096話 奥の手
言葉もない優姫です。
『この程度で勝手に殺すなよ』
砂煙が晴れて海くんを見つけると、超音速弾頭の直撃で血を撒き散らし左肩から先と脇腹にかけてを失って、崩壊した壁に半ば埋もれています。
それでも平気そうにしゃべるとペットのうみに渡されていた高価な回復ポーションを飲み干します。他のポーションは割れちゃったみたいで、うみは大金星だよ。
あそこまで酷いケガだと止血だけは出来るけど、血液が増えるわけでも手が生えることも無いはずだよ。もちろんあれほどのケガなら痛みを軽減されていたらポーションの効果としてはいい方じゃなかな?
『なんで平気なんだよ、おかしいだろ』
ゲーヘルが海くんに引いています。海くんは私と出会ってオークから助けてくれた時のまさに戦闘狂の笑顔です。
『動ける限りは問題ないそれだけだろ?』
『いくらなんでもありえない、そんな怪我してなんで平気なんだよ』
ゲーヘルは無意識に後ずさる。
『死にはしないがなかなか効いたぞ?止血出来てるし次は何を見せてくれるんだ?』
『クソッまだ俺の復讐は終わってない!!俺は負けない!!』
このとき、ゲーヘルと海くんの差は誰も知らないが、経験でもなければ精神の差でもなかった。
ゲーヘルは生まれは村人であり、普通の少し身を守るために魔物を殺した経験がある程度の人間に過ぎない。いくら復讐心があり、武器という力を手に入れて、精神が保たず狂っていても人間という枠からは外れていない。
一方の海くんは生産コード404、真霧海、遺伝子組み換えにより製造された兵器なのだ。
兵器なのだから国民の命より軽く、盾となり武器となり、文字通り捨て駒として、
対策として痛みに強く、ある程度以上の痛覚はカットされ、ストレスや不快は感じない。生命の根幹たる生存本能すら改造されている。
人間より強くなるように肉体も脳も遺伝子から操作されている。もちろんそれらすべてが理想通りではない、実験段階の中では、海くんは良い方程度の結果くらいだが、すでに人間の枠は外れた生物兵器だ。脳は、人間版AIとも表現出来る。
思い付いた人間も実行した人間もまともな倫理観は持ち合わせていないが、今の海くんとゲーヘルの差は根本的に生物としての差。彼らの設計思想により生み出された兵器である海くんか、普通の生き物であるかの差なのだ。
本来は人間も含めて生き物は子孫を残し、生き残り繁栄を求めている。極論では、遺伝子を残す事が生物の目的だが、海くんは、戦争で敵を自らが死ぬまで殺すことのみを目的に産み出された存在なのだ。
海くんが生物にとっての極限状態、瀕死状態など平気なのは当然といえる。もちろん海くん自身に人外とも生物兵器とも、自覚もない。
その差は村人で強くなり復讐するために狂った程度のゲーヘルにとって、生物としては意味もなく、戦い殺すために生まれてきた存在に対する本能的な恐怖を与えていた。ある意味で狂い方が海くん方が圧倒的に上なのだ。
もちろん何も知らない優姫ちゃんはそんなゲーヘルの心理に気が付いてはなく、海くんがピンチで負けそうだけど楽しそう、としか認識していない。そして閃きを得る。
「あっ、そうだ!!水をかけたらあいつの武器壊れるはず!ダンジョンマスターの力を今こそ発揮するとき!!女は突貫あるのみ!!」
私は、海くんを助けるために、ダンジョンメニューから村に水を供給している水路を分岐させてゲーヘルの真上に新しい水路を作ります。
「ふふっこれで火薬燃えないだろ?」
ちなみに火薬は種類にもよるが酸素を空気中から必要としないし、雨天で撃てない武器など信用ならないので、かなり防水性があるものだ。威力とか武器寿命とかいろいろ気にしなければ水中でも発砲可能だろう。
少なくとも現代の弾丸は火薬を金属薬莢に閉じ込めて、圧力で点火し打ち出すので火縄銃などのように湿気に弱くない。条件を上手く揃えれば火薬は水中でも燃えるから水中花火も可能である。
そんな化学知識なんて優姫ちゃんは、当然ながら忘却している。ゲーヘルの銃は火縄銃ではない。
「カイ様の傷口が開きませんか?ポーションとはいえ完治には程遠いですよ?」
キアリーさんの指摘に私は焦る。
「もしかしてマズイかな?やっちゃった?」
止めようにもすでに水はゲーヘルを水浸しにして通路にどんどん流れ込んでいる。
「カイなら大丈夫だよ、だって水魔法の使い手だからね。ナイスアシストだよ」
サイオンの指摘にそういえば海くんは水の操作とか得意だったと思い出す。
氷の壁というか水槽のように分厚い氷が張られて、ゲーヘルが閉じ込められて周りから凍りつき始める。
ゲーヘルは穴を空けるべくバン、バン、バンとハンドガンを水中で撃ちますが海くんの氷は突破出来ない。しばらくしてゲーヘルが完全に凍りつき動かなくなり、更には粉々にゲーヘルが砕け散る、こうして海くんの勝利になりました。
「素晴らしい!素晴らしすぎる!!あぁ!彼の魔法の解析もしなくては!」
なんかエレンティアがマッドな雰囲気出してるけど大丈夫?
「早くカイ様に手当てしにいきますよー♪」
「おぉそうだな、本人にも魔法を聞きに行かなくてはな。腕の2本や3本くらい、大賢者が生やしてみせよう」
「1本でいいので早くいきますよー♪サイオン案内頼みますよー♪」
「もちろんポーションも渡したいし早く行くよ」
給料を全て海くんのためにポーションに注ぎ込んだサイオンがダッシュで先導して、ネイとエレンティアがコアルームを出て行きます。
「カイ様のお食事を準備して参ります。」
キアリーさんも自分の仕事のためにキッチンに向かいます。
「あれ?私なにすればいいんだろ?」
ぽつんと取り残された私にやることはないし海くんの元に向かうにはもう遅いので、独りコアルームで待つのでした。
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