4 負けヒロイン


 HRが終わり、授業が始まった。俺が冴えない顔で窓を見つめていると、ふいに瑞季が振り返る。


「授業、真面目に聞いてるの?」


「聞いてるよ!」


 極力小声で話す。


「じゃあ、そんな君に消しカス」


 いらねー!!


 本当に瑞季は意地悪な奴だ。小学校の頃、苛められてたが苛めっ子ポジションでも充分いけると思う。

 そして瑞季は、倉科さん同様成績優秀なのだ。だからある程度、授業を聞いていなくても問題はない。だが、俺は違う。真面目に授業を聞かないといけないのに、瑞季から貰った祝い品のせいで集中できない。

 授業中毎日のように貰う消しカスで俺は困っていた。


 雨はまだ降ってるな。帰り濡れて風邪引かないだろうか。


 そういえば、さっきの瑞季の言葉が気になっていた。自分は負けヒロインで、主人公――つまり俺と結ばれたい。だが、俺のことは好きではない。言葉に嘘は無いと思う。だって、瑞季が俺を好きな雰囲気を醸し出してないからだ。なのに、どうして……。


 そんな思案をしていたら、先生に当てられてしまった。


「じゃあ次、一条」


「え、えっと……」


 やばい。考え事してて全然授業聞いてなかったし、教科書見てなかった。分からない。急いで焦って教科書を見る。

(黒板に書いてある所を探るとこの二択問題か……)

 ここは適当に答えるしかないか。諦めて席を立ち、一か八か答えようとしたその時。

 目の前の瑞季が身を捩って人差し指を立てていた。


 これは……。


 答えは1ということを暗に示している。間違いない。だが、ちょっと待てよ。こいつが正解を容易く教えるだろうか。瑞季は意地悪な奴だ。嘘を吐いているに違いない。そう思った俺は2と答えようとした。


「一条、聞いているのか? 早く答えろー。もしかして分からないのか?」


「はい、正解は2です」


 ムムッと先生の表情が険しくなった。

 これは怒られるパターンだ。


「1が正解だ。難しい問題だったが、もう少し真面目に聞く態度を示したらどうだ」


 やっぱりだ。瑞季の嘘つきー!


「やっぱり授業聞いてなかったんじゃない」


「お前が意味深に人差し指突き立てるからだろ。授業聞いてなかったのは本当だが」


「惑わされるのが悪いのよ。それにそう言うなら、最初から真面目に聞いとけば良かったでしょ? 私は人差し指立ててただけだけど? 1なんて言ってないわよ」


「今度から紛らわしい事するな。瑞季を信じとけばよかった」


 そうね、と彼女は身体を向き直した。


 それから、俺は真面目に教科書とにらめっこして、授業を受けていた。

 そんな時間も束の間、ふと倉科さんのことが気になった。確か、俺が窓際の3番目だから倉科さんの席は廊下側の後ろの方だ。皆も倉科さんが気になって、ついつい倉科さんのことを見ているのかと思いきや、皆真面目に、黒板の方向を向いて集中していた。クラスの意外な一面を見れた気がした。倉科さんの方をチラチラ見ていると彼女は俺に気づいたのか、パチパチと目を瞬かせていた。

 倉科さん、相変わらず可愛い。美人だ。一際目立つ彼女に見惚れ、授業どころじゃなくなっていた。まあ、後で瑞季に勉強教えてもらえればいいか。瑞季は成績優秀なのだ。同じく成績優秀な倉科さんに教えてもらうのはおこがましい。

 倉科さんの方をじーっと見ていたら、なんとあろうことかひらひらと手を振ってくれた。なんて、女神なんだ! びっくりして飛び上がってしまった。


「一条、また問題に答えたいのか? どうして立ち上がるんだ」


「何でもないです」


 後方からうふふ、と笑う倉科さんの声が聞こえた。

 俺は再度、後ろを振り返って倉科さんに手を振り返した。

 彼女はお辞儀して、俺は残りの授業を受けて終わった。



 昼飯の時間がやってきた。


 当然、俺と瑞季は一人である。


「一人じゃん。寂しくないの?」


「瑞季こそ、一人じゃん」


「うん。いつもそのコッペパンなんだね」と瑞季は呟いた。


「これ、すっごく美味いんだ。ヤマシタ・ベーカリーの常時ある目玉商品だよ。今度、買ってみなよ」


「ヤマシタ・ベーカリー自体、一度も行った事ない」


 俺は残念そうな顔をした。


「私のこと一人ってさっき言ったじゃん? それがそうでもないんだよね」


「ん? どういう事だ?」


「瑞季ちゃん、私たちと一緒に食べよ」


 すると2人の女子たちが瑞季の隣に立った。そして手を握っている。


 えー瑞季にボッチ卒業の道、先越されたあー


「あのさ、今日友達が休んでて3人揃わないんだよね。だからさ、一緒に食べよ」


「おい。それはどういう意味だ。隙間を埋める為に瑞季を利用するなら許さないよ」


「まあ、いいじゃん。いいじゃん」と女子の一人は言った。


「何? もしかしてボッチが一人ずつ食べてるんじゃなくて、一条くんは瑞季ちゃんと食べてたの? でも二人、仲悪いんでしょ?」


 仲悪いのは否めないが、そういう言い方はないだろう。


 と、俺が反対していると瑞季が口を開いた。


「分かった。一緒に食べましょう」


 ええーっ。と俺が驚いてるのも束の間、瑞季は二人の女子たちに連れられ向こうの方に行ってしまった。


 とうとう俺が真のボッチか。嫌だな。

 だが、何か嫌な予感というか胸騒ぎがした。瑞季は大丈夫だろうか。


「瑞季ちゃん、どのキャラが好き?」


「私、このキャラ分からない」


「えー」


 ここでリーダー格っぽい女の子が仕切り直した。


「あのさ、冷たい態度取ってばかりいると嫌われちゃうよ」


「まあ、私たちは嫌わないけど」


「「でもね、理玖くんにまで嫌われたら嫌だよね?」」


 瑞季は難しい顔をした。嫌うはずがない、あの人だもの。小学校の頃から一緒にいてくれた。でも少し心が揺らめいた。そんな気持ちを隠して、無表情に戻った。


「そんな難しい顔しないでー」


「あっ、そうだ。今度家行ってもいい?」


 それはそれでオタクグッズがバレる。それに家にこんな低俗な女子を呼びたくない。

 でも瑞季はこう答えるしかなかった。


「いいよ」


 女子二人は、ぱあぁっと笑顔になった。


 ***


「これ、すっごく美味いんだ。ヤマシタ・ベーカリーの常時ある目玉商品だよ。今度、買ってみなよ」


 私の耳に一条くんと佐渡さんの話し声が聞こえた。

 え、ヤマシタ・ベーカリー?。この辺にはあそこしかない! 私が働いてる所。

 美味しいって言ってくれて嬉しいよ。涙が出そう……。それにコッペパン作ってるの、私だったりするし。もっと美味しいパンを提供したいなー。一条くんが喜んでる顔が見たい。もっともっと一条くんの笑顔に応える為に接客頑張りたい。

 ってダメダメ。私の正体は知られちゃいけないんだから。あんな地味な姿、学園中に知られたら、今までの地位や品位や評判がダダ下がりだよ。

 やっぱり一条くんだったんだ。毎日のように来てくれてる常連さん。でもこの事は内緒にしておこう。

 それより、一条くん、私のことチラチラ見てたよね? 何だったんだろう……


 もっと一条くんと仲良くなりたい、と思う私でした。






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