第121話
岩の中の階段を壁づたいに手を添え、なんとか降りる。壁は煉瓦を積み上げたような凹凸がある。所々苔が生えているのかふさふさと柔らかいものに触れた。
踏み込んだ一歩先が低くなっていのに気づいて、階段を降り切ったのを知った。
『よし。下まで降りたね。そのまま正面に通路が伸びているから真っ直ぐ進んでくれ』
言われた通り、まっすぐ進む。
『一旦ストップ』
「何かあるのか?」
「トラップだ。床のスイッチを押すと鎌が降ってくるから気をつけてくれ」
「スイッチを避ければいいだけじゃないのか?」
「いや、それが視界がない状態だと避けれないくらい大量にスイッチがあるんだ」
「でも、どうせ鎌は一つだけだなんだろ?」
そう聞くと唸るような声が返ってくる。
『マニュアルには一箇所としか書いてないけど、もし彼が秘密裏に仕掛けていたら』
——おいおい。頭蓋を真っ二つにされるなんてまっぴらごめんだぞ。
『でも、大丈夫なはずさ』
その大丈夫は何も根拠がないだろ、と心の中でつっこむ。
しかし、視界を奪ったことが奴にとって最後の抵抗になるとは……。
石橋を叩くように足で石の床を叩いた。
がこんと何かの作動音。ぐわーっと重たい金属の擦れる音が目の前を横切る。
それが振り子のように行ったり来たりしているのは音を聞いていてわかった。あとはタイミングだ。僅かな空気の揺らめきを察知して音の鳴り方と照らし合わせると自然と鎌の動きは予測できるが……。
意を決し、俺は構える。音が目の前を通過したその瞬間を狙って、思いっきり前に飛び込んだ。
頭から突っ込むように飛び込んだから。でんぐり返しをして勢いを殺す。その後、鎌が降ってくることはなかった。
『越えられたね。さすがだ。そのまままっすぐ進んでくれ』
目の見えないまま、石で囲われた廊下を進んでいくと、いつの間にか空間そのものが変わったような感覚に陥った。
その空間は異質だった。瞼を透過するほどの強い光量。足音が延々と響く、まるで巨大な空間が延々と続いているような解放感。だけどやたら狭く感じる窮屈感があってこの世のものとは思えない。
ここがワールドコントロールエリア。この世界を構成するソースコードへのアクセス、並びに今まで開発された全てのA Iのデータにもアクセス可能。そして、A I兵器に対してプライマリーコマンドを指定するソフトを開くことができる唯一のエリアだ。それら、全ての情報を確固として守る金庫として役目が集約されたコントロールオブジェが目の前に鎮座しているのは、視界が奪われていても容易に想像ができた。
「優人くん。目の前にコントロールオブジェが設置してある。触れるだけでいい。近づいて触ってくれ」
目が見えないせいでその機械がどんな見た目なのかはわからない。
おそらく、R P Gのマップ上に設置されたセーブ用のオブジェに似ているのだろう。前に進んで、恐る恐る触れたその立体物はあまりに無機質だった。
少しのざらつきのない滑らかな手触り。凹凸のつき方からして円錐状のチェスの駒に似たシルエットだと予想する。
そのオブジェはピコリと電子音を発すると古いパソコンが熱を吐き出す時みたいな音を立てる。
何かが高速で回っているのか風を感じた。ビリビリと放電の音がなり、僅かだが、熱も感じた。
近くで立ち尽くすのに危険を感じて後ずさった。
「ありがとう、優人くん。あとはこっちに任せてくれ」
ピシャリと通信が途絶えた。どうやらちゃんと作動したらしい。
だけど、俺は急にしんどくなって座り込んだ。それでもたりなくて横になる。ただ安堵に気が抜けたのかもしれないな。心がとても軽く感じる。
もう俺が背負うものはない。終わったんだ。これで、終わる。
——やったよ、実乃莉。
ここまで俺は戦い抜いた。
だから、少し休んでも……いいよな……。
「対象A I。当社が開発に携わった全てのA I兵器。対象No.一から一〇〇番。命令内容、直ちに日本の建物および人に対する攻撃活動をやめ、回収可能場所での活動停止。期限は、無期限。
この内容でコマンドします」
久保の声に莉津子が頷く。久保は実行ボタンにカーソルを合わせエンターキーを押した。
これで何が変わったのかは全くわからない。
「終わったんだよな」
莉津子が、椅子から立ち上がりこちらに近づく。
「久保くん。変わって」
……ああ、はい。と、久保は返事をして退いた。
莉津子はモニターの映像をテレビに切り替える。日本の危機にバラエティー番組などやっているわけもなく、チャンネルを指定しなくてもニュースの映像が流れた。
流れているのはドローンの映像。ニュースキャスターが悲壮に声音を歪ませて、状況の説明を必死にしている。
『ただいま、ご覧いただいているのは現在の東京の様子です。多くのビルが倒壊してしまっています。A I兵器は今現在も東京を散開しているもようです。他の都市圏に移動する様子は今のところ観測されておりません』
もう火の手も止まったか。瓦礫と化したビルと損壊を魔逃れて立ち尽くすビル。
『えー、A I兵器の破壊活動は今現在も続いておりまして……、あれ?』
上空を飛ぶドローンがカメラでA I兵器を捕らえた。立ち尽くす自走型。じっとしているように見える。
カメラがズームされてその姿を鮮明に捕らえた。ライトがついていない。赤いV字の、彼らの活動証明である赤い照明が消えていたのだ。
『止まっているように見えますね。ちょっと他の映像も見てみましょう』
映像が他のドローンの映像に切り替わる。
画面に飛行型は映らない。
残ったビルの合間を飛び交うA I兵器も、地を這うA I兵器もいない。
映像に映ったその全てが赤ライトを消し、地上で静止している。
『止まったのですかね。ちょっと今資料が入ってきてないのでわかりませんが……、止まっているみたいです』
「止まったわね」
莉津子の声に久保は、安堵の息を漏らした。
「よかったー。終わったんですよね」
「ええ、もう大丈夫よ。お疲れ様久保くん」
緊張から解放され部屋は安堵に包まれた。
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