生態や駆除の難易度は千差万別ですからね。どんなケースでも引き受けられるとはお約束できかねます、が」
「実際に寄生体が絡んでいた事案で、俺たちが引き受けなかった依頼件数はゼロ。期待は裏切らないと思ってくれていいぜ」
将之の後頭部に腕をのせて笑いかけたのは、今まで言葉を挟まなかった奏だ。
「……と、いうことです」
頭が重かったのだろうか。将之は鬱陶しそうに頭部を振り、奏を振り落とした。時子が目を瞬かせる前で、将之は「ちなみに」と端末を起動させて何ごとも無かったかのように話を再開させる。
「あくまで参考程度ですが、料金はこのようになっています」
時子に向けられた液晶に並ぶ費目は「基本料」「技術料」「出張料」「アフターケア」等々。全項目をざっくりと合計するが、時子のアルバイト収入でも支払えそうだった。高額な料金を吹っかけられることは無さそうだが、今度は逆の心配がわいてくる。
「あの。失礼ながら、こんな値段でいいんですか? 随分と安い気がするんですけど」
時子はこの事務所に来る前に、他の駆除会社でも見積もりを行っていた。もっとも、今回のように具体的な話をしたわけではない。企業サイトにあった、項目を入力すれば自動算出されるもので試算しただけである。結果は、多少のどんぶり勘定があったとしても、目が飛び出るような額であった。
時子の質問も想定済なのだろう。将之は大きく頷いて同意を示した。
「もっともな疑問です。一般的に、電機寄生体の駆除には、大掛かりな特殊設備と人員を要しますからね。必然、料金も高額になる」
意味ありげに言葉を切った将之に、時子は思わず周囲に視線をやった。
改めて見ても、ただの狭い事務所だ。特殊設備はもちろん、他に人がいる気配も無い。せいぜいあるものといえば、大型の本棚に好き勝手に収められた技術書や漫画雑誌くらいだろう。
だが将之は慌てるでもなく、軽く後ろを流し見て悠然と言い放つ。
「その点うちの場合、最低限度の設備、かつ、人員は我々二人だけですからね」
「二人だけ? それで駆除ができるんですか?」
「できますよ」
笑みを深め、将之は断言した。
「駆除技術と迅速さ。それに値段じゃ、他所には負けないと自負しています」
「巧い・早い・安い! が、うちのモットーなんでね」
「いや、そんなモットーは知らん」
懲りずに後ろから腕をのせる奏を、将之は言葉ごと再び振り落とした。もっとも、苛立っているわけではないことは、わざとらしい澄まし顔からも明白である。
じゃれ合う二人をしばらく眺め、時子は腕時計に視線を落とした。自分には少し大きめのベルト。そこに繋がる、ごつくて素っ気ない文字盤を指でなぞり、目を閉じる。
ここが決め時だ。
目を開き、時子は決然と顔を上げた。
「話だけでも、聞いてもらえますか?」
返事は、ぴたりと揃って響いた。
「喜んで!」
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