5 部活
放課後。
今日は雨だからサッカー部は休みだった。
別にモテたいからサッカー部に入ったわけでもなくて、気づいたら入部していただけだ。運動神経抜群だから推薦されて入ったのだ。取り敢えず、カフェのバイトに被らなければ何でもいい。俺は日本一のバリスタになりたいのだ。
一方で瑞季は美術部所属。こいつはイラストレーターになりたいのだとか。部でも特出するほど上手いらしく、副部長を務めるまである。まあ、俺は応援している。
一度くらい瑞季の絵を見たい。そう俺は思うのだった。
ここは美術室。
沢山の美術部員が椅子に座っている。
「じゃあ始めましょうか」
部長の呼び掛けにより、美術部員はキャンバスに絵を描いていく。今回は人物画の模写だ。皆、迷いなく描いていくから凄いとしか言いようがない。ちゃんとモデルがいて、見ながら描くのである。モデルの子は微動だに動かず、真っ直ぐ前を見ている。一線一線、丁寧に描く。
「佐渡さん、上手いのは言うまでもないですが、人物の特徴をしっかり捉えていますね。上出来です」
特に上手かったらしく、先生に瑞季は褒められた。
「ありがとうございます」
あまり嬉しそうではない。
「これなら秋のコンクールで優勝するかもしれないわ」
「いえ、私はコンクールで優勝したいんじゃありません。イラストレーターになりたいのです。コンクールには興味ありません」
バッサリと切ってしまった瑞季に先生は唖然とする。
「……」
黙りこんでしまった先生を無視し、瑞季は絵を描き続ける。
しばらくして、先生はエールを送った。
「この調子よ。頑張ってね」
それだけ言い、先生は別の生徒の所に行った。
瑞季は美術部内でも孤立していた。でも、絵を描いている時間は無言なので、あまり大差は無い。瑞季には一人で寂しいといった感情はあまり無いのだ。
30分も経たないうちにイラストは完成した。
瑞季が一番早く終わったが、絵のクオリティに早さは関係ない。だが、誰よりも上手かった。
瑞季は絵を描く毎に一歩ずつ着実に上手くなっている。本人に自覚はないようだが、周りは気づいている。部に入部した当初より、見違える程上手くなっているのだ。
けれども、瑞季曰くイラストレーターになれなければ意味が無いらしい。
部員の全員が描き終わったのを確認し、それから絵を見せ合う。お互いの良さや課題点を言い合うのだ。瑞季は人が描いた絵に心底興味ないので、この時間が苦痛らしいが、それでも平和に時間は過ぎ去った。
一方で俺は図書室で瑞季の部活が終わるのを待っていた。その待っている間に読んでいたのが、瑞季にオススメされた『人間失格』だった。
だが、訳が分からない。ラノベばかり読み、純文学をあまり読まない俺にとっては訳が分からない、と片付ける他なかった。自殺未遂を繰り返し、女と遊び、薬物に手を出し、死にきれなくて最後は精神科病棟に送り込まれる始末。これをどう楽しめばいいのか。主人公がクズで人間失格でそれで? 何か伝えたい事があるのだろうが、俺にはさっぱり分からなかった。
全然甘くもワクワクもしない。ラブコメや異世界ファンタジー読んでた方が楽しい。
ここはライトノベルは置かれていないのだ。この学校の致命だと思うんだよね。漫画は置いてある。だが、女性向けと古いもう既に読んだ事のある作品しかない。
図書室で待ってる時間が苦痛だ。図書室には机に向かって、勉強をしている子もいる。だが、生憎俺は勉強が得意ではない。一人で黙々と机に向かうなど無理な話だ。
普段は部活があるけど、雨で部活が中止になった時はよく図書室で時間を潰している。人間失格を三周くらい読んだ所で、ちょうど瑞季が部活終わる頃合いだった。
(そろそろか……)
俺は鞄を背負って図書室を出る。図書室で1時間以上は滞在していただろう。
図書室を出て、少しした先の廊下で瑞季と合流した。
「あ」
「遅かったわね」
「お前を待ってたんだよ!」
「それより絵はよく描けたか? 美術部充実してるか?」
「ええ。でも、まだまだ理想には届かないわ」
「そうか? 瑞季の絵が上達してるって噂になってるよ」
「また迷惑な事を」
「一度、美術道具しまいに教室戻っていい?」
俺はペコリと頷き、瑞季は教室に戻った。俺は教室の前で待っていた。しばらくして瑞季が教室から帰ってきた。
廊下を二人で歩いた。窓から見える雨の情景に瑞季はポツリと呟いた。
「まだ雨、止まないわね」
「そうだな」
瑞季に確認したところ、傘は持っていたようで心配はなかった。危うく、相合い傘をする所だった。嫌いな幼馴染みとの相合い傘なんて、ご褒美でも何でもない。こちらからすれば地獄だ。
下駄箱に着き、靴を履き替え、傘を持つ。瑞季も俺に続く。
だが、次の瑞季の言葉に俺は息を呑んだ。
「あれって、倉科さんじゃない?」
よくじっと目を凝らす。確かに倉科さんだった。特徴の黒いストレートのロングヘアーが艶めいていた。
確かに。でも、何でこんな所に立ち続けているんだろう。まさか……。
俺の予想は当たった。
倉科さんは傘を持っていなかった。
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