54 花火
「お姉ちゃん達、海で遊んで来たんだーいいなー」
倉科さんの妹の舞花が透明のバッグから見える水着を見て、そう言った。舞花が来ても何の問題は無かった。けど、気を遣ってくれた。
「うん、楽しかったよー」
海での出来事を語り合い、これから花火に出かける事を二人に伝えた。すると、キラキラとした顔を浮かべ、舞花は前のめりになった。倉科さんのお母さんには前もって、夕飯要らないと伝えておいた。夕飯は瑞季とファミレスにでも寄ればいいかな、と考えてある。
「花火に出かけよっか。花火、こんなに用意してきたんだよー!」
倉科さんは花火の袋を掲げる。
その袋の中には、手持ち花火、線香花火、ねずみ花火等、沢山の花火が入っていた。8人でやるには充分な量が入っていたので、安心した。
パッケージも豪華で『盛夏花火』と大きな文字で堂々と書かれていた。夏らしくて好きだった。
倉科さんは花火をやるって分かってて用意したのか、そうじゃないのか。それとも、花火をやる為だけに家に皆を誘ったのか。それは考え過ぎか。でも、そうだったとしたら、この後の花火に何が待っているのだろうか。
結構、花火はそういうムードが作れる。だから、何かが進展する。――そんな気がした。俺は楽しみだった。
「わー」
「すごい! 楽しみ」
「私は手持ち花火を楽しもうかな」
「いやいや、線香花火でしょ」
「迫力があってヒヤヒヤしてドキドキする、ねずみ花火が一番じゃない?」
皆それぞれ、違う反応を示していた。
俺は線香花火派かな。
「海へしゅっぱーつ!」
凛が勢いよく、玄関の扉を開けた。少し夏にしては冷たい夜風が入ってくる。もう秋になるのかな。その現実が寂しかった。この夏が終わってほしくない。去年まではそんな気持ちになった事、一度も無かった。ずっと暇で。何の思い出一つ無くて。
でも、今は違う。人に囲まれている。皆、優しい。そして、楽しい。
そんな黄昏ている俺を現実に引き戻してくれたのは倉科さんだった。
「一条くんも行くよ!」
「ああ、ごめん」
「私も行きたーい」と舞花が言った。
「お母さんも夜は危ないから、ついていっちゃおうかな。絶対二人の邪魔はしないから。端っこにいるから」
二人の邪魔? 何のことだ?
「お母さんも舞花もついて来ていいよ」
二人は倉科さんの了承を得た。
そして、今、電車の中。
夜の電車は不気味でゾクゾクさせられる。外はもう真っ暗だ。夜の電車はあまり人はいない。酔っぱらいに絡まれなくて、一安心。集団だから安全だろう。
「夜の電車って不気味でホラー感あるよね」
「分かるー」
りりかとゆりが楽しそうに喋っている。
隣に座る瑞季がアイスバーを食べてる事に今、気づいた俺。
「瑞季、アイス持ってくるなよ。ちょっと食べ過ぎだ」
「えーいいじゃん。氷も持ってきたし、溶ける心配も無し!」
「そういう問題じゃねぇんだよ」
呆れた眼差しを彼女に送る。すると睨みが返ってきた。
「瑞季ちゃん、可愛いー」と倉科母。
「ありがとうございます」
瑞季はこういう所は敬語でしっかりしてるんだよな。
「一条くんとは幼馴染みなんだっけ?」
「そうです」
倉科母は(なら、取られる心配は無いか。一条くんの相手は娘か)と安心して、胸を張っていた。
一駅だから、あっという間に着いた。そして、雑談しながら、海に到着。海の広さは変わっていないが、昼に来た時と比べて雰囲気はガラリと変わっていた。引きずり込まれそうな恐怖心を煽られる。微かな月の光と数の多くない街灯の光しか、海を照らしていないので、全体的に暗い。そこに花火が加わるときっと明るさが変わるだろう。
倉科さんはまず、海水を掬って、海水の入ったバケツを用意した。
次に蝋燭にマッチで火を灯し、花火のセットが完成した。
彼女に全てやってもらっていいのだろうか、という申し訳なさと罪悪感に駆られる。誰も協力しようとしなかった。皆、夜の海を見ているばかり。瑞季はさっきの砂で作った作品の残骸を探していた。もう流されていると思うけど。
「倉科さん、ありがとう」
「ううん。いいの。気にしないで」
そうして、ささやかな花火大会が始まった。
袋を開ける音に反応して、皆が集まってきた。でも、一部の子は花火など忘れて夜の海を堪能している。
「先にやっちゃおっか」
倉科さんが切り出して、皆を置いて先にやる事にした。
色とりどりに光る花火。パチパチと微かな音がする。本当に綺麗だな、と思った。辺りは真っ暗だったけど、花火で一気に明るくなった。
今は手持ち花火で楽しんでいる。倉科さんと一緒に。花火は絶対に人に向けてはいけない。だから、一定の距離を置いている。人に向けてはいけない――のだが、直後俺の足に痛みと熱さが走った。
振り返ると満面の笑みを浮かべる瑞季の姿が。
「熱い、熱い、熱い! ちょっ、やめろって。人に向けちゃ、めー」
そう言うが、彼女はやめてくれない。
今度は真正面から俺に花火を向けてきた。
「ちょっ、熱い! マジでやめろ、瑞季。ギャー。こっち来ないで!」
「あはは」
あはは、じゃねーよ。サイコパスかよ。もう一回、花火の袋の裏に書いてある注意書を読ませる事に決めた。
「そうだよ、瑞季ちゃん。人に向けたら危ないし、一条くん、痛がってるでしょ。だからやめてあげて」
「分かった」
淡々と瑞季は呟く。
「わー綺麗!」
「私、赤だ」
「私は緑ー」
「私、黄色ー」
りりか、ゆりグループと華、凛グループが仲良く集まっていた。こちらも楽しそうだ。気を遣ってか、俺と倉科さん、瑞季側には誰も寄ってこない。舞花さんは手持ち花火を持っているが、倉科さんの母なんかは花火を楽しまずに皆を見守ってるだけだ。
坂野も花火をしていなかった。本当に心配になってくる。
「次はねずみ花火するよー」
そう合図をして、ねずみ花火に火をつけた。すると、バチバチといった火花が飛び散り、眩しい閃光を放った。どこに来るか分からないから、ちょっとした恐怖やスリルも味わえる。
「ワー、キャー!」
「こっち来たっ」
「怖い、怖い!」
皆、逃げ回っている。
だが、俺らの方には全く来ない。だから、ワクワクしながら見ているだけ。
「理玖の方には来ないわね、残念」
「残念って何だよ」
「理玖が怖がってる姿が見たかったから」
「さっき見ただろ」
いつものように、会話を繰り広げているとねずみ花火が終わってしまった。次は最後のオオトリと言っても過言じゃない、待ちに待った線香花火だ。
瑞季はスッと俺から離れていく。それを目で追っていると、倉科さんに腕を掴まれた。俺は振り向き、彼女の顔を見た。真っ直ぐ、真剣な眼差し。暗がりでも分かるくらい頬を赤く染め、小刻みに顔を震わせていた。
「一、条、くん……」
俺は彼女の気持ちを汲み取り、頷いた。
火をつけて、線香花火をただただ二人で見つめていた。
パチパチと微かな音がする線香花火。淡く、消え入りそうな火が見ていて癒される。
灯火が落ちたら負けとかそんなゲームはしなかった。瑞季はやりそうだが。二人で花火を眺めているだけだった。
突如、倉科さんはこんな事を呟いた。
「……花火、綺麗だね」
小さな声だったので、聞き逃しそうだった。
「うん、綺麗。倉科さんとこうして花火が楽しめて、本当に良かった」
「そ、そうだねっ」
彼女はキョドっていた。
線香花火を持つ手は慎重に、落とさないか、が不安だった。
彼女は少しの沈黙の後、哲学的な事を語りだした。
「人間の命って線香花火の灯火のように儚いものなんだよね」
確かにそうだ。人は生まれたらいつかは死んでしまう。それは一瞬で、儚いものだ。人生楽しければ楽しいほど、あっという間だ。
もし、人間の命が線香花火の灯火だったら、それは生きてる間は光っている事になる。つまり、人の一生は輝いているんじゃないだろうか。
倉科さんは続ける。
「だから、一秒一秒大切に悔いなく生きなきゃって思う」
本当にその通りだ。倉科さんは良い事言うなぁ。今が幸せならそれでいい。そうかもしれないけど、今日より明日、明日より明後日、と今より未来が少しでも楽しいって思える人生にしていきたい。それを積み重ねていく。そうすれば、もっと幸せになれると思う。
俺にとっては倉科さんに出会えただけで、もうそれは悔いの無い人生なんだけど。だからこそ、彼女と過ごす一秒一秒を大切にしていきたいと思った。
「ほんと、倉科さんの言う通りだよ。すごく共感した」
「うん、それは良かった」
「だから、沢山良い思い出、作っていこう」
そう彼女と約束を交わした。
それから、線香花火の灯火がもうすぐ落ちそうな時、倉科さんは言葉を溢した。
「一条くんの好きな人って誰……?」
その声は潮騒と混ざり合う。でも、俺の耳にも聞こえてしまった。
倉科さんが言った瞬間、線香花火の灯火が落ちた。
***
倉科side
ムードに任せて、勢い余って言っちゃったよー。
瑞季ちゃんが、自分の口から一条くんの好きな人を聞いた方がいいから、って言うから。
でも、一条くんの好きな人は私な気がする。ずっと一緒にいるし。それでも、噂のパン屋の店員さんなのかな? そうだったらどうしよう……。今度、一条くんに告白する予定だから。
でも、二人で花火楽しめて良かった。一生の思い出になりそう。
***
倉科さんから唐突に告げられた言葉。あまりにもインパクトが強すぎて、線香花火の灯火が落ちたのもあるけど、固まってしまう。
俺の好きな人はパン屋の店員さん。でも、ここで言うわけにもいかなかった。だから、黙っていた。彼女の勇気には申し訳ないけど。
「……」
「ごめん、何でもない。今の忘れて。聞こえてた?」
「ううん、聞こえてない。波の音しか聞こえてなかった」
俺は嘘を吐いた。
でも、その方が彼女は気にせずに済むだろう。
そして、俺と倉科さんは線香花火の残りかすをバケツに入れた。
花火が終わったので、海で皆と別れた。
「じゃあね、みんな!」
「またね」
「海に花火にゲーム、沢山遊べて楽しかった! また遊ぼうね!」
別れの挨拶を交わし、手を振った。どんどん小さくなっていく倉科さんを見届け、姿が消えるまで手を振った。
最寄り駅からは瑞季と一緒だった。最寄り駅が同じな人は瑞季しかいないから。
そして二人でファミレスに寄る。
「こちらが冷製パスタです、そしてこちらがミートソースパスタです」
冷製パスタとパスタで間違えやすいな。
「なんかパッとしないわね」
「だな」
静かな店内に男女が二人。
遊んだからどっと疲れている。そして、空気はどよーん、としている。
「何か話があるんじゃないのか」
「そっちこそ、ファミレスに夜食を誘うなんて何か理由があるんじゃないの?」
「何もねーよ」
「じゃあ、単刀直入に聞くけど、倉科ちゃんと何かあった? 告白された??」
瑞季の方から気を遣って、空気読んで場を離れた癖にここで聞くのは如何なものかと思う。
「何も無いし、告白されてない」
「その表情は本当のようね。残念」
彼女は肩を落とした。残念って何だよ。だったら応援し――いや、それは違う。倉科さんとは恋人でもましてや恋愛感情も抱いていない。
「あんたにもう用は無いから、食べたらさっさと帰るわ」
何て酷い発言!
ファミレス代は俺が払う事になった。それから残りの夏休み、瑞季が避暑地として俺の家に遊びに来る事はなかった。理由は特に無いと思う。多分。
家に着いた俺は考えた。寝る前に色々考えちゃうのは良くないと分かっているけど。
何で倉科さんは俺にそんな事を聞いてきたんだろう……
ひょっとして、俺のことが好きとか?
でも、態度見てるとその可能性はある。鈍感な俺でもそれくらいは気づく。
瑞季の言うように、告白する気、なのかなぁ……
でも、振ってしまう。傷つけてしまう。それがとても怖かった。
寝る前に少しだけ漫画を読んで、ベッドに就いた。
暑さからか彼女を傷つけてしまう怖さからか、あまり眠れなかった。
でも、最高の夏休みを過ごすことが出来た。
写真たてには今日撮った写真が、早速飾られていた。
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