49 訪問②
夏がやって来た。あの心地よい気温の春は過ぎ去ってしまった。春は色々な事があった。だから、夏も色々な事が待ち受けているに決まっている。
今日は一学期の終業式の日。
休み時間に倉科さんが突然、こんな事を言ってきた。
「ねぇ、夏休み、私の家に遊びに来てくれない?」
「いいよ」
「いいけど、男の俺が女子の家に容易く足を踏み入れていいのか?」
「全然いいよ。一条くん」
「りりかとゆりも行く?」
「うん、行くー」
りりかとゆりというのは倉科さんの友達の事だ。俺と瑞季と関わるようになってからも交流が続いているらしい。
こうして、りりか、ゆり、瑞季、俺の四人は夏休みに倉科家に遊びに行く事が決定した。他に誘える人、いないだろうか。
***
そんな風に話が進んだにも関わらず、全く誰も今現在まで、遊びに来てくれなかった。それもそのはず、日にちも決めて無かったし、家の場所も教えていない。りりかとゆりだけは家の場所は知っているが。
これも終業式に急いで誘ってしまった私が悪い。
「はぁ~どうしよう」
私はゴロゴロと布団で転がっていた。憂鬱な私を余所に猫はお腹に乗っかった。
瑞季ちゃん、この猫さん達見たら喜ぶだろうなー。
一条くんが家に来るなんて、ドキドキする……。心臓がもたない。
りりかとゆりとも沢山遊びたいなー。
そんな思いが心の中で炸裂するけど、未だに遊びに来てくれるような行動には移していない。
私はスマホを手に取り、寝ながら画面を眺めた。そして、理玖と瑞季にメッセージを送る。
『私の家に来る日、いつがいい?』
もう8月中旬だった。ちょうど、お盆の時期だから、タイミングはバッチリだろう。二人とも『いつでもいい』との事だった。理玖はお盆はバイトが無いらしい。私のパン屋のバイトもお盆の時期はお休みだ。
願わくは明日にでも来てほしいくらいなんだけど。
『そう。他に誘える人いたら、誘ってもらえると嬉しい』
最後にそうメッセージを送り、私はスマホを閉じた。
***
理玖の家で。
『他に誘える人いたら、誘ってほしい』
「なあ、これどれだけ誘ってもいいって事なのか?」
「さあ? でも人数多い方が楽しいんじゃない?」
瑞季は俺の家にちょっとの間だけ立ち寄っていた。といっても、毎日のように来ている気がする。聞けば、エアコンが壊れたらしい。だから、俺の家を避暑地として使っているのだ。まあ、エアコンが壊れたというのは嘘なのだが。
「じゃあ、坂野も誘ってみるわ」
「私は凛と華、誘ってみる」
結果はどちらともOKとの事だった。
そして、皆予定が無いので明日、遊びに行く事が決まった。
「何か、何というか……絵にならない」
隣でソーダ味のアイスバーをしゃりしゃりと食べる瑞季。だが、ちっとも魅力を感じなかった。倉科さんが食べてるとまた違ってくるだろう。瑞季も美少女だけど、美少女モードではなく、だらけモードだから怠惰にしか映らない。
「何? 私に何か文句でもあるの?」
「いや、倉科さんがアイスバー食べてたら絵になるのに、お前だとボーイッシュになるなー、と思って」
「絵にならなくて悪かったわね。あと大分言葉、選んだでしょ」
確かに言葉を選んだ。瑞季は口を尖らせる。
「遂に明日だぞ。倉科さんの家に行ける! すげえ楽しみ!」
「お前も猫に会えるぞ」
「猫! ひゃおう! 想像してたらよだれが出てきた」
「食べる気かよ。猫じゃなくて、メインは倉科さんに会いに行くんだからな」
そうしてすぐに明日はやって来た。
俺はいつもの白いTシャツと黒いズボン、そして帽子、というコーデを選んだ。
出発間近、妹がこんな事を口にした。
「誰の家行くの? もしかして彼女?」
瑞季と蒼空が婚約してから、もう瑞季の名前は挙げなくなった。
「教えない」
「じゃあ、いってらっしゃい」
妹は何かを察したようだ。
見送られ、駅に向かった。
倉科さん家の最寄り駅からは彼女が案内してくれるらしい。
そして、俺の家の最寄り駅に着き、瑞季と合流した。瑞季と俺の最寄り駅は一緒なのだ。
瑞季はキャラクターが描いてあるTシャツと水色のミニスカートという格好で現れた。それは夏らしく、可愛らしいものだった。
「こんな暑い日にお前と会うなんてな。あのー、一応言っておくが俺の家を避暑地代わりにするの、やめる気はないのか? それともうエアコン修理終わっただろ」
「やめる気は無い。本当に理玖はどこまでも鈍感ね。鈍感過ぎて笑えてくる、ぷっ」
「笑うな」
瑞季はただ純粋に俺の家に遊びに来たいだけ。ただそれだけなのだ。
そうして、倉科さんの最寄り駅に着くと、そこには坂野、華、凛がいた。
「あ、やっほー」
手を振ると振り返してくれた。
「あの、倉科さんってサッカーの大会の時にいた、黒い長髪の子でいいんだよな?」
「ああ、そうだ」
そこで瑞季に目を向ける。彼女は楽しそうにウキウキしていた。
「やったー倉科ちゃんの家行くの楽しみ!」
楽しそうで何より。
「そういえば、りりかちゃんとゆりちゃん来てないけど、ひょっとして倉科さんの家にいるの?」と凛が聞く。
「ちょっと確認してみる」
どうやら、昨日から泊まっていたらしい。友達って最強だもんな。倉科さんと倉科さんの友達の仲の良さを改めて痛感させられた。
そういえば倉科さん来ないなあ。
一方で、倉科さんはというと。
「あー決まらない。どうしよう……」
どの服にするか迷っていた。
「だから、白のワンピースにしたらいいじゃん」
「私もそう思う」
倉科さんは純白のワンピースを持ったまま、足を崩して座っていた。頭をふるふると振りながら。
「でもっ、白いワンピースから連想されるのは結婚式! ウェディングドレス! 一条くんに結婚相手として見られたらどうしよう……」
「なんでそこに行きつくの?」
りりかもゆりも首を傾げる。
倉科さんの思考回路は異常かもしれない。
結局、白いワンピースに決めた。
「行ってくる」
「一条くん達待ってるよ、早く行ってきな」
しばらくして、最寄り駅に倉科さんの姿が見えた。
「遅くなってごめんねっ! 服選びに時間掛かっちゃった」
「全然、大丈夫。気にしなくていいよ」
皆、優しかった。
泣きそうになってくるくらいに。
「倉科さん、そのワンピース、可愛いね。すごい爽やか」と俺は言った。
褒められて頬を赤らめる倉科さん。どうやら彼女の結婚相手として見られるんじゃないか、という不安は杞憂だったようだ。そりゃ、まあそうだろう。
「それじゃあ、早速行こうか」
「うん」
歩き出そうとしたその時、ふと瑞季が口を開く。
「あ、ちょっと待って。知らないって人もいると思うから、自己紹介した方がいいんじゃない?」
「知らないのは俺くらいだと思うんだ。皆は顔見知りだろ?」
そう言って、坂野が自己紹介を始めた。
「サッカーの大会で一条の友達になった坂野だ。皆とは違う学校に通ってる。よろしく」
「よろしく」
「理玖くん、友達出来たんだ、おめでとう」
そうして今度こそ、倉科さんの家へと歩き始めた。
まあ自己紹介はこれからするだろうから、する必要は無かったと思うが。倉科さんの家は駅から15分くらいの所にあるらしい。短い距離でも暑いからしんどく感じる。
「こっちだよ」
すると人通りの少ない道に出た。そして、生垣が沢山ある所が見えた。もうすぐ着くらしい。でも、あれ? 前にどこかで見た事あるような……
「暑いね」
「うん、暑くて死にそうだよー」
倉科さんはタオルで額を拭く。腕を上に上げた時につるつるの脇が見えてドキリとする。彼女は肩の部分が紐のワンピースを着ているから、少し露出が多い。そんな彼女をただじーっと見つめていた。
倉科さんを眺めているうちに家に着いてしまった。
高級住宅街。『倉科』という表札のデザイン。このオシャンティーな豪邸。全てが合致した。
ここは瑞季がいじめられて険悪ムードになった時、猫を見つけて猫を追いかけた際に辿り着いた家だった。まさか倉科さんの家だったとは。
「ここって、前に一度瑞季と来た事がある……!」
「だから、そう言ってるじゃない」
「一度も言われた事無いけど!?」
「え? 来た事あるの……?」
「「倉科さんは気にしなくていい」」
そうして玄関の家がガチャリと開かれた。
そこから出てきたのは中学生くらいの女の子と若いお母さんとりりかとゆりだった。
「いらっしゃーい」
そう招かれ、暑いから、と自己紹介は中に入ってからと言われた。
中に入ると広すぎるリビングがあったのだが、家の説明はまた後でするとしよう。
「和花の妹の舞花です。今日はよろしくお願いします! 泊まっていってもいいからねー」
倉科さんとは対照的に恥ずかしがらずに元気のいい自己紹介だった。
「和花の母です、ゆっくりしていってね」
倉科さんの母はこんなに多い人数にびっくりしていた。
「「和花の友達のりりかとゆりだよー」」
「「瑞季ちゃんの友達の――って瑞季ちゃんから紹介した方がいいよね!」」
そう言われ、瑞季にふられた。確かにその方がいい。
「和花さんと理玖の友達の佐渡瑞季です……」
瑞季にすれば珍しく、表情が硬く、緊張してる面持ちだった。
「「瑞季ちゃんの友達の凛と華ですー今日はよろしくぅー」」
テンションが高い。
最後に男子が残された。
何ゆえに?
「倉科さんの友達であり、瑞季の幼馴染みの一条理玖です、よろしくお願いします」
「何でかしこまってるわけ? それにここには倉科さん三人いるからね」
言われて気づいた……でも、瑞季にだけは言われたくない。そして、瑞季は「倉科さんを下の名前で呼んであげなよ」、という意地の悪い笑みを浮かべていた。下の名前でなんて呼べるわけがない。
「最後に一条の友達の坂野です。お見知りおきを」
こうして全員分の自己紹介が終わった。
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