第123話
生き残った人たちは東京の西側や横浜の病院に搬送されそれぞれが自治体指定の避難所での生活が強いられた。
実乃莉も横浜の市民病院へ入院。
その期間で色々な情報を目にした。亡くなった人数はこれまでのどの殺人事件よりも多い五〇万人。今回の事件で日本が被った経済的被害は40兆を超えたこと。陰鬱となるニュースばかりで心が暗くなる。
だけど、肝心の実乃莉自身の容態というと、お医者様によれば過剰な刺激を短時間で受けたせいで体のあらゆる感覚受容体が過敏になっていだけで大したことではないらしい。一週間くらい安静にしていれば治るとのことだ。
それでも、ニュースを見た時の変わり果てたあの惨状は瞼の裏にまで焼き付いている。
視界を埋め尽くすほど立っていた黒い塔はその多くがガラスを散らし壁を砕かれている。いつ倒壊してもおかしくないほどに抉り取られたものもあった。
変わり果てた東京、江東区の姿。
ここに移動するときにも見たそれだがとても現実のものとは思えなかった。今まで、終末の東京を舞台にしたゲームとかはいくらでもあって、その中の朽ちたビルは何度も目にしてきた。だけど、実際に朽ちたビルを見るのは初めてでインパクトは相当なものだった。
そのときに自衛隊員から聞いたことも壮絶な事実だった。
東京にあるあらゆる地下街にもA I兵器は侵入をしたらしい。そこに逃げ込んだ人々は全滅で、V R Pの建物だけ無傷だったのは奇跡だという。
そう笑っていった自衛隊員の言葉に実乃莉は気を沈めた。
別に奇跡でもなんでもない。相手が元々襲う気なんてなかったのだから、襲われなかったのは当然である。
そんな近い記憶を思い出していると病室に莉津子が入ってきて笑顔を見せてくる。
「起きてたのね。体調はどう?」
訊いてくる莉津子。私の体調を気にしてなのか表情が穏やかに見える。
「全然大丈夫です」
「そう、心なしか顔色も良くなっている気がするわ」
莉津子はバッグの中から飴の大袋を取り出して見せてくる。パッケージにはラムネ味とデカデカと書いてあって、勝手に食べて良いものか心配になってしまう代物だった。
「病院のご飯。美味しくないでしょ。こういう体に悪そうなの食べたくなるのよね」
その言葉に実乃莉は首を傾げる。自分の記憶では、少なくとも
「ここのそんなに不味くないですよ。ちゃんと味ありますし」
「いや、それはあなたが今過敏になっているだけで実際はかなり薄味なのよ」
「そうですか? 味噌汁、美味しかったですよ」
「げー。あれが一番美味しくないのよね。減塩とかのレベルじゃないわよ」
何気ない談笑が心を軽くしてくれる。こんなふうに笑える日が訪れてほっとしている。
だけど、まだ疑問が残っていた。木戸倉の動機だ。AI兵器が止まった今も、誰一人として解明できた人はいない。
「ねえ、あなたは彼の目的はなんだったと思う?」
「彼って木戸倉さんのことですか?」
「その名を口にするのはやめましょう。気分が悪くなる」
「正直なことを言うと、私にはわかりません。ただ、東京襲撃が本当の目的だったとは思えないです。彼の行動が不自然すぎるので」
「たとえば?」
「オメガの持っている管理者権限があまりに弱かったところとか。なんか徹底さがなかったと言いますか、本気で私たちを殺しにいってなかったと思うんです。
本当にオメガってエリュシオンの管理者権限を持ってたんですか?」
「一応、そういうことになっているわ。でも、管理者権限って言っても付与されていた力はマップ上で指定したところにワープする機能と特定インサイダーとの通信手段。それ以外はどうやら木戸倉が事前に準備していたのではないか、というところで決着がついたわ。憶測だけど、久保は元々ハッキング能力なんて持っていなかったのではないかって言ってた。それを確かめる手段はもうないけどね」
「あの世界で死んだA Iは生き返らない。エリュシオンの仕様ですね」
「ええ。そのせいでオメガのデータは綺麗さっぱりなくなったわ。バックアップもどこにもなくてどうやらあれはオリジナルデータで動いてたみたい」
「まるで、最初から消えてもいいって思っていたみたいですね」
「その通りよ。彼はエリュシオンを設計していた時から今回の襲撃計画を練っていたはず。だから不気味で仕方がないの。あの世界の存在が。彼にしては詰めが甘すぎる」
「東京以外を襲わなかったのも気になります」
「そうね。私も同感よ。彼はまだ目的を隠している。私たちに隠したい目的を。私はそれを突き止めないといけない気がする。まだ、終わってない。もしかしたら本当の計画はこれから始まるのかもしれない。だから。真相を突き止めないと」
「きっと優人くんもそう思っていますよ」
「そう? できればあなたにも協力して欲しいんだけど」
「ええ。体が良くなったら協力します」
実乃莉は、莉津子の物腰が柔らかくなったなと思った。表情に力みがないというか。少なくとも世直しが起こる前のピリピリさはない。それでいてキリッとした美麗さは健在なのだから、やはり憧れる。
「莉津子さん。変わりましたね」
「そう? どう変わったかしら」
「うーん。なんか明るくなったというか、ハキハキするようになったというか」
「そう……。戦う相手が定まったからかもね」
「頑張りましょう。一緒に。あの世界の行く末を私も見届けたいです」
「頼もしい助っ人がいて助かるわ。優人一人じゃ心もとないから」
「ひどーい」
「でもあの子、精神的に弱くなっちゃうことが多いから支えてくれる人がいると本当に助かるの。ありがとうね」
「私は一生、優人くんを支えるつもりですよ」
「あの子も幸せ者ね」
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