3 銀髪クーデレ幼馴染み
「私の椅子の方にまで手と腕を伸ばさないでくれる? 気持ち悪いんだけど」
「気持ち悪いって。遅刻寸前に来たお前にだけは言われたくないな」
「間に合ったんだから別にいいでしょ。もしかして、そんなに私に会いたかったの?」
急にそんな事を言われて思わず頬が紅潮する。別にこいつの事は全くもって意識してない。これはマジで。
ただの腐れ縁の幼馴染みだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「そうは言ってないだろ。勘違いするな」
俺が伸ばしていた腕を引っ込めて元の体勢に戻すと前の席に幼馴染み――
「あー。朝っぱらから理玖の顔だけは見たくないわ。憂鬱」
雨の天気と相まって憂鬱と言うように瑞季は暗く俯いた。何故見たくないのに俺の方へ身を捩るのか分からない。
「それは俺も同じだ。瑞季の顔は見たくない」
「え?」
「え?」
聞き返されたので俺も同じ言葉を返した。
「テレビで今朝、稲葉くん出ててカッコよかったわー。マジ最高」
「お前も女子なんだな」
「は? 私だって女子に決まってるでしょ! 女も男も好きなの! 悪い?」
「あぁ……」
「何よ、その哀愁漂う目」
本当にこいつが幼馴染みでいいのか、と思う。女なのに境界線なく仲良くして。
「あーポテチ食いたい。理玖、いいから買ってきて」
怠惰な様を見せて、口を開けて俺の机の上に腕を組んでその中に頭を埋めるのは、俺の幼馴染み――佐渡瑞季だ。佐渡瑞季は光に照らされて輝くストレートの銀髪を持ち、青い瞳はサファイアのように煌めいている。銀髪は肩に付くくらいの丁度いい長さだ。スリムな身体に制服の赤いリボンは映える。学校で五本の指に入る美少女だ。
だが、俺には手と腕を自分の椅子には近づけないでと言うくせに俺の机に堂々と頭を乗せるのは如何なものかと思う。
「お前も少しは倉科さん見習えよ。だらけると品位が下がる」
「ああ。あの女神様ね」
「女神様?」
聞きなれない言葉に首を傾げる。
「倉科さんでしょ? この学年ではそう呼ばれているのよ。有名な話よね」
貴方、そんな事も知らなかったの? と言うように見下される。
「知らなくても別におかしくないだろ」
「ボッチだもんね」
「お前もな」
「あうっ」
そう、俺と瑞季はボッチである。俺は人と最低限しか関わりたくない人間だから、敢えて孤独を選んでいる。瑞季はその毒舌と人を寄せ付けない冷たい対応のせいで小学校の頃から孤独なのだ。致命的なコミュ症を患い、いつも二人は教室の隅にいる。
「ところで理玖はその……倉科さんのことが好きなの?」
「は? 何でそんなぶっ飛んだ話になるんだよ」
「……だって」
指をもじもじさせながら、瑞季は言う。
「いきなり倉科さんの名前を挙げるのはやっぱり気になってるのかなって」
「倉科さんは俺の中ではただの格式高いクラスメイトだよ」
「へーそうなんだ」
思ってた回答と違ったのか話を振ってきたのにあまり興味なさそう。
「じゃあ私のことは?」
「え?」
いきなり自分のことを持ってくる瑞季に驚いて、口をぽかんと開けてしまった。
本人を前にしてどう思ってるのかなんて、簡単に言えたもんじゃない。
「えっと……それは…………」
「何? はっきり言えないの?」
冷たっ。冷たいのは前から知ってたけど。倉科さんに今すぐにでも癒されたい。
「うーん」
「ただのって言葉使ってもいいから言ってみて」
分かった、と頷いてみせた。
「ただの幼馴染み、かな」
「そうなんだー」と棒読みで意地悪そうな表情をして瑞季は上を向いた。
「じゃあ俺のことは? まさか自分は俺に言わせといて言わないなんて、卑怯だよな」
どう思ってるんだ? と顔を覗き込む。
すると……
「ただのストレス発散装置よ」と瑞季は言った。
「酷過ぎね?」
「ばか、しね、あほ」
目が怖かった。だが、そんな表情も急に変わることとなる。
「さっき、ただの幼馴染みって言わなかった?」
「言ったけど?」
瑞季ははっと瞠目して、顔を覆って床にうずくまった。いきなりの展開にびっくりして彼女の背中を擦る。
「どうしたんだ? まさかただのって言ったのが良くなかったのか? ごめん」
「負けヒロインじゃない!」
彼女は大声で叫んだ。周囲のクラスメイトもびっくりしてこちらを見た。
「え? 何言ってんの? ちょっと待って、話についていけない」
「幼馴染み――それはライトノベルやアニメで絶対に主人公と結ばれないヒロイン。地位は義妹よりも下で最下層。結ばれるのは極めて稀で、大抵は倉科さんみたいな清純ヒロインと主人公は結ばれる。人気投票では上位にいるのに決して幸せになれない負けヒロイン、幼馴染み。小さい頃から側にいるから恋愛するのは難しい。でも……私は結ばれたい! 恋愛成就! 恋愛成就!」
もう頭がおかしくなったんじゃないかと疑うほど瑞季は取り乱していた。瑞季はオタクトークやたまにスイッチが入るとよく分からない方向に暴走する。それを受け止めるのが大変なんだ。
「まあまあ、落ち着けって。ここはラノベやアニメの世界じゃないだろ。現実だ。それで今の話からすると主人公と結ばれたいんだろ? 幼馴染みの主人公って言ったら俺しかいないだろ。ひょっとして、俺のことが好きなのか?」
「違うに決まってるでしょ! 嫌いよ」
「なら問題ないだろ。ああ、ライトノベルやアニメでの話をしてたのか。ごめん、勘違いして」
あれ? と首を傾げる。ひっかかる所があった。
「ああ! 私は負けたくない、勝ってやる。倉科さんになんか負けてたまるか。負けヒロインの下克上よ……」
「さっきから何と闘ってるんだ?」
「負けヒロインなんて呼ばれてたまるか。幼馴染みでも結ばれるんだから!」
話が通じなくなってきた。
「さあ、HR始まるわよ。理玖」
瑞季がしきり直して自分の席に戻った。今日も机の位置がずれて最悪だ。それからは瑞季がくるりと俺の方を向く事はなかった。
本当に冷静にHR受けられるのか?
俺は心配になった。
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