第127話

「毎度ありー」

 という、異性の良い声をかけられて俺は帰路についた。

 割れるのが嫌だったから、バネ式サスペンションのついた荷馬車を借りて、さらにクッションとして大量の藁を敷き詰めその上に布で覆ったガラス板を乗せている。大中小で二十枚もあるので、慎重に運搬しなくてはならない。

 テグーと、リリー両方に馬車を引いてもらい俺は、後ろをのたのたと歩く。

 街中は、やはり威勢がよく人が多い。

 その活気の中、突然、知った声に呼び止められた。目を向けるとまたもやあの商人。

「なんだ。あんた、こんなところでも商売してるのか?」

「あんな根暗にいては物好きな客しか集まらんからのう。こうやって人目のつくところに一押しの品だけ持ってきたってわけさ。

 それで、お主、金貨は集まったのか?」

「ああ、集まった。だけど、見ての通り全部、板ガラスに変えちまったよ」

「何よう!? じゃあ、余った分はないってことかえ」

「そうなるな」

「せっかくお主のためにブラックジュエリーの指輪をとっておいたというのに」

「いや、俺にとっていたんじゃなくて、売れ残ってただけだろそれ」

「ぐぬぬ。お主、痛いところをつくな」

「やっぱり買い手がいねえんじゃねえかそれ」

「そうじゃよ。お主のいう通り、この指輪は誰も欲しがらない。王に献上したってこんな黒くて陰湿そうなのは似合わないだと返されたり、兵士もちょっと良いお家柄な連中も派手目なものばかり好みおって」

「とはいえ俺も宝石には興味がないからな」

 と、俺は頭の後ろに手を置いて真剣に考える。

「なんかこれ身につけたら良いこととかないのか」

「どんなことかえ」

「たとえば魔法が使えるとか」

「何を言っているのだお主。頭がおかしいんじゃないかのう」

 当たり前のことを当たり前に返された。

 ちょっと、イラッときたので冗談混じりの提案をしてみる。

「じゃあ、わかった。このダイヤの指輪とセットで金貨二十枚でどうだ」

 ダイヤの指輪。値札には金貨十五枚と書かれている。

「二十枚か……」

 商人は悩ましいと言うふうに頭をかいた。しかし、いつまでも売れない物品を持っておいても邪魔だろう。しかもセットで買うといったダイヤの指輪だってそう簡単に売れるものではないはず。売れる機会があるなら売ってしまいたいというのが本心のはずだ。

「よし、乗った。二つセットで売ってやる。それでお主、金は持っておるのか」

「ない。またドラゴン倒しに山へ行くさ」

「となると、明日くらいになるかのう。じゃあ、店の方に来てくれ。明日はそっちにいるでの」

 といった具合に、俺はまた山に登ってドラゴンを二体倒して、またあの商人の店におもむいて、指輪を二つ手に入れたというわけだ。

 窓がはまって家も完成した。

 ジョンに見せたらめっぽう驚かれた。自分が住みたいと言うぐらいだから相当羨ましいのだろう。俺もだいぶ満足している。

 設計は元々、軽井沢にあるような別荘住宅だ。そりゃたいそうな家になる。

 だけど、足りない。

 彼女が……、俺のもとに戻ってきてくれないから俺の心も満たされていない。どこか空白のあるような、虚しさと寂しさが頭の中を渦巻いている。

 早く会いたい。まだ、体調が良くならないのかな……。まだ、向こうの状況がひと段落ついていないのかな。

 そんなはずはない。もうすでに向こうの機器類は移し終えたはずだ。なのに彼女がこない。

 いいかげん、逢いたい。

 ドアがノックされた。ドアに取り付けた窓、上部のレースから彼女の影が見えた。

 その時、考える間も無く、体が勝手に動いた。もう我慢できない。

 何もない床になぜか躓きそうになった。前のめりでドアノブを掴んでそのままの勢いでドアを開けた。

 そこに実乃莉がいた。彼女は驚いたように目を丸くする。

「どうしたの? そんな勢いよく出てきて」

「なんでもない」

「あー、わかった。優人くん、私に会いたくて出てきたんだね」

「ち、違うよ」

「動揺してるじゃん。別に照れる必要ないのに」

 実乃莉はくすりと笑う。

 中に入ると、実乃莉は興味ありげに辺りを見回した。壁を見たり、壁のはりとか剥き出しの大きな柱とか、あまり普段目にするものではないから珍しいのだろう。

「素敵なお家だね。本当に別荘みたいだね。黒田さんに別荘の設計図を渡したって聞いたから期待してたんだけどね、やっぱ優人くんはできちゃうんだね」

「良いだろ。羨ましいだろ」

「うん。きっとここならちゃんと生活できそうだね」

 実乃莉は微笑みを見せてくる。今まで堪えてきたものが抑えられなくなりそうだった。

「実乃莉、ちょっと外に行かないか」

「え? いいけど、なんで?」

「見せたいものがあるんだ」

 

 外へ出て、すぐそばの森の中に入る。森といっても山の途中だから勾配が結構ある。

 ほんの五分ほど斜面を登ると、少し開けたところに出た。

 正面は崖になっていて、エリュシオンを一望できる。

 最近見つけたお気に入りの場所だ。

 実乃莉も気に入ったみたいで、彼女は遠くの方を眺めていた。

「この世界のこと、こんなに高いところから見たことなかった」

「綺麗だと思わないか。この景色も、この世界の人たちの生き方も」

「うん。すっごく綺麗」

「だから知りたいんだ。この世界が統一されて平和になったらどうなるのか。ここの世界の人達はどんなふうに生きるのか。たぶんそれが、木戸倉のほしかった答えなんだと思うから、俺は解明したい。だけど俺がこの道を選んだらたぶん、これからもっと大変な事に巻き込まれると思うんだ。だから、実乃莉に支えてほしい。君がいてくれたから俺はここまでこれた。だから、俺が目標を達成するまでそばにいてくれないか」

 何を今更というように実乃莉は細くため息をこぼす。でも、にっこりと笑って口を開いた。

「何言ってるの。一生支えるつもりだよ。これからもずっと。大変とか大変じゃないとか関係ない。私もあなたが居てくれたから頑張れた。だからずっとそばにいさせてください」

「あっ」と言って実乃莉は頬を赤くした。

「言ったな。取り消しはなしだぞ」

 詰め寄ると、実乃莉はもじもじしながら呟いた。

「えっと、ちゃんと段階を踏んでお付き合いを」

「わかってるって。実乃莉、目を瞑って」

 俺は二つの指輪を具現化する。何よりも光を集めて反射するダイヤモンドがはまった指輪を、彼女の指に通した。もう一つは手に握っておく。

「開けて良いよ」

 実乃莉の瞳が持ち上がる。手に輝く指輪を見て、実乃莉は目を輝かせた。陽の光にかざして、その輝きを存分に見入る。

 そんな彼女に俺は握ったままの手を差し出した。

「これ、はめてくれるか」

 実乃莉に見えるように手を開く。漆黒で、だけど確かな輝きを放つ黒い宝石。そっと彼女は手にとって、俺の指に通した。細くて華奢な手。彼女の手をそっと握って抱き寄せる。

「好きだよ、実乃莉」

「私も……」

 互いの顔が近くなる。自然と触れ合う二人の唇。やっと繋がれた二人の想い。二人の熱を風がさらう。


 空は晴れ晴れと祝福し、一つの希望を形にした。

 その希望を胸に二人は歩み続けるだろう。


【END】

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