50 トランプ
自己紹介が終わり、家の中へと入った。室内は冷房が効いていて、ひんやりとしていた。リビングは何平方メートルあるのかも分からないくらい、広かった。何LDKなんだろう……。リビングにはテレビがあり、食事をするテーブルは別の部屋にあるようだった。庭が一望できる大きな窓の近くの空間にはオシャレなカーペットが敷かれていた。
インテリアは透明な物が多かった。そして、2階へと続く木で出来た階段は段の間に空間が出来ており、高級感を漂わせた。
そして、この場所には人間以外の生き物が2匹いた。そう――瑞季が楽しみにしていた猫。白猫と黒猫。尻尾は長く、体型が良くてスレンダーだった。もう倉科さんの清楚でおしとやかな雰囲気とマッチしていて、らしい猫だった。
父親は社長か何かなのだろうか。とてもお金持ちでびっくりした。
手洗いを済ませた瑞季は早速、猫の方へと向かった。俺と倉科さんはソファーで隣に座って、坂野はゲームを探しに、凛と華は瑞季と一緒に行動を共にしていた。りりかとゆりはテレビを見ていた。
「あれ? 猫さんいない……どこ?」
「あ! いた」
見つけた猫をキャッチするように追いかける瑞季たち。
追いかけるが、逃げられてしまう。
そうすると、倉科さんが逃げてきた猫を掬い上げる。
倉科さんの膝の上に乗った白猫を瑞季が見つけるや否や、
「いゃーきゃーきゃわいい、うにゃうにゃうにゃ、おりゃおりゃ」猫なで声で撫でながら
いや、普通に正直言って気持ち悪い。瑞季のこんな声、聞きたくない。だが、俺の心境など目もくれず、猫に夢中になっていた。
それから30分は猫を可愛がる時間が続いた。
「気に入ってくれて、良かったわ」
「ええ。可愛いんだもん」
黒猫も白猫が倉科さんの膝の上だと分かると、すぐに俺たちのそばにやって来た。
「猫じゃらし的な物ある?」
「ちょっと待ってて」と倉科さんが言った。そして、倉科さんが立ち上がり、別室の方へ消えていくと、猫たちも四方八方に散らばった。やはり、飼い主である倉科さんにすごくなついているらしかった。これはしょうがない、俺が
「猫用のおもちゃ持ってきたよ!」
そう思ったと同時、倉科さんが帰ってきた。
それは羽根つきの猫じゃらしみたいなおもちゃだった。羽はピンクと黒が混ざっており、とても可愛らしかった。
瑞季が羽根を上げ下げすると、猫はジャンプしてくれる。結構、飛ぶらしくて彼女の胸らへんの高さまでは余裕で飛んでいた。
「にゃー」
ここで白猫が一鳴き。
「うわぁ」
瑞季の頬が緩んでいて顔はすごく崩れている。いや、マジで瑞季の猫なで声聞きたくない。
もう瑞季のことは放っておく事にした。
「坂野くん、何をさっきから探してるの?」
2階の部屋の前をうろうろしている坂野を怪訝に思った倉科さんが、そう声を掛ける。俺もさっきから気になっていた。
「ゲーム機無いかなって」
「ゲームはカードゲームかオセロと将棋くらいしか無いかな」
少しだけしょんぼりする坂野。俺もPlayStation4とか太鼓のゲームとかやりたかった。
すると、
「トランプやろうよ! 、みんなで」とりりかとゆりが口を揃えた。
「いいね!」
「瑞季ちゃん、やる?」
「私が参加したら勝っちゃうよ? いいの?」
「それくらい言うなら参加しろよ。そして勝ちを証明しろ」
「生憎、猫の世話で忙しい」
「凛ちゃんと華ちゃんは?」
「瑞季ちゃんがやらないなら、やらない」
セットか。
そうして、りりか、ゆり、坂野、倉科さん、俺の五人でトランプゲームを始めた。
「まず何からやろっか」
「定番のババ抜きからでどう?」
そうして、ババ抜きから始める事になった。
「これって、ポーカーとかも出来るの?」とゆり。
「出来るよ、チップ持ってるから」
すると、ゆりとりりかは目を輝かせた。正直、俺もポーカーやりたかった。
ババ抜き→七並べ→ポーカーの順でやる事にした。
まずはババ抜きから。
最初ジョーカーは倉科さんの元に回ってきた。本当についてない女だ。
(何で私の所に来るのぉ~)
倉科さんは目をくるくると回して、その場で項垂れる。
泣きそうになる彼女を遠目で見る事しか俺には出来なかった。
「倉科さん、顔に出てるよ」
「ううっ」
「これあげる」
倉科さんはジョーカーのカードを裏返したまま、俺に渡そうとした。
いやいやいや。
一応、人の順番はゆり→りりか→倉科さん→俺→坂野→ゆりの順にした。
「じゃあ、ゲーム開始ね!」
ゆりは元から三枚しか持っていなかった。これは有利そうに見えて実は不利だ。それをりりかが引いていく。そして倉科さんも迷いながらも、りりかのカードを引いた。そしてあっという間に俺が引く番になってしまった。
俺が迷いながら、倉科さんの表情を窺っていると。
「恥ずかしいから、そ、そんなに見ないでぇー」
「や、ジョーカー持ってるなら、慎重にいかなきゃダメだろ……。倉科さんの顔をじろじろ見てるつもりは無い」
「ジョーカー、持ってないかも、しれないよっ?」
もうバレバレだから。隠し通そうとしても隠しきれないから。
そうして、俺はジョーカー――ではなく、ダイヤの3を引いた。
倉科さんは顔を赤くし、頬を膨らませて俯せになって、足をバタバタさせた。リアクションがいちいち可愛い。
結果は俺が2位でゆりが1位、倉科さんは最下位だった。倉科さんは悔しくて水を飲みに行った。
「ゆりさん、凄いね。あの最初枚数少ないと勝つの大変なんだよ」
「えへへっ、ありがとう、一条くん」
ゆりは優しく微笑んだ。
次は七並べだ。
七並べのセットだけしておいた。7が並んでいるだけで、なんか落ち着く。
倉科さん、遅いなぁ。絶対、水分補給だけじゃないはず。そして、数分待った後、倉科さんがシャキッとした顔で戻ってきた。
「瑞季ちゃんにコツ教えて貰っちゃった。だから、次は勝つ!」
いやあ、同じだと思うけど。瑞季がやらない限りは。
ゲームが開始され、順番にカードを置いていった。俺は自信があまり無かったが、最下位にさえならなければいいや、と思っていた。勝利宣言をしていた倉科さんは果たして勝つのだろうか。
しばらくすると、8はスペードの8だけ置かれた状態で6側の方には置ける箇所がいくつかあった。だが、倉科さんは置けないらしい。
「8持ってない……どうしよう……」
「そういうのは口に出さない方がいいよ」と俺はアドバイスを入れた。
だが、彼女は若干パニックになっている。冷静じゃない彼女はパスとも言えない。
「倉科ちゃん」
倉科さんの背後に誰かがスッと来た。瑞季だ。そして瑞季は倉科さんの肩をポンと叩いた。
「パス」
ようやく彼女はパスと言った。結構パスまで時間がかかった。でも倉科さんだから許そう。
それから――。
「ここはこれ置いた方がいいかも」
「んー、やっぱこれかな」
「ここは敢えてパスした方がいいよ」
なんと瑞季が全力アドバイスしてきたのである。もう瑞季がサポートすれば最強だと思うけど。でも……ずるくね?
「瑞季、参加してないのに他人の肩持つのは反則じゃないか? フェアプレーじゃないというか。皆もそう思うよな?」
「和花、弱いからそれくらいいいんじゃない?」とりりか。
坂野は口出し出来ない様子だった。
「友達なんだから、それくらいいいじゃん。それに……弱すぎて見てられなかったんだもん」
「酷いっ、瑞季ちゃん」
瑞季は誰に対しても毒舌だった。
結局、瑞季が倉科さんをサポートし、倉科さんは2位だった。1位はゆり。
ゆりさん、強すぎじゃね?
「すごーい、ゆり。さすが」
「トランプ、家とかで沢山やってるんですか?」
坂野も食いついた。
「いえ。小さい頃はやってたけど、今日は久しぶりで」
すごい、と皆拍手する。
次はポーカーだ。もう昼近いので、これが最後になるだろう。
「ちょっとチップ持ってくるね」
そう言って小走りで部屋に向かう倉科さん。彼女が隣からいなくなった事が少し落ち着かなかった。彼女が戻ってくるまで、この場に重い沈黙が流れた。
倉科さんが戻ってきた。
戻ってすぐに倉科さんは、
「瑞季ちゃん、代わりにやって。手伝ってよ」と瑞季にお願いをした。
「いや、私は猫の世話で忙しいから」
「猫の世話なら私がやるよ!」
「「んー」」
確かに猫の世話なら瑞季より倉科さんの方が出来る。というか何でそこ、いがみ合ってるの?
「もう負けるのは嫌なの!」
「七並べ、勝ってたじゃん」
「瑞季ちゃんのサポートがあっての事でしょ!」
そうして何故か、倉科さんも瑞季も参加する事になった。ペアにもならずに。という事はつまり、瑞季が一人増えただけという事だ。普通に謎なんですけど。
「ペアにならなかったんだな」
「だって……恨みっこなしということで、決まった事だから」
ゲームが始まった。
「レイズ」
皆が賭けていく中、瑞季は大人しかった。初めはレイズしないのが彼女の作戦なのだろう。俺はそれが意外だった。
しばらくすると、瑞季が勝ち誇った顔でレイズしまくっていた。
「レイズ!」
「そんなに賭けて大丈夫なのか?」
「レイズ」
「俺は瑞季にだけは負けたくないからな。レイズ」
「ここでおしまいにしときましょうか」
そう告げ、瑞季が引き下がった。俺もそれに続く。
果たして結果は……
「フルハウス」と瑞季。
「フラッシュ」と俺。
瑞季の勝ちだ。
何だよ、普通に強いやつやん。あんなに賭けるからハッタリかと思ったよ。くそー悔しい。瑞季に全て根こそぎチップを持っていかれたのだった。それにトランプの強さ惜しい。
それからも瑞季は何度もレイズをした。ハッタリを繰り返しながら。俺は瑞季が恐ろしくてレイズ出来なかった。それが瑞季の本当の狙いであり、作戦だった。最初に強いカードで大量レイズで勝って、それから信じられなくなった相手に次からはハッタリで勝つという。本当に恐ろしい女だ。
倉科さんはというと。
「ストレートフラッシュ!」
彼女が勝ちを確信したその時、瑞季から冷たいツッコミが入った。
「ここ、ダイヤじゃん」
「あー」
見落としていたらしい。彼女はどこまでも天然だ。
「ストレートだね」
ダメだった。
倉科さんは一度も勝てずに負けた。それは俺も同じだった。
瑞季が圧勝し、2位がゆり、そして3位がりりか、4位が坂野で5位が倉科さん、最下位が俺という結果だった。俺のボロ負けだ。やっぱり、ゆりさんと瑞季強いなあ。凛と華は私もトランプやりたかった、と悔やんでいた。
「やったー勝ったご褒美にショートケーキ食べよー」
瑞季は冷蔵庫から手慣れた手つきでケーキを取り出す。ここはお前の家じゃないよ?
「理玖、アイス買ってきて」
「はぁ? 負けて悔しんでる俺の心境ちょっとは考えろ」
そんなやりとりをしていると、倉科さんの母が声を掛けた。
「そろそろ、昼御飯だからねー。今日はご馳走よ!」
ご馳走と言われ、楽しみになってきた。きっと豪華なものなのだろう。これだけの大人数分、用意出来るなんて凄い。
丁度、お腹が鳴った。
「あはは」と倉科さんが笑いながらキッチンへと向かった。
俺もその後に続いた。
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