第2話 水をはった桶の中のネズミ

 モグの子供、ドコモ、ギガ、バイトの違いがやっとわかるようになってきた。ある一部はチワワで、ある一部は雑種なのだがそんなのはどうでもよくてとにかくかわいい。その時の大きさ順で付けた名前もバイトがドコモを抜く時がくるのだろう。楽しみだ。

 この子たちは来世の自分たちの子だ。僕がうれしいのより格段に妻は喜ぶだろう。

 僕と美里の来世がモグとトラさん。僕達は親への大恩という罰を冒し人間界から畜生界へと輪廻した。現世と来世が今世に同時に存在するのはモグに言わせるとブッダによる計らいだという。


 今から2600年前に宇宙という概念を持ち、他の惑星群にも自分と同じ信仰を持つ生き物がいると考えることができるとはなんたることか。僕なんか夜空を眺めてもきれいだな、ハッキリ見えるな、とくらいにしか思わない。まあ、もともとが違うから仕方が無いのだけれど……しかし、浄土とは、49日とは、阿弥陀如来とは、お経とは………くらいは仏教徒ならば知っておくべきだろうと思っている。死んだ後、お経として親鸞が書いたものを読まれても成仏できないような気がする。親鸞がどうのではなくて……。


 ブッダがどういう考えで現世と来世を同じ世界で生存させておられるのか計り知れないけれど、モグたちがいなければひとりぼっちであることはハッキリしているし、それが凄く嫌なこともハッキリしている。


「旦那、相談があります」

「は~~、そういう時は良くない話だな」

「はい。仕事辞めたいです」

「どうして?」

「人間× 犬関係です」

「それじゃわからない」

「パワハラです」

「パワハラ?」

「パワハラで訴えると!」

「おまえかい!」

「自分ではそんなつもりはなくて……」

「とりあえずほっとけ。急いで辞める必要はない。今、自分から辞めたら自己都合だ。失業手当を貰うのに給付制限期間が3ヶ月になる。解雇なら即時給付。僕は社会保険労務士の資格を持っている。言った通りにしろ。あ???ごめんなさい。失業保険加入してないよね!」

「犬ですよ!」

「だよね~、う~ん、そうだ僕が仕事を辞めると言ったときに上司からしてもらった話をしよう!」

「はい」


『水をはった桶の中のネズミ』


                嶋 徹


 丸い桶に水が6分目くらい溜められていた。足を洗うのにでも使われるのだろうか。

 水面に棚に置いてある餅が映っていたのか一匹のネズミが飛び込んだ。慌てたネズミは何とか桶の板までたどり着いた。這い上がるには高過ぎる、思案した結果、かじりつき壁に穴を開けることにした。

 かじり始めた。しかし、どうもここは固いような気がして別の場所をかじり始めた。時にやはり這い上がれないだろうかと上を見上げた。やはり無理だとかじり続けた。他に手段はないだろか?と考えたがないとわかり、かじり続けた。かじってはやめた箇所が13個になり、初めかじりついた場所に戻ってしまった。

 ネズミにはもはやかじりつく力は残されていなかった。それは死ぬことを意味しておりネズミは水面にプカプカと浮いてしまった。

 もし、かじりつく箇所を初めから変えずにかじり続けていたら壁には穴が開き、逃げおおせることが出来たのに……。


                おわり


「トラさん、何が言いたいかわかるよね?」

「はい。犬と云えども犬かきで泳げるようになることが大切だということを学びました」


「……ごめん、ちょっと横になる……うそだろ……」

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