第125話

 昼食の後は、食休みを兼ねてのティータイム。その後、二時間ほどジョンの畑仕事を手伝ってその後、木をまた採りに行って、今は日がくれる少し前。

 ちょうど世界が黄昏に染まる絶景が見える時間だ。

 俺は家を建てる予定地に向かった。あるのは、事前に来た時に設置した木組で革張りの椅子、それと木の円卓だけだ。

 俺はどてっと椅子に腰掛け、紅茶を嗜む。

 この時間。夕日に染まったこの時間は俺にとっては格別の癒しの時間だ。

 この世界に都会の喧騒はない。あるのは、優美の自然と、それと隣り合って暮らす人々。自然と足並みをそろえる生活になんとなく憧れていた。それが今、俺にとっての生活になりつつある。

 確かにこの世界に夢はない。ロマンも感じないけど——。山々に囲まれたある種、閉鎖的とも捉えられる限られた世界の方が、そこに元からある幸せに気がつける。そんな世界が俺には心地良い。

 この世界の人たちは外の人たちよりもいきいきとしていて心も暖かい気がする。

 情報の海に埋もれない、人本来が味わうべく幸せを日々感じているからこんなにも生々しているのだろう。

 ——実乃莉、こっちの世界は向こうよりも良い世界だぞ。

 ここが俺の求めていた世界なのかもしれない。くだらない争いで不幸を積み上げるのではなくて、この世界みたいに困っている人を助けたり、逆に助けられたりして支え合うのが、本来あるべく社会の姿なのかもしれない。

 こうであって欲しかった世界。俺にとっての理想郷でこの世界は楽園だ。

「外もこんなだったら良いのにな」

 俺はポツリと一人呟く。

 俺は木戸倉が俺に何を見せたかったのか少し理解出来た気がした。

しばらくそのままくつろいで 紅茶を飲み終えると、ティーセットをアイテム欄にしまう。

 今日の成果物は木材二五本。木一本から取れるのが四、五本だから、採取した木は5本程度。まあ、今日は奮闘した方だろう。けど、後五〇本は木を倒さないといけない。

 ワールドエントランスを旅立ってから四日は経った。ここに来たのは二日前。倒せた木の数は十六本だからまだまだ足りない。

「いったい、いつになったら家が建てられるのだろうな」

 俺はため息をこぼす。暗くなってしまう前に帰ろうとその場を後にした。


 外の世界も俺の心も平穏を取り戻しつつあった。

 久保に聞いた話だとA I兵器は関東平野から出て行かなかったらしい。結局やったことというのは東京にいた人と建物を破壊するだけで、他の地方に被害が及ぶことはなかったようだ。ただ、そのせいで救援物資がこなかったとも言える。

 A I兵器は東京への侵入経路を塞ぎ在日米軍の侵入を許さなかった。他国から軍事的な支援物が送られてきても東京に運び込まれる前に爆撃されてしまったという。

 東京襲撃中、一週間という期間があったのにも関わらず、アメリカやその他国から援軍も支援物資もこなかったのはそういう理由があったかららしい。

 A I兵器が止まった後、すぐに他国の軍も駆けつけ救助活動が行われたのだとか。

 生き残った人たちは一時的に神奈川県の各政令指定都市の避難施設や病院に送られ今後より安全な地方に移るそうだ。

 関東、特に首都圏エリアは疫病などの蔓延を危惧してか遺体処理および、道路や建物のクリーニングが済むまで封鎖されることになった。その期間は二年以上とされている。

 例に違わず俺も移動することになるらしい。今のところ、V R Pの中部支社がある静岡県の浜松市に運ばれる予定だ。

 エリュシオンは外部からの不法侵入を防ぐため外部との通信は一切行っていない。そのため、機械ごと移すため、輸送中は、電源を切られるそうだ。とは言え、俺の意識をボロボロの身体に戻すわけにもいかないので、輸送の際は、オンライン接続可能である他のワールドに移されるとのことである。

 ここ一週間は外の人たちも、俺も忙しない日々を過ごすことになるだろう。


 翌日も木を切りに行って、手伝ってくれたジョンにお返しとして畑仕事を手伝って、また一人、木を切りに行って。そんな日々が続いた。

 結局、木が集まってさらに釘も町で買ってきて建物らしい建物が建ったのは木材集めを始めてから二週間が経った頃だった。

 アウトサイダーには建築補助というシステムが元々備わっているみたいで、設計図と材料さえあればその通りに勝手にシステムが組み立ててくれる。

 組み上がった建物の玄関から中に入ると、いきなりあるのはリビングダイニング。正面の扉はウッドデッキに通じている。寝室は二階に納め、完璧なログハウスの完成と行きたいところだったが、残念なことにまだ窓が全くないのだ。風通しが良くて、これはこれで良いのだが、流石に寒い夜は厳しいので窓は欲しい。

 ただし、問題がある。この世界の文明レベルは基本的に産業革命前だ。つまり窓ガラスというものはとてつもなく高価な物品でそう簡単に手に入らない。しかも黒田が持ってきた設計図は軽井沢の別荘のもので、やたらと窓がでかい。

 街のガラス職人に見積もりを出してもらったところ全部で金貨十四枚はくだらないとのことだった。しかし窓以外は組み立ててしまったわけだし、今更取り壊してしまったら、今までの苦労が水の泡というものだ。

 その日の夜になって眠る前。俺はダメもとでジョンに訪ねた。

「ジョン。聞きたいんだけど」

「なんだ。優人」

「この世界でお金を稼ぐ方法ってなにがある?」

「そうだな。普通なら職を持って働くぐらいだな」

「やっぱりそうか」

 やはり、そこは現実と同じなんだ。

 どこかで職についてそこで真面目に働く。しかし労働者の給料は全く高いものとは言えない。年間で金貨を十四枚分はいけるかどうかのところだろう。それではここを出る頃になってしまう。この世界を出るまでに住む家を作れないんだったら意味がない。

 やはり設計図を変えて立て直すか……。

 諦めようと思った時、ジョンが思いもよらない発言をする。

「だけどな、お前にぴったりのがあるぞ」

 一瞬、そんな都合のいい話があるものなのかと思いつつも一応訊く。

「どんなのだ?」

「ドラゴンハントだ」

「それってどのくらい貯まる?」

「張り紙には確か一体につき金貨十枚って書いてあったはずだけど」

 確かに稼ぎやすさでは群を抜いているな。

 今の装備ならドラゴン数体くらい難なく倒せるし。

 俺は、翌日、街に張り紙を見に行くことにした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る