第126話

「おい、そこの。格好からして剣士と見た」

 街にドラゴン討伐のクエストを受注しに行くと突然声をかけられた。声をかけてきたのは、俺よりも頭一つ分小さい人だ。肌が褐色に染まり、大きなつぶらな瞳。男にしては長めの髪。中性的な見た目をしている。だが男だ。

「間違ってはないけど」

「あんたにぴったりなアクセサリーがあるんだが見ていかないか?」

 商人はニヤリと悪い笑みを浮かべた。

 運が悪いことに怪しげな商人に目をつけられてしまったらしい。俺は警戒心をマックスにする。

「悪いが金がねえんだ。他を当たってくれ」

「釣れねえな。そんなこと言ったってどうせ平民よりは多く持っているんだろ」

 ——持ってねえ、って言ってるだろ。

「なあ、見ていくくらい、良いだろ? もしかしたら気に入るかもしれないじゃねえか」

「断る」

 商人と言い合う傍から嫌味が聞こえてくる。

「嫌だねえ。剣士様なのにケチくさい」

 この街の野郎どもは剣士に対して無礼すぎないか。こんなのリアルの中世ヨーロッパだったら懲罰どころの騒ぎじゃねえぞ。

 と思っていても流石に周りの視線が気になる。これも日本人の性なのか。これからこの世界で生活するにあたって悪目立ちするのはあまり得策ではない。ここは素直に見ていくとするか。

 思わず深いため息をこぼした。

「見るだけだぞ」

「うわ。やっぱり金持ちなんだ。うざ」

(しばくぞ。愚民ども)


 商人に連れられてたどり着いた店はいかにも怪しげな店だった。ガラス窓があっても紫色のカーテンで全て隠して店内の明かり元は、手で数えられる程度のランタンしかない。薄暗くて商品がよく見えないから、買いに来た客は物の良し悪しなんてわからないだろう。

 しばらく待っていると、赤く塗られた木箱を持って戻ってきた。

「お主に似合うと思ったのはこのブラックジュエリーの指輪さ」

 パカっと蓋が開けられて目に入ったのは、多面系の黒い石がついた指輪だった。ついている石は、加工の仕方からして宝石なのは間違いない。

「なんの宝石なんだ、これ」

「これはな……。ブラックダイヤっていうんだ。ここまで黒いのは滅多に入らない。大変貴重なものになる」

「貴重ってどのくらい貴重なんだ?」

「うーん。俺は十年くらい商人をやってるけどよ、ここまで上等なものは他に見たことがねえ。俺の見立てでは金貨十枚といったところか」

「そうか。だけど残念だ。俺の全財産はたったのこれっぽっちだ」

 俺は後ろを向いて、高価袋を商人に見られないように生成する。向き直って目の前に差し出すと、商人はにったりと口の端を持ち上げる。

「何を、どうせいっぱい持っておるのだろう」

 袋を手にした瞬間、商人の顔が拍子抜けする。当然だろう。何も入っていないのだから。

「まさか、金貨、いや銀貨すらないというのか」

 商人は高価袋をひっくり返す。それでも何も出てこなくてぶんぶんと振る。

 だけど、やっと落ちてきたのは糸屑だけで、商人が期待していた金貨もましてや銀貨さえも袋からは出てこない。当然だろう。何も入っていないのだから。

「お主、まさか銅貨すら持っていないのか」

「だからないっていっただろう。今の俺は貧乏なんだよ」

「飛んだ。貧乏人に貴重な品を見せてしまった。お主、これからお金が入ってくる予定とかはないのか?」

「いやー、それが……。ドラゴンの討伐クエストを受注したいんだけど、どこでできるのかわからなくてよ」

「お主、ドラゴンを倒せるのか」

 聞いた途端、商人の目の色が変わった。

「ああ、余裕だ」

「それは吉報だ。ドラゴンは一体倒せばそれだけで金貨十五枚にはなるからの」

 ジョンが言っていた額より多いのは気のせいか。

「んで、どこで受注できるんだよ」

「そりゃもちろん。集会所だよ」 


 集会場に来てみればそこは何も変哲がなかった。ロウファンタジーアニメに出てくるような酒場のある集会所。そこにオマケですというように、こじんまりとした受付カウンターがある。ロウファンタジーのお決まりならカウンターにいるのは魅力的な女性だ。

 しかし、受付にいるのは絢爛な美女でも、可憐な童顔美女でもない。そこにいたのは、中肉中背の白髪だらけのおっさんだった。

「ドラゴン討伐は最低三人以上のパーティを組んでからだな……」

「必要ない、一人で倒せる」

「いや、あんた新入りだろ。悪いことは言わない。無謀なことはするな」

「大丈夫だって。俺、倒したことあるから」

 おっさんは訝しむ目で俺を見てくる。

「じゃあ、ドラゴンの鱗をとってこい。そしたら換金してやる」

 俺は内心ガッツポーズをする。

 一時間、粘ったかいがあった。

 受付のおっさんは、たいそう迷惑そうに顔をしかめた。当然だろう。長時間、俺に時間を食われたせいで、俺の後ろには建物に入り切らないほどの長蛇の列ができてしまったのだから。

 すまんな、と思いながら俺は集会所を後にして、早速近場の山を登った。

 しかし、そう簡単にドラゴンは見つからない。

 ドラゴンというのはあくまで希少種だ。幻想世界でもそうだったが、この世界でもそう簡単に会わせてくれないだろう。ついこの前、赤龍が麓に現れたのは、やはりオメガの仕業だったのだろうか。

 俺はなるべく標高の高いところに行く。次第に地に雪が見え、気温もどっと下がってくる。

 流石に寒かった。体の芯から冷えていく感じがする。

 天気はさらに悪化し横殴りの吹雪になる。

 あまりよくない視界。目を凝らして辺りを探すと、山肌の雪中に青い結晶がうわっていた。何かなと思って近づくと、それはいきなり動きだし、俺は剣を振り翳した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る