第116話
マシューと一緒に二階に上がる。狭い廊下と三つの部屋。マシューは一番近くの部屋に入って、壁際のベッドにちょこんと座った。
小さな子供の好奇心というものなのか、やけに目がキラキタしている。
「ねえ、お兄ちゃん。剣を持ってるんだよね。戦う人なの?」
「そうだよ」
なるほど、俺の剣に興味があったのか……。
「何と戦ったことがある?」
「何かあー……。そうだな、ドラゴンとか」
「ドラゴン!? 本当にいるんだ」
「ああ、ここら辺で見るかはわからないけど。戦ったことがあるよ」
「どんな感じ? やっぱトカゲを大きくした感じなの?」
「そういうのもいたな。だけど、もっとおっかないのもいたよ。巨大な鎌で切り付けてくるやつとか、空を飛んで上から熱線を浴びせてくるやつとか、周りに雷を降らせてくるやつとか」
ここまで言って、マシューの顔が青ざめていることに気がついた。
「ドラゴンってそんな怖いの?」
その問いを聞いて、俺はしまったと思った。目の前の幼い子供にとってドラゴンは童話の世界に出てくる友達になれるタイプの生き物なのだ。背中に乗背てもらって空を飛んだりできたりする友好的なモンスター。
だけど、現実ではないが、仮想現実の世界でドラゴンといえば超強敵なモンスターだ。
背中に乗せてもらうなんてことは有り得なくて、背中に乗った状態で空を飛ばれたらふるい落とされるのがおち。
近づくだけで殺されることなんてざらにある。
でも、だからと言って子供の夢をあっけなく奪ってしまったというのは、罪悪感が残った。
ちょっとは気を遣えばよかったか……。
「まあ、怖いがほとんどだけど、いいやつもいるかもしれないな」
「そうなんだ。でも、倒せちゃうんだ。すごいね」
「そうかもな。
よくよく考えたら幻想世界で風香と出会って、一通り、モンスター向けの剣術を習得。彼女との約束を果たすために
……と、色々思い出しながら話していると、マシューはいつの間にか眠ってしまっていた。すやすやと穏やかな寝息を立てている。
「いつもは私の役目なんだけど、話し尽くしちゃって……。ぜんぜん喜んで聞いてくれないんだ」
そう言いながら、シャルはマシューに毛布をかけてやる。その動作から感じた雰囲気がなぜだか、すごく母親みたいだなと思った。
「随分と大人なんだな。とても十歳とは思えない」
「へへ。弟がいるとしっかりしなきゃって思っちゃうんだ」
「へー、シャルはしっかりお姉さんなんだな」
「明日には行っちゃうの?」
「あんまり迷惑をかけるわけにはいかないし、なるべく急がないといけないんだ」
「そっか。この子寂しがるな。せっかくリリーとテグーと仲良くなれたのに」
「厄介ごとを片付けたらまた来るさ」
「それ、嘘じゃない?」
「ああ、俺は向こうの世界で今生きられないから、多分こっちの世界で生きることになると思う」
「そう。なら信じて待っとく」
「ほらシャルも寝る時間でしょ。子供が夜更かしはいけません」
「はーい」
と言って、シャルは部屋を出ていく。俺もオイルランタンを持って部屋を出る。
「子供たちの相手してくれてありがとう」
「いえ、お世話になったんでこのくらい普通です」
「それで。寝るところなんだけどね。うち四つしかベッドがなくて」
「ああ、適当に外で寝るんで全然大丈夫です。毛布もありますし」
「そう。そうしてくれると助かるわ」
翌朝になって出発の準備を整えると、マシューが俄然と声を上げる。どうやらジョンから俺の出発を聞いたのだろう。
「ええ、もう行っちゃうの?」
マシューが残念そうに表情を沈める。
「悪いな。やらなきゃいけないことがあるんだ」
ちぇえとわざとらしくいってマシューは下を向く。
幼すぎる訴えを横目に、ジョンが口を開いた。
「途中まで道が同じだから一緒に向かおう」
緩やかな登りが続いている。左右の山が道を狭めてきていて正面の山も大きくなる。
通成を進んでいくと、一人の男が駆け下ってきて、慌てた様子でジョンに声をかけた。
「ダズ、どうしたんだ。そんなに慌てて」
ダズという青年は、短いブロンドヘアー。白人らしく屈強な体格で戦わせたらかなり強そうな見た目をしている。
「ジョン。大変だ。狩当番の連中がドラゴンを見たらしい」
「ドラゴン!? 色は?」
「赤色だ。頭蓋に鋭いツノが一本あるらしい。早く戻って街に避難したほうが。じゃないとすぐ」
俺は正面に視線を戻した。北に続く道を狩当番と思しき男ら三人が必死の形相で駆け下ってくる。そしてその背後で異変が起こった。
前方左側の木立が揺らめく。杉の木々がミシミシと音を立てて倒れる。そして巨体が木立の中から姿を現した。
己が巨体を地面に這わせて進み、のっそりと木立の中から姿を現したそいつの姿に俺は見覚えがあった。
幻想世界と同じ姿。赤龍が姿を現したのだ。
トカゲをそのまま大きくしたシルエットに頭には巨大なツノ。ワニのように鋭い牙が上下に並ぶ巨顎の口が、ガバッと全開し、破砕の咆哮が轟いた。木々が一斉になびき、百メートルは離れているであろう此処でさえ、心臓を打つ衝撃波と、鼓膜が破れそうなほどかん高い高周波音が襲いかかってくる。
赤龍は迷わずこちらに駆け降りてくる。その動きはコモドオオトカゲのようにゆったりとしているが実際の速度は人のそれとは比べようがないくらい速い。
止めないと、このままじゃ。
俺は子供二人を見た。
シャルは恐怖に表情が固まり、マシューは泣き出してしまっている。
「全員、さっさと逃げろ」
俺は弓を具現化した。
漆のように漆黒の弓は、黒龍から受け継いだ堅牢の証。
「あんたは?」
ダズの問いに俺は落ち着いて返す。
「二人を助ける」
「無茶な」
「あんたに心配される筋合いはねえよ」
ダズはむっと表情を結んだが、先に子供たちを連れて逃げたジョンの呼びかけで後退した。
俺は大声で逃げてくる男たちに叫ぶ。
「横にそれろ!」
三人は聞こえなかったのか横にそれなかった。赤龍の進行方向から外れようなんて微塵も思わないのだろう。背中から迫り来る恐怖に対して真横に逃げる勇気なんてそうそう湧くものではない。
俺は矢を矢づるにかける。目一杯引くと今度こそ照準を合わせる。意味もなく大口を開けて迫ってくる奴の目は、逃げる三人の頭より高い位置にある。俺はそこを狙った。
矢を放ったタイミングは、男らに赤龍の手が届くギリギリ。僅かな弧を描いた矢に、目玉を串刺しにされ赤龍は奇声をあげて体を丸めた。
奇声のあまりの大きさに腰を抜かす二人の間を通って前に出ると跳躍する。赤龍の脚を踏み台にさらに跳躍すると背中にのぼり、頭までいく。狙うは脳天。いくら鎧結晶を纏っていてもウィンドミロディアなら貫ける。
着地と同時にウィンドミロディアを突き刺した。足元の結晶盤はあっけなくヒビが入り割れて剣身が奥の脳髄まで入りこむ。
ぴたっと動きが止まった。
赤龍は完全に活動を停止したのだ。
逃げていた三人のうち一人が声を発する。
「あんたすげえんだな」
「はあ?」
「だってドラゴンを一人で倒しちまったんだぞ。これは讃えられるべきだ」
寄ってたかって称賛してくる三人。俺が困って顔をジョンに向けると、ジョンは、やれやれという表情をして三人の背後に立つ。
「その前にお礼を言ったらどうなんだ」
彼らは思い出したかのように頭を下げる。
「「「助けてくれてありがとう!!!」」」
「お前らが射線を外れないから、こいつはわざと狙いにくい目玉を狙ったんだぞ。お前らが避けていたら空いた口から喉を狙って一撃だった。無駄な手間取らせやがって」
「えっ? そうなのかそれはすまねえことをした」
「ジョン。別にいいさ。無事だったんだし」
「なあ、あんた。見ない格好だけどなんの職を持っているんだ」
「職は持ってないよ。使命ならあるけどな」
「使命? どんな」
「世界を救いにいくんだと」
「へえ。なんだかよく分からねえが、これ持って行ってくれ。助けてくれたお礼だ」
一人が差し出してきた手に握られていたのはアキレアだった。
「良いのか。アキレアは高価なんだろ?」
「命の恩人にこのくらい渡すのは当然だ。むしろ俺たちは金に変えるくらいしか使い道がねえんだ。有効活用してくれるなら嬉しい」
「わかった。ありがたく受け取るよ」
俺は、受け取ったアキレアをアイテム欄に格納した。
「ジョン。この辺ってドラゴンが今まで出たことはあるのか?」
ジョンは首を傾げて言った。
「このへんか? この辺はあんまりないな」
「なら、もう家に戻った方がいい。もしかすると外の危機がこっちまで影響が出ているかもしれない」
ジョンは少々呆れ気味に訊いてくる。
「その外の危機とやらはいつ取っ払われるんだい」
「今日中。絶対に決着をつける」
「じゃあな二人とも。ここでお別れだ」
「ねえ。また来てよ。もっとお話聞きたい」
「約束するよ。また来る」
その言葉を最後に俺は駆け出す。振り返らない。見据える先は死の渓谷とその先にある最果ての岬のみ。
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