53 海②


 ビーチボールは三個買っておいたので、グループに分かれても支障は無かった。


 俺は四人でビーチボールで遊んでいた。


 まずはりりかが最初に合図を示した。


「いっくよー」


 その声と共にボールが宙を高く飛ぶ。その飛んだボールは俺の方にやって来た。


「えいっ」


 俺は倉科さんへパスする。


 確か、彼女は運動神経抜群だったよな。でも、ポンコツな所を見せて俺に可愛いって思ってもらいたいという気持ちもあるのだろう。けれども、今回は違った。


「はいっ」


 倉科さんの投げたボールは高く飛んだ。そして、ゆりの方へ。ゆりさんも何でも出来るイメージ。トランプも強かったし、何かと器用な所があるのだろう。


 そして、ゆりの投げたボールは俺の元へとやって来た。そして、りりかさんにパスした。


 りりかは倉科さんの方に投げたが、投げながらこんな事を言っていた。


「和花と一条くんって仲良いよねー」


「ふえっ」


 倉科さんは驚いた声を出す。そうやって、集中力を阻害する発言は良くないと思う。


 倉科さんの投げたへなちょこボールは俺の方へやって来て、俺はキャッチ出来なかった。


「はい、一条くんの負けー」


「あはは」


 何笑ってるの、倉科さん。


「え、俺が悪いの?」


「どんなボールでも取れなきゃ負けなんだよ」


 何て鬼畜なルールなんだ。

 投げた側に問題があっても、取る側の負けだなんて。


「もう一回やろっか」


 そうしてもう一ゲームする事になった。


 始めは順調にいってたが、またもりりかが茶々を入れてきた。


「学校一の美少女とボッチ男子、良いと思う」


 ボソッと呟いただけだったが、皆の耳に聞こえるくらいの大きさだった。

 だから俺は、目を泳がせて慌てふためいた。それに俺はもうボッチじゃない。


「はわわっ」


 彼女も顔を赤らめて慌てふためいている。


 でも、りりかも俺と倉科さんのことを言っているとは限らない。なのに俺たちは勝手に自分のことに変換してしまっている。


 俺の投げたボールが倉科さんの方へ。

 彼女は何とか保って、かろうじてボールをりりかのいる場所へ投げられた。

 だが、りりかはキャッチ出来ず、負けてしまう。


「私……負けたの?」


「うん、負けた」


 負けを自覚していないりりか。負ける筈がないと思っていたらしい。


「ちょっとばかし意地悪な発言しちゃったのが悪かったのかな」


 そうです、その通りです。


「私、少し休憩してくるね」


 そう言って、倉科さんは場を離れた。

 それからは三人でビーチボールで楽しくワイワイやっていた。


 ***


 一方、瑞季達はというと。


「ハイ、ハイっ」

「パス!」

「ヤッ!」

「ナイス、ナイス」


 なんかこちらも盛り上がっているようだった。そして、瑞季は浮き輪の上に乗りながら、器用にビーチボールで遊んでいる。坂野は意外と緊張している様子だった。


「瑞季ちゃん、よく浮き輪に乗りながらボールパス出来るよね。素直に尊敬」


「だよねー」


 瑞季はその反応を耳にして、ストンと肩を落とした。


「小さい頃から浮き輪に乗ってたから、こういうの得意なの。泳げないからって不器用だと思われたくないから」


 瑞季は何事にも負けず嫌いで常に上を目指す性格だ。だから発言にも理解が出来る。


 坂野は会話に参加する事が出来ない。だから、気まずかった。


 華から投げられたボールを今度はバレーボールの手のポーズで瑞季は凛にパスした。


 それを華と凛は真似してバレーボール仕様の投げ方で投げた。それからはビーチボール改め、ビーチバレーボールとして楽しんだ。


「これ、俺もバレーボールの手でやればいいの?」


「坂野くん、そうすると楽しいよ!」


 坂野も便乗して、バレーボールの投げ方で投げる。

 結構、その投げ方でも上手くボールが循環するのだ。


 そうして、一時間ほどビーチバレーボールで瑞季達は遊んだ。


 こちらのグループはパスが出来なくて、キャッチ出来なかったとしても、負けとかいうルールは設けていなかった。だから、俺らのグループより楽しむ事が出来たのかもしれない。


 そして、疲れたのか瑞季は浮き輪から降りて、浮き輪を持って砂浜の方へと歩き出した。


「どうしたの? 瑞季ちゃん」


「ちょっと疲れたから休憩」


「そ、いってらっしゃい」


 そうして、三人が取り残された。

 それを機に坂野は自然と仲間外れにされてしまった。

 坂野は俺たちのグループの方にやって来た。


 ***


 瑞季が砂浜の方に行くと、しゃがんで砂いじりをしている少女を見つけた。大きな胸と白い水着、太陽に照らされる艶のある黒髪。倉科さんで間違いない。

 その少女が倉科さんだと分かると瑞季は海水を掬って、急いで後ろから倉科さんに向けてかけた。


「きゃあっ。って瑞季ちゃん? どうしたの? もしかして休憩? というか驚かさないでね」


「うん、休憩。倉科ちゃんには水をかけたくなるんだよね、何となく」


「酷いっ!」


 瑞季は苦笑を浮かべる。


「何作ってるの? お城?」


「うん、外国のお城をイメージしてみたの」


 彼女が作っていたのは高さの結構ある――20cmくらいの――砂で出来た城だった。ちゃんと塔みたいに細長く伸びていて、窓まで細かく作られていた。全体的に見ても細かく丁寧で綺麗で、高い完成度だった。これを短時間で作れるというのだから、倉科和花、恐るべし。

 現在、彼女は砂を固めている途中だった。


 バケツに入った水を使って、ペタペタと手で馴染ませる。


「すごいじゃん。細かい。私も何か作りたい」


 珍しく瑞季が人を褒めた。それに倉科さんは嬉しそうに笑みを溢す。


「ありがとう。一緒に作ろ」


 瑞季は倉科さんの隣にしゃがんだ。


 そしてしばらくは黙々と砂で何かを作っていた。時間を忘れてしまうくらい没頭して。気づけば夕陽が昇り始めていた。


 瑞季は猫を作っていた。本当に猫が好きな様だ。


「猫ちゃん、可愛い」


 顔しか出来上がってなかったが、可愛さは充分伝わる。瑞季も頬を緩ませる。


「可愛いよねー」


 倉科さんの城は完成して、彼女は手持ちぶさたになってしまう。だから、体育座りをして、静かに瑞季の猫が出来上がるのを見守った。


 邪魔しちゃいけない、と思って倉科さんは話しかけなかったが、話しかけてもいいらしい。瑞季の方から口を開けた。


「何か話しかけてよ。じゃないと、退屈」


「えっ。分かった」

「海、綺麗だね。夕陽に照らされて煌めいてる。瑞季ちゃん達とこの海に来られて、本当に良かった」


「ほんと、綺麗……」


 瑞季は海の方へ視線を向けた。さっきより、綺麗に見える。夕陽のお陰なのだろうか。涼しい海風とサー、という潮騒が心に癒しを与えてくれる。


「……」


「……」


「何も話す事無いね」


 沈黙が流れて、潮騒の音が大きく聞こえる。でも、落ち着く時間だった。


「そんな事無いよ。じゃあ、私からー。デート行くなら、どこ行きたい?」


「デ、デートっ!? 遊園地かな」


「海じゃないの?」


「え、何で?」


「そこは海でしょ!」


「瑞季ちゃんはデート行くなら海がいいの?」


「え、違うけど」


 何それ、と困惑顔を浮かべる倉科さん。二人して笑った。


 瑞季が作る猫も終盤に差し掛かっていた。瑞季も手先が器用で精巧に作られていた。本当に二人とも凄い。


「瑞季ちゃん、雰囲気、前と変わったよね。彼氏でも出来た?」


「内緒。もう私の恋愛事情は倉科ちゃんでも教えない事にしたの」


「えー、何でー? それはつまり、彼氏が出来たって事でいいのかな」


「さあね」


 そう告げると彼女はまた猫作りに専念した。それからしばらくして、今度は倉科さんが言葉を発した。


「瑞季ちゃんはもう一条くんのこと、好きじゃないんだよね? なら、私のものにしていい?」


「いいよ」


 瑞季は迷いなく答えた。

 だけど、本当に理玖と付き合えるのか、心配というか疑問に思っていた。


 そして、喋り合っているうちに瑞季の猫が完成した。


「わーやったー。完成! 可愛い」


「本当だー可愛い――」


 ――ん? 何やら猫のお腹から穴が出現した。そして、中から生き物が出てきた。


「ヤドカリだ」


「あぁ……」


 瑞季は意気消沈する。

 けど、これはこれで良かった。


「まあ、これはこれでいいじゃん」


「そうだね。子供産んだみたいで」


「猫から生まれるヤドカリって……めっちゃ笑えるんですけど」


「じゃあ、このまま写真撮ろっか」


 幸いスマホは持っていたので、城と猫を前にして二人でピースして写真を撮った。良い思い出になった。


 この砂で作った作品たちは波に流されるまで、置いておこうと決めた。


 すると、丁度いいタイミングで彼らが帰ってきた。


「お待たせー」


「ヒトデ捕まえたよ!」


 ビーチボールも海遊びも楽しめたようだ。笑顔で戻って来てくれて良かった。


「わ、凄い! 二人で作ったの?」

「可愛いー」


 皆からも驚きや称賛の声が上がった。砂で作品作れて良かった、と心から思う。


「写真もあるよー」と倉科さんがスマホを見せる。


「でも、猫に穴、開いてるね」


「……ヤドカリ」


「なるほど」


 その一言で通じたらしい。


「じゃあそろそろ、日も暮れるし、帰ろうか」


 最後に海と夕陽を背景に写真を撮った。夕陽が眩しい。

 帰り際、俺は海に笑顔を向けて、黄昏ていた。きっと、皆も黄昏ていたことだろう。



 帰り道で見つけた駄菓子屋に寄った。


「いかの駄菓子、あるよー」と華が言った。


「私はゼリー買お」とゆり。


 皆それぞれ、好きな物を買った。華はいかの駄菓子を買って、瑞季はソーダ味のアイスを買い、倉科さんは濃い味が苦手らしく、何も買わなかった。その辺が高級志向で倉科さんらしいな、と思った。俺はラムネしか買わなかった。


 早速、帰りながら瑞季がアイスを食べていた。


「歩きながら食べるなよ、行儀悪い」


「何でよ」


「それに箱で買う事無かっただろ」


 そう、瑞季はボックスを購入したのだ。8個入りの。


「別にいいじゃない、美味しいんだから」


 彼女は口を尖らせた。


 そして、一駅で着くが、電車に揺られた。


「海、楽しかったね」


「ねー。また行きたいね」


「それなら、花火、海でする?」と倉科さん。


「いいの?」

「しよ、しよ」

「夜の海で花火……絵になるなあ……」


 きっと、夜の海だと雰囲気違ってくるだろう。俺は最近、絵になるか、ならないかを基準にしてる気がする。これも美術館に行った影響なのかなあ。直したい気持ちはあるけど、必要に迫られてはいなかった。


 皆、楽しそうにしているけど、坂野だけが浮かない顔をしていた。その事が気がかりだった。誘わない方が良かったのか、と思うくらいに。


 いつの間にか、倉科家に着いていた。

 玄関から元気な声で妹ちゃんと倉科母が出迎えてくれた。


 花火、楽しみだなぁ……




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