将之と奏 ─ 1

 なんとか作られた応接スペースにコーヒーが並べられる。なお、器は階下のコンビニの景品であろうリラックラゲのマグカップだ。間の抜けたゆるキャラを間に挟み、時子は改めて二人と相対する。

 時子の対面に腰を下ろし、深々と一礼したのはモニターの前ではしゃいでいた青年である。

「見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。改めまして、『伊達電機寄生体駆除事務所』、所長の伊達だて将之まさゆきです。そしてこちらは」

あさひ奏。同じくここの所員です」

 笑顔で軽く盆を掲げたのは、さっきまで寝こけていた少年である。こちらはソファにはかけず、将之の背後に立っている。揃って出された名刺を机上に並べ、時子は改めて二人を見上げた。

「橘時子です。その、お二人は……」

 随分と若いんですね、という言葉を時子はかろうじて飲み込む。だが、彼女がそう感じるのも無理からぬと言えた。

 将之の年齢は、どう高く見積もっても二十代の半ばだろう。このご時世、十代で企業する者も少なくはないが、やはり彼ほどの若さで所長を名乗るのは珍しい。

 最初こそ突飛な叫びで度肝を抜かれたが、改めて話し始めると知的で落ち着いた好青年である。柔らかな笑みを浮かべる顔立ちは爽やかで、整っていると評してもいいだろう。マサムネ、と呼ばれていたのが彼の苗字から来るあだ名だとすれば、真面目なだけではなく茶目っ気もありそうだ。

 一方の奏は、将之とは対照的と言ってもよかった。

 まず、身長。すらりと背の高い将之に比べ、彼の背丈は低い。女性としては標準的な時子と同程度なので、百六十センチくらいだろう。

 華奢な印象は受けないのだが、癖の強い茶髪に縁どられた顔立ちは、端正というより「可愛らしい」という形容のほうがしっくりくる。ややオーバーサイズのジャケットと、大きく垂れ気味の二重が、それに拍車をかけていた。将之に比べると幼く見えるが、口ぶりからすればそこまで年は離れていないのかもしれない。

 ちぐはぐな二人を見比べ、時子は慎重に言葉を選ぼうと頭を回す。だが、そんなことはお見通しのようで、将之は「若いでしょ」と苦笑いをこぼした。

「あ、いえ。そんなことは」

 慌てて否定した時子を責めるでもなく、将之は穏やかに見返している。真正面からその視線を受け、思わず時子は目を伏せた。

 不思議な瞳だ、と思った。

 特にその右目。形は人の目をしているのに、深く澄んでおり底が見えない。覗き込むと、どこまでも吸い込まれていきそうな錯覚すら起こす。

「それで、橘さん」

 呼びかけられ、時子はハッと顔を上げた。

「先ほど、駆除、と言われていましたね」

「はい」

 背筋を伸ばし、時子は改めてここに来た用件を伝える。

「今日は『電機寄生体』のことで、ご相談があって伺いました」

 ふむ、と将之は口元を手で覆って問いかける。

「ちなみに、『電機寄生体』については、どの程度ご存じですか?」

「恥ずかしながら、ほとんど分かりません。機械に寄生するオバケのようなもの、としか」

「お気になさらず。なんせ国内で存在が正式に認可されてからまだ十年弱、関連法整備に至っては着手から僅か一年半です。そもそも報告実数が少ない上、表沙汰になることは滅多に無い。最近ようやく認知されるようになってきたとはいえ、世間じゃまだオカルトと同一視されていますからね」

 将之の言葉に、時子は頷く。以前に世論を騒がせた事故があったことは知っているが、当時の時子は大学生活真っ盛り。ニュースよりも単位取得やアルバイトに追われ、その辺りの詳しい事情は覚えていなかった。

「正式名称は『非実在性電機寄生体』。その名の通り」

 将之は机上に置かれている端末を取り上げる。

「このような、電気を利用する機械や装置、器具に寄生する性質を持つ、未だ謎の多い新種生命体です。うち、機械への寄生を介して人間活動に害をもたらすものは害獣の一種、すなわち『非実在性有害電機寄生体』と分類され、駆除の対象となる」

「非実ざ……」

 口の中で将之の言葉を反芻しようとして舌をもつれさせ、時子はわずかに顔をしかめた。専門用語の常だとは思うが、長々しい上に仰々しいことこの上ない。

 ふと将之の背後に目をやると、時子以上に盛大に顔をしかめている奏の姿があった。相変わらずイヤホンを耳に付けているが、何かを聴いているわけではないようだ。

 二人の会話も聞こえていたらしく、時子と目が合うと、軽く出した舌を指さした後に人差し指を交差させてバツ印を作った。「舌が回らない」ということだろうか。思わず時子の唇が綻ぶ。

 幸いと言うべきか、将之は二人の無言のやり取りに気付いてはいないようであった。さらに詳しい説明が、彼の口から流暢に流れ出る。

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