第124話
ここはヴィラント地区の森の中。俺は家を建てるための木材を朝から取りに来て今は朝の一〇時ごろ。
「ぶあっくしょん!」と盛大なくしゃみを決め込み、俺は手に持つ斧を振るのをやめた。
「どうしたんだ? 優人」
ジョンも斧を下ろしてこちらを見遣る。
「急に鼻がむずむずしてだなあ。ああ止まらない」
再度の鼻腔のくすぶり。抗う術もなくもう一度盛大にぶちかます。
「はははは。誰かが噂話でもしてるんじゃねえのか」
「そんな傍迷惑な」
「まあ、いいじゃねえか。外の世界も噂話ができるくらい平和になったってことだろ。よかったじゃねえか」
「まあ、俺は一年くらい戻れないんだけどな」
「そんなの別に気にするな。その間は俺たちとつるんでれば良いだろ。それよりも優人。お前。家建てるって言ってたけど、木はどのくらい必要なんだ?」
「ざっと七、八〇くらい?」
その数を訊いてジョンはギョッと目を丸くした。
「嘘だろおおおお!!」
陽が一番高く登った頃。そこまでで伐採できた本数は二人合わせて四本が限度だった。斧だけで杉の木を倒すのはなかなか骨が折れる。しかも素人二人でやっているのだから、折れるどころか砕けてしまいそうだった。腰がぎしぎし痛い。
「さすがにまだ終わらないか」
「わかりきってただろ。もう正午だ。それでまだ五本だ。他の仕事もあるからそんなすぐにできるわけねえよ」
「ですよね。午後は一人で頑張るか」
つぶやきながら、俺は倒した木を格納する。ジョンにはアウトサイダーだと知られているので、隠す気もない。
「本当にそれ便利だよな」
「だって倒した木をどこか見えないところに格納したんだろ。そんな簡単に木材を運べるなんてアウトサイダーはほんと羨ましいな。俺たちは木を運ぶとなったら引きずってくしかねえっていうのによ」
ジョンは恨めしそうに俺をみる。
「外の人間の特権だよ。外の人間はここにあまり時間を使えないからね」
「ずりーなー」
ジョンの恨めしそうな視線は彼の家に戻るまで送られ続けた。
「それで結局どの辺に建てるか決めたの?」
ジョンの家に戻ってきて、テーブルの前で昼食が出来上がるのを待っていると、後から着席したシャルにそう訊かれた。
「うーん。ヴィラント地区の西側かな」
答えると、ジョンが意外そうな表情を浮かべる。
「西側っていうと結構な勾配の丘の上じゃねえか。なんでわざわざそんなところに。人も全然住んでねえし。井戸もねえから暮らすのは大変じゃねえか」
「でも、それ以上にそこに住みたい理由があるんだ」
マシューが突然元気よく手をあげる。
「僕わかった。景色が綺麗だからでしょ」
「正解だ。マシュー、よくわかったな」
「だって行ったことあるもん。あそこイリオスも見えるくらいだもん」
「おい。マシュー、俺に黙ってそんなところに行っていたのか」
「あ、やば」
「何度言ったらわかるんだ。あそこは野生動物が多く出るから一人で行くなって。クマに食われても知らねえぞ」
「大丈夫だよ。熊なんて見たことないもん」
「そういう問題じゃないでしょ。ちゃんとお父さんの言うことは聞きなさい」
シャルにまで叱られて、マシューはしゅんと縮こまった。ミラが昼食をテーブルに並べた瞬間、ぱーっと顔が晴れる。本当に子供というのは、素直なもんだなと感心した。
それと同時に俺は動揺した。
目の前に出された料理の形状が円形で平たくて、上に赤いソースがかかっているにとどまらず、チーズに緑鮮やかなバジルまでトッピングされていたのだから。
「料理名はなんて言うんです?」
一応訊いてみた。訊いてみても、答えはあれしかないけれど。
「ピッツァだけど」
やっぱり。
「優人。外の世界にはピッツァねえのか?」
「いや、ありますけど……。それに結構好物です」
とはいえ驚いた。
まさか、パンみたいな古典的で普遍的な料理だけでなく、特定の地域限定の料理が出てくるとは思いもしなかった。しかも形変えず円形でおひとりさまサイズ。トマトソースの上にモッツァレラとバジルがのって、イタリア国旗の配色という再現っぷり。
まさか木戸倉。俺が最初からここで生活することを想定していやがったな。
そう思ってしまうほど、俺の好物がこの世界では揃っている。
ここに戻ってきてミラが作った料理といえば鶏のクリーム煮、ビーフシチューや欧風カレーなんかもあった。
「ならよかったじゃねえか。舌に合う物があるだけでだいぶ気が楽だろうよ。一年くらい外に戻れなくても余裕だな」
「……はは。そうかもしれないですね」
俺は、愛想笑いをしてその場をやり過ごす。本当のところかなりきつい。
残念なことにエリュシオンの人々は内陸だけが生活圏なので、海産物は入ってこない。海の魚はまず入ってこないし、海苔もなければ昆布もわかめもない。つまり和食というものは皆無だ。味噌汁は一年は呑めないだろう。そもそも海鮮を一年も食べないというのは島国の人間としてはかなりきついものだ。
その分、好物はあるというのは最低限の配慮と言えるかもしれない。
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