10 一緒にお菓子作り


 俺は風呂に入って考え事をしていた。勿論、倉科さん関連だ。それに瑞季や店員の倉科さんも少し関わってくる。


 最近倉科さんと関わる事多いな。学校一の美少女とこんなに仲良くしてていいのだろうか。


 ぶくぶくぶく。

 顔だけを湯に浸ける。


 倉科さんと接していてとかそういう感情が芽生える事はない。だって、俺は店員さんの倉科さんが好きだから。ずっと片思いし続けていた。頑張ってる姿が好感持てて、応援したくなる。多分、気持ちを伝えたらいつにも増してオドオドするんだろうな、と想像してみる。そんな姿を想像して可愛いな、と思い一人興奮する。だけど、自分から告白する勇気なんて物はない。今は陰から見守っていたい。


 ぶくぶく。


 そして瑞季は多分俺のことが好き。いや、好き?? 本心は瑞季に聞いてみないと分からないけど、思わせぶりな態度が鼻に付く。気になる異性がいるというならそれは俺のことに違いないけど、今のところ気になる異性はいないらしい。だから前言撤回。瑞季の恋愛事情はよく分からない。瑞季はバイセクシャルだから、もししたら倉科さんのことが好きかもしれない。この前あいつ、負けヒロインがどうとか言ってたけど、あれは何だったんだろう……。


「お兄ちゃん、お風呂いつまで入ってるの! 遅いんだけど!」


「ああ、ごめんごめん」


 気づけば考え事をしていたら10分が経過していた。



 翌日。

 四時間目のこと。今日は家庭科でクッキーを作るらしい。

 席に着くと早速班決めが始まる。


「いいかー倉科と同じ班になりたいからといって、あまり調子乗るなよー」


 何なんだ、先生のこの声かけは。いつも先生はこういう茶々を入れてくる。

 班決めは先生の指示により決まる。4人毎に振り分けされる。

 次々と班が決まっていく中、瑞季の班も決まり、やがて俺も呼ばれた。呼ばれるのは遅めだった。瑞季とは違う班だった。瑞季は不敵な笑みを浮かべる。


「倉科、西田、高野、一条」


 えっ、今何つった? 倉科さんと同じ班!?


「よう、倉科ちゃん、よろしくな!」


 早速倉科さんは絡まれていた。男は倉科さんの肩に腕を回していた。この体格の良い男は西田だ。俺の苦手属性。あまり関わりたくない。


「それセクハラですよ! 女性なら私もいるでしょう」


「お前はぺちゃパイだから興味ねえ」


「はあ? 何だって?」


 そう言い争っているのは背の低い高野だ。きゃぴきゃぴしてて可愛らしい。


 というか同じ班なんだから喧嘩しないでほしい。


「はい、それではレシピ帳を見ながら各自クッキー作り、始めて下さいー」


 ほら、言い争っている間にクッキー作り始まっちゃったじゃんかよ。


「……一条、喋った事ないけどよろしくな」


 何その元気の無い挨拶。男だからどうでもいいとか?


「よろしく」


 俺も塩対応で返す。



 手を洗っていた。すると隣の蛇口に倉科さんがやって来て、声を掛けてきた。


「一緒に頑張ろうねっ」


 はっ……! 笑顔でその言葉を言われると天使すぎて破壊力ありすぎて、思わず瞠目してしまう。しかもエプロン姿だ。控えめなピンクの水玉のエプロンで如何にも彼女らしいエプロンだった。生活感があって、良いお嫁さんになれそうだと思った。って何考えてるんだ、俺。パン屋の店員の倉科さんにも似てるな、と思ったが自分だけの秘密にした。パン屋の制服であるエプロンは黒だが。

 そんな感じで彼女に見惚れていると。


 じゃー


「手止まってるよ」


「……あ」


「可愛い」


 いつかカッコいいって言われないかな。


 皆が手を洗い、エプロンに着替え、席に着いた所で話し合いが行われた。


「じゃあ、係決めをしようか」


「そうだね」


「皆やりたい係とかある?」


「ない」

「特に」


 特に皆やりたい係が無かったので、まずは高野が希望を言い始めた。


「私、砂糖や小麦粉の量とかを計る係するね。一条くんは混ぜる係出来る?」


「はい、出来ます、頑張ります」


 何故俺という男は女子を前にすると敬語になってしまうのだろうか。これは陰キャあるある……?


「じゃあ私は一条くんが混ぜたのを型に入れる係したいな」と倉科さんが言う。


「それじゃあ、倉科さん入れる係よろしくね。あと残ってんのはあんただけだけど。サボりとか言わせないよ?」


 相変わらず高野リーダーシップあって凄いな。思わず感心してしまう。


「俺は洗う係で」


「それってクッキー作ってるうちに入るの?」


 辛辣だなぁ、高野。瑞季と良い勝負だ。


「材料用意するのもあんたお願いー」


「へーい」


 返事が不真面目だ。


 係が決まった所で調理作業に取りかかる。

 まずは西田が材料を用意する所から始まる。すると早速倉科さんが指示を出した。指示通りに動くとすぐ材料が集まった。

 次に高野が材料を計量カップや計りで計る。そこでも倉科さんが的確なアドバイスをしていた。


「小麦粉180gに砂糖40gね」


「了解です、倉科さん」


「ここに牛乳入れるとまた美味しくなるのよ」


「そうなんですか、ありがとうございます、倉科さん」


 二人とも可愛くてほのぼのするなー

 俺は見惚れていた。

 するとそこに瑞季が現れた。


「何ぼーっとしてるの。次、あんたが混ぜる係でしょ! しっかりしなさいよ。全く……先生も調子乗るなって言ってなかった? ほんと倉科さんにメロメロなんだから」


「お前、別の班なんだから関係ねーだろ。メロメロって何だよ。ぼーっとしてないから。ただ見てて頃合い見計らってただけだから」


「俺も一条の気持ち分かるわー。倉科さんに見入っちゃうよな」


「男子たち! しっかりして!」

 高野にも注意された。


「そうよ。佐渡さんの言う通り一条くんは混ぜる係だから、私見ないで準備してね」


 はっきり言われると恥ずかしい。


 言われた通り、小麦粉や卵、砂糖を混ぜていく。そこでも倉科さんは的確なアドバイスをしてくれた。

 力の入れ加減が難しい。


「卵の殻には気をつけてね」

「こうすると力入れなくても楽に混ぜられるよ」

「だまになってるからここ混ぜてみて」


 気づけば後ろからハグされているような形になった。俺の手を被せるように倉科さんの手に包まれ、一緒に混ぜてくれた。あんなに難しかった力の入れ加減も簡単に混ぜる事ができ、楽になった。周りからひゅーひゅーといった声が聞こえる。


 後は倉科さんが型に入れて、オーブンで焼くだけだ。

 倉科さんは一滴もこぼさず、綺麗に型に俺が混ぜた物を入れていった。なんというか、彼女は手際が良く、手慣れている。周りから見ても料理上手というのが伺える。要領が良く、惹かれていく。


 倉科さんが4人分のクッキーの皿をオーブンに入れた。

 オーブンで焼き上がるのをじっと待つ。これから自分たちが作った物を食べられるというのだから、ワクワクして楽しみだ。


 待っている間、倉科さんとしゃがみ込んで、クッキーを眺めていた。その様子を伺っていた西田が「ずるいぞー」と言い、西田も倉科さんの隣にしゃがんだ。高野だけが立って待っていた。ほんと、倉科さんは人気者ね、と嘆息しながら。


「美味しくできるといいね」


「ああ。きっとうめーぞ」と西田。


 ようやくクッキーが焼き上がった。中から香ばしい香りがする。美味しそうだ。

 高野がオーブンから皿を取り出す。


「熱いから気をつけてね」と倉科さんが言った。


 用意ができた所でクッキーを食べた。もう既に他の班では食べ終わっている班もいる。クッキーは上出来だった。食べる度にサクッと音がする。その音もいつも食べてるクッキーの音と違った。それに何か上品な味がする。甘すぎず、苦すぎず。


「美味しいね!」

 元気有り余る声音で高野が感嘆した。


「うん、美味しい!」


「倉科さんのお陰だよ」


 そう言うと、倉科さんは照れた顔で「そんなことないよ」と謙遜した。


 皆が笑顔で美味しく食べてる中で、とある視線を感じる。視線の先を追うと知らない男子生徒が睨んでいた。きっと俺のことを嫉妬しているのだろう。不穏な空気の中、四時間目が終わった。


「クッキー美味しかったな」


「そうだね」


 あれ、瑞季元気ない?


「私、行かなきゃいけないから。また今度ね」


 そうして瑞季は例の女子二人組の所へ行ってしまった。大丈夫だろうか。心配になった。


 するとそこへ倉科さんがやって来た。


「今日はありがとう。美味しかったね。一条くんのこと、もっと好きになれた。また作れたらいいな」


 好きという言葉にドキリとしてしまう。倉科さんの言葉と笑顔で幸せになれた気がした。


「こちらこそ、ありがとうございました」



*あとがき*

必要な情報だけをお送りする為、あとがきは省略されています。

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