52 海①

 そうして一行は駅ビルにある水着や海、プールで使う浮き輪やボール等が売っているお店に到着した。


 水着を持っているのは俺と瑞季と倉科さん。それ以外の子たちは持ってきていなかった。

 だが、倉科さんは新しい水着が欲しいと店の中へ入っていってしまった。彼女の本心は俺をときめかせる水着が着たいとの事だった。今の水着じゃダメらしい。俺は倉科さんが着る水着だったら、何でも好きだけどな。


「三人とも用意周到だよね。海に行くなんて知らなかったのに」


「ねー。瑞季ちゃんも理玖くんも何でバッグに水着入ってるの?」


「まあ、使うかなと思って一応入れておいたんだ」


「奥底に昔着てたのが入ってたのよ」


 なんか瑞季の発言が怪しい。その水着本当に大丈夫か? サイズとか合ってるのだろうか。


「じゃあ、うちら水着選んでくるから待ってて」


 そう言って皆散らばった。


 俺は残った瑞季と会話を交わす。


「瑞季と水着って似てるよね。言い間違えそう」


「どうでもいい」


「瑞季はどんな水着着るんだ?」


 一番聞いちゃいけなさそうな、それでいて一番疑問だった質問をした。絶対、変な水着の予感がする。


「昔、小学校の頃使ってたスク水が奥底に入ってたのよ。だからそれにしようかと。ダメかな? 問題ある?」


「問題大有りだろ。早く買ってこい。やばいから。周囲引くから」


 俺は水着売り場へと瑞季を促した。


「あんたそういう趣味無かったっけ?」


「ねーよ。俺を普段どんな目で見てるんだ。考えを改め直せ」


「変質者って目で見てる」


 俺は呆れて何も言えなかった。


「私がビキニとか着たらどうなると思う?」


 胸が小さいから着れないんじゃないか? とは言えなかった。


「んー」


「まあいいや」


 そうして瑞季も店の中へ消えていった。


 俺は一人待ち続けた。すると、瑞季と倉科さん以外の子たちが帰ってきた。皆、きっと可愛らしい水着を買ってきたのだろう。坂野も黒いカッコいいズボンを買ってきたっぽい。見るのは海に着いてからのお楽しみだ。

 それより、用意周到と言われていた二人が帰って来ない。


「倉科さん、まだかなー」


「和花ならさっき一条くん、呼んでたよ。それに迷ってる様子だった」


「そうか、すぐ行くよ」


「あれ? 瑞季ちゃんはどうしたの?」


「あやつは色々と問題がありまして……」


 もう正直に言うのでさえ、恥ずかしい。幼馴染みとして何も言えない状況だ。


 俺は倉科さんの元へと向かった。倉科さんは試着室の前で水着を持ちながら待っていた。手に持っているのはフリルの付いた白いビキニ、ピンクの水玉模様のビキニ、黄色い花柄のビキニの三点だった。


「倉科さん、どうしたの?」


「あの……水着選びで迷ってて。一条くんにもし良かったら選んで欲しいなって思って」


「俺でいいのか?」


「うん!」


 彼女は試着室の中で試着して、そしてそろりとカーテンを開けた。


 まずはピンクのビキニから。


 これは可愛らしい印象だ。でも少し子供っぽいかも。倉科さんには似合ってる。


「可愛いと思う」


「ありがとう」


 次は黄色いビキニ。


 これは明るくて夏って感じがする。倉科さんに似合ってるけど、彼女にはもう少し可愛いビキニを着てほしい。


「夏って感じ。良いと思う」


 本当、淡々とした短い言葉しか言えなくてごめんなさい。倉科さんはそういう感想を求めてたんじゃないと思う。でも、実際は違う。


 最後に白いビキニだ。


 これは一番彼女に似合ってて、落ち着いた印象だ。大人っぽくて清楚。フリルがちょっとした可愛らしさを演出させている。倉科さんには白が似合う。さっき着てた白いワンピースといい。


「一番、好き。可愛い」


「ありがとう、これにするね」


 そうして白いビキニに決まった。


「短い感想しか言えなくてごめん」


「いいの。それでもちゃんと伝わるから」


 それなら良かった。

 それより露出が凄すぎる。ずっと胸ばっかり見ちゃって、終始興奮していた。やっぱり倉科さんは、服の上からでも脱いでも大きいんだなあ。もうスタイル良すぎて、モデルさんになれそうだよ。

 水着は海に着いてからのお楽しみだったのに……。


 赤面してる彼女がただただ可愛かった。


 倉科さんと店の前に戻ると、もう全員集合していた。瑞季はフィットネス水着に決めたらしい。

 そして、手には浮き輪を持っている。そう、瑞季は泳げないのだ。それが彼女のごく少ない短所だった。


「ねえ、皆でビーチボールしたいから透明のボール買っちゃったけど、これでいいよね?」


 そう透明な水玉のボールを掲げる凛。


「いいよ。楽しそうじゃん」


 海が楽しみになってきた。



 そして、電車に揺られ、暑い中、コンクリートの道を汗だくになりながら歩き、ようやく海に着いた。


「やったー海だぁ!」


 俺と坂野は海に向かって猛ダッシュする。ビーチサンダルに履き替えずに、シャツを着たまま、海に飛び込んだ。そんな俺たちを冷ややかな目で、一部の女子は見る。


「男子ってバカだ……」


 女子達は更衣室で水着に着替え、更衣室を出ようとした――が、倉科さんが瑞季の腕を掴み、一向に出たがらない。


「ちょっと何? 倉科ちゃん」


「恥ずかしいっ! 恥ずかしいよ、無理無理無理。一条くんに水着姿見られたくない。でも、見て欲しい」


 彼女はもじもじしながら顔を両手で覆っている。穴があったら入りたい。そう言ってるかのようだ。


「どっちよ。水着なら試着室で見て貰ったんでしょ? なら、恥ずかしくなんて無いよ」


 確かに瑞季の発言も正しい。


「で、でもっ、一条くん、さっき私の胸ばかり見てたんだもん」


 倉科さんは自身の胸を隠す仕草を見せた。露出された肌は雪のように白い。


「なっ。それって理玖が変態って事じゃん。一発、殴ってやらないと」


「ちょっ、ちょ、殴るのは流石に可哀想だし、痛そうだからやめてあげて」


 瑞季は一直線に俺がいる方へと走り出す。それを追いかけるように倉科さんも後を追う。他の皆も続々と更衣室から出てきた。


 そして――。


「理玖、あんたねぇ、試着の時倉科ちゃんの胸ばかり見てたんだって? 聞いたけど」


 瑞季は鋭い睨みを利かせる。もしかして、バレてた? 倉科さんが瑞季にチクるなんて。今にも殴られそう、というか拳を上に上げ、俺を殴ろうとした。


 だが、倉科さんが止めに入る。


「瑞季ちゃん、ダメ!」


 瑞季の腕を掴んで、彼女の動きを制止した。


「え、何で?」


 それから色々あって、俺が謝る事となった。


「ごめん、倉科さん。つい、そっちにばっかり目がいっちゃって。あまりにも魅力的だったから」


 倉科さんは目を泳がせながら、こう告げた。


「一条くんになら、胸見られてもいいの。だから許す」


 えっ。俺は驚いてしまう。今、なんつった? 俺の方まで顔が熱く、赤くなる。そんな彼女のデレに耐えられそうもなく、顔を直視できない。


 そして彼女は何事もなかったかのように瑞季に話しかけた。


「瑞季ちゃん! 何で一条くんに言うの! ややこしくなるでしょ!」


 瑞季は何も言わない。


「じゃあ、ビーチボールで遊ぼっか! 瑞季ちゃん、泳げないけど浅い所だったら平気だよね?」


 そう凛が確認する。


「うん、平気」


 そうして、海の中でのビーチボールが開幕した。


 真夏の太陽はギラギラと人や海、砂浜を照らす。痛いくらいに熱く、肌が焼けるんじゃないかと心配になる。海の中はきっと冷たいだろう。そんな海も透明感が半端無く、キラキラしていた。

 俺は水平線の先が気になりそうな心をグッと抑えた。水平線や地平線、空がどこまで続くのか、などスケールの大きい物は人は大抵気になるたちなのだ。砂浜はさらさらとしていて、足が沈みそうだった。

 彼女の言うようにこの海には人は少なく、どこまでも見渡せる景色が広がっていた。


 そんな海に一歩、足を踏み入れた。


 海水はひんやりとしていて気持ち良かった。


「わーなんか、ぬるぬるしてるー」


 ゆりがそう声を上げた。

 確かに。


 ワカメがうようよと浮遊していた。しかも大量の。浅い場所だと海藻が沢山、浮いているだろう。だから、泳げない瑞季はビーチボールする時、大変だろう、と思った。


 でも、美少女がワカメまみれってエロく感じて興奮するな。ぬるぬるとかちょっと……。


 まあ、そんな事はどうでもいい。


「キャッ」


 エロい妄想をしていると、倉科さんの悲鳴が耳に入った。


「どうしたの? 倉科さん」


 見てみると、瑞季が倉科さんに水をかけて遊んでいた。倉科さんの大きな双丘がたゆんたゆんと揺れて、俺はドキリとしてしまう。


「おいこら、瑞季――」


「うわっ」


 注意するや否や俺の顔面にも水をかけてきた。

 何これ、瑞季に目を合わせちゃいけない系?


「仕返しだぁー」


 俺も彼女に大量の水をぶっかけた。


「うわっ、口の中に水、入った。理玖、許さん」


 ざまぁ見ろ。


 すると瑞季は唐突にこんな事を言い出した。


「倉科ちゃん、水着ズレてて胸見えそうだよ」


 俺は反射的に彼女の胸の方に視線がいってしまう。だが、彼女と目が合って、慌てて目を逸らす。一瞬だったけど、ズレてるようには見えなかった。


「えっ」


「ちょっとこっち来て」


 そして更衣室へ。


(何で瑞季ちゃんに胸揉まれ、触られてるの~~)


 倉科さんには状況が全く分からなかった。確かにほんの少しだけズレていた。

 だけど、瑞季の真の目的は――。


「やっぱり理玖、倉科ちゃんの胸見てるわね」


「ええっ!」


「でも大丈夫。それは好きな証拠よ」


 顔を真っ赤にした倉科さんと無表情の瑞季はすぐに戻ってきた。


 ちょっとした水の掛け合いの後、ビーチボールが開始されたのだが、俺と瑞季、倉科さんの三人以外は既にボールで遊んでいた。坂野が男子一人なのが、いたたまれなく、すぐに応戦した。どうやら俺らの水遊びを邪魔しちゃいけない、と思い、空気を読んでいたらしい。


「それじゃあ、良い? 一条くん達」


「うん」


「まずは二グループに分けようか。8人で同時にやったら、大変だろうし」


 そして、グループ分けの結果、りりか、ゆり、倉科さん、俺のグループと凛、華、瑞季、坂野のグループに分けられた。


 まもなく、ビーチボールが開始される。


 

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