モグ 2【涅槃ブッダ編】

嶋 徹

第1話  幸せの黄色い鳥

 

 モグはチワワでメス、3歳である。トラさんは雑種でモグの旦那。ふたりには3匹の子供がいる。

 僕は妻とは別居中で1Kにひとりと五匹が暮らしていた。


日曜日の昼下がり、優しい陽射しのなかで僕とトラさんは寝ころんでテレビを見ていた。

「旦那、一度は見に行きたいですね。おもいませんか?」

「思うよ、大相撲。行きたいな」


 3匹の仔犬は寝ていて、モグもうつらうつらしている。

「トラさん、子供の名前決まったの?」

「すいません。まだです。思いばかりが先ばしって……」

「そう。どうしたものかな……」

「旦那、お願いして宜しいですか?」

「いやだよ。自分の子供だろ。それに僕が決めたのバレたらモグ、絶対激怒するよ。それでもいいの」

「それだけはダメです。自分が決めます。何か参考になるものありませんか?」

「参考ね~、書籍はみんな美里の実家に置いて来たし、ここに来て本読む余裕なんてなかったからね。これなんかどう?」

「旦那、これスマホのプラン変更の紙じゃないですか?真剣に……」

「真面目だよ。ドコモ、ギガ、バイト。どうだよ?」

「……いいすっね!決まりです。さすがですね」

「でもちゃんとモグの了解取らないと知らないよ!」

「わかってます。いくらバカでもそれは絶対です」

(モグ、トラさんは甲斐性なしかもしれないけど君が結婚したのがわかるよ……)


「旦那、今、仕事、暮らし、夫婦関係みんな行きずまっています」

「え?、仕事は番犬だっけ」

(トラさん、モグが寝ているのいいことに核心に触れてきたな……)

「はい。5件と年間契約結んでます。イベントごとがあると臨時契約で働くことがあります」

「何?その仕事が嫌になったってこと?」

「いや、仕事も夫婦関係も毎日の暮らしも全部です」

「おいおい。ちょっと待てよ……」


「おい、ちょっと待てよ!」のキムタクフレーズに敏感に反応するお方がお目覚めになった。


「しどもど言わない。私が子供たちに読んで聞かせている本を読むわ。黙って聞いてちょうだい」


『幸せの黄色い鳥』

              嶋 徹


 おひさまのひかりがよくあたる場所にその鳥籠はありました。

 なかには青色の小鳥が住んでいました。飼い主からは「あ―ちゃん」と呼ばれて可愛がられていました。羽ばたける場所には限度がありましたが、えさ、水は満たされていましたし、雨の時は家の中で過ごしました。

 ある日、あ―ちゃんは思いました。

「みんなみたいに大空を飛んでみたい」

 この思いは強くなるばかりで自分で自分を抑える限度を超えてしまいました。あ―ちゃんは水を変える隙を狙って外へと逃げ出してしまったのです。


「これが大空か!すばらしい!住んでた家があんなにちっぽけにみえるよ!」

「羽を思いっきり伸ばせる!はじめての経験だ!」

「仲間もたくさんいるぞ!やっと自由を手に入れたぞ!バラ色の未来が待っている!」


 あ―ちゃんの興奮は収まりませんでしたがお腹が空いてきました。今まで自分でえさを捕まえたことがないのでわかりません。仲間の鳥に尋ねようと近づきましたが避けられました。そうこうしてるうちに雨が降ってきました。この日は空腹で雨宿りして過ごしました。次の日もえさを探して飛び回りましたがダメでした。空腹ゆえに飛ぶことさえも危うくなってきました。


「飛ぶ力は限られている。元の鳥籠に戻ろう」


 あ―ちゃんは最後の力を振り絞って飼い主の元へ羽ばたきました。あと少し。あと少し。やっとたどり着いた。


 鳥籠を見ると黄色の小鳥が囀っていました。いや、それでも自分があ―ちゃんだとわかれば飼い主はわかってくれると思い飼い主に近づきましたが箒で追い立てられました。

あ―ちゃんのきれいな青色は雨、風で汚れてしまっていたのです。


「私がどれだけ幸せだったのか知らなかった」と言ってあ―ちゃんは落下し、そのまま地面に叩きつけられ命をひきとりました。


                おわり


「どう?」モグが言った。

 ふたりは黙って、僕はお風呂、トラさんはトイレの掃除を始めた。

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