第25話 オーダーメイドの鍛冶屋

 『幻想世界』のシステムがアップデートされ襲撃者は一掃された。

 安全に攻略が進められるようになり、プレイヤーは進行を開始した。


 アップデート終了後に第三区画に渡ってきた人に聞いたところ、既に区画ボスフィールドの前には長蛇の列ができていたとのこと。


 俺は昨日のうちに無理矢理突破しておいて良かったと思いつつも、実乃莉を巻き込んでしまったという後悔を感じていた。


 昨日、小さな子供のように泣きじゃくる彼女を見るのがとても辛かった。何かしてあげたいと思い抱き寄せたが、結局それ以上何もしてあげられなかった。


 その涙の訳を聞けたのは潜入が終わり、実乃莉と電話をしたときだった。実乃莉がどういうふうに両親と別れたのかを初めて聞いた。


 わかっているつもりだった。彼女に親がいないことはなんとなく察しがついていたけれども、いざ聞くと辛いものがあった。


 結局、実乃莉は過去と決別することにしたらしい。記憶に蓋をするのではなく、最初から自分に親と呼べる人がいなかった。


 そう認め、受け入れると前向きになれる気がすると言っていた。


 俺にはそのやり方が正しいかどうかはわからない。でも、彼女が明るく振る舞っているのを見る限り、いまのところは正しかったのだろう。


「ねえ、優人くん。今日は何をするの?」

「……ああ、今日は鍛冶屋で装備を仕立てて貰う」


「いよいよS級武器の製作に入るのね?」

「ああ、自分専用の武器と防具を作ってもらえる」


「それって本線で使う衣装なんだよね? どんなのにしてもらおうかな」


 少し元気すぎる気がしたが、彼女にとっての不安の種がなくなったことを考えるにこのくらいが普通の振る舞いなのかもしれない。


 目的の鍛冶屋は表通りから離れた狭い路地にある。建物が密集しているため、陽の光が通りをてらすことはほとんどない。


 しかも、やたらと人の気配がなく、ほとんどの建物に灯りがついていなかった。


「なんか雰囲気のある場所だね……」

「この辺は人が全く来ないからな」


 《ファンタジアオンライン》時代はここも大盛況だった。

 しかし、今はゴーストタウンのように霊気を感じさせる気色の悪い空気が漂っている。

 

 鍛冶屋に着き、ドアを開けた。その瞬間、ドアに設置されたベルがカランコロンと音を鳴らし、店の奥から店主の声が聞こえてくる。


「いらっしゃーい。少々お待ちを」


 実乃莉は店主を待つ間、店内に設置されたサンプル用の装備や今までに作成された装備を眺めていた。


 その中には俺が毎年使っている装備もある。


「これ、優人くんのだよね?」


 実乃莉が立てかけられた勝色(黒に限りなく近い紺)の装備をまじまじと見つめる。


「ああ、一回目からずっとその装備だ」


 実乃莉は手を伸ばし、そっと剣を取った。


 一見、真っ黒な剣だが、その剣身は僅かに青い光を反射する。落ち着く色でありながらも強い意思力が湧き上がるこの剣が俺は好きだった。


「この剣、なんて名前なの?」

「ウィンドミロディア」


「綺麗な剣だね……」


「おお……、きたかチャンピオン」

 立派な白銀の髭を携えた老人が店の奥から出てきた。


「こうジイ。今年もよろしく頼むよ」

「任せなさい。それで隣にいるその娘は新入りか?」


「はい……。白鷺実乃莉といいます」


「私は湊功一だ。みんなにはこうジイと呼ばれている。一応これでも中身は30代だ」


「えっ!? 30代……って、そもそも人なんですか?」


「驚くのも無理はない。この世界に職人プレイヤーとしてログインしているのはほんの僅かじゃからな」


「でも、なんでこんなところで……」

「まあ、ここでの作業はちょうどいいお小遣い稼ぎになるんじゃよ。毎年一ヶ月間ここにいるだけで、五十万円ほどもらえるから物すごい助かっておる。まあ、そんな話はどうでもよくてな。

 この娘の武器と衣装をさっさと決めるぞ」

「よろしく頼むよ、こうジイ」


「うむ。それでは早速スキャニングして戦闘データを…………あれ? できない」


「ああ、戦闘データは今日から削除されるようになったよ」


「なんじゃとー!?」

 こうジイは盛大に驚くと俺の方を見ていった。

「なあ、お主から見て、この娘はスピード型か? それともパワー型か?」


 ——どっちだろう。


 聞かれるまで考えてことがなかった。一見スピード型に見えるが……、しかし、こいつはボスゴブリンの攻撃を弾いたんだよな。


「どっちなんじゃ?」

「パワー……」


 実乃莉が俺の脇腹を掴んだ。反射的に反応してしまうほどの痺れが脇腹全体に走った。


 あまりに突然の衝撃に俺は反射的に逃れようとしたが、実乃莉は俺の脇腹を掴んだまま離そうとしない。


「優人くん、パワーじゃないって言いたかったんだよね?」


 耳元で囁く声が妙に怖く感じ、俺は素直に答えた。

「は……はい」


「お主、レディーに失礼なやつじゃな」

「そんなこと言うなら聞くな……」


「それで、本当のところはどうなんじゃ?」

「バランス型ややスピードより」


「ふむ。じゃあ、その辺のサンプルを出そう。戦闘データにアクセスできない以上、合いそうな奴を探ってくしかないな」


 そう言うと、こうジイはサンプル用の模造剣を百本程出現させた。その中から正解を探るように、実乃莉に手渡し、一本一本合うか合わないか確認させた。


 実乃莉は取り換えひっかえ模造剣を手に取り、試しぶりをする。ようやく見つかった剣はレイピアよりもやや太めの細剣だった。


「うむ、じゃあ次はデザインじゃ。防具に合うように作るから先にそっちをデザインしよう」


 そう言うと、こうジイはA4サイズ程の画用紙を取り出し、手をかざした。唸るように声を上げると、紙一面にデザインが浮かび上がる。ざっくりと数えたところその数は20以上はあった。


 これは脳内イメージを生成する手法だが、この一瞬でこれだけのデザインを生み出すところを見るとさすがとしか言いようがない。


「君に合いそうなデザインを作ったからこの中から選んでおくれ」


「優人くん……、どれがいいかな……、私この辺がいいと思うんだけど」


 そう実乃莉が指差したデザインは勝色の装備。あまりに俺の装備と酷似している。


「ちょっと、俺のに寄せすぎじゃない。晴れ舞台なんだから、もうちょっと派手なのにしたほうがいいよ」


「じゃあ、優人くんはどんなのがいいの?」

「俺はこの辺かな」


 俺は深い青を基調とした生地に、シルバーの防具が映える装備を指差した。選んだ理由は単純に似合いそうだったからだ。


「これが優人くんの好み?」

「いや、好みだったらこっちの露出が多い……」


 今度は脇腹に拳がめり込んだ。内蔵ひっくり返ったのではと思えるほどの強烈な衝撃と痺れが走り、俺は腹を抱え込んだ。


「こっちにします」

 実乃莉はコウじいに愛想笑いを見せ、俺が最初に示したデザインを選んだ。


「よし、これに合わせるとなると剣はこう言うデザインになるがいいかな」


 水色の剣身に白のグリップ、それ以外がシルバーの細身の剣が出現した。


 実乃莉はその秀美な剣を手に取り、目を輝かせ見入る。


「気に入ったようじゃな、では必要材料を言うぞ」


「黒、白、青のドラゴンの結晶とレアメタル鉱石。これらを必要量集めてくるんじゃ。ドラゴン討伐のクエストは申請しておくから倒しに行くだけで良い。それじゃあ頑張ってね」

 そう言うとコウジイは笑顔で手を振る。

 それを背に俺と実乃莉は店を出た。思っていた以上に必要な材料が多く、そのあまりの量にため息が出た。


(同じようなデザインだったらドラゴン二体で済んだだろうに。なんで俺はわざわざ手間がかかる方を選んでしまったんだろう)


 そう思い俺は実乃莉を見ると、彼女は思っていた以上に装備のデザインが気に入ったのか満足気に笑顔を浮かべていた。 


(まあいっか……。多少手間が増えたぐらい、こいつが笑顔になるなら安いもんだ)


「優人くん。今日はどうするの?」

「今日の残り時間でドラゴン討伐は難しいからレアメタルだな」 


「そっか、レアメタル、レアメタルって、そういえばどこで集めるの? 第三区画ってほとんどが街だよね」


「第三区画からはいろいろなエリアに飛べるんだ。鉱山、雪山、火山、湿地帯、他にも色々」

 

 実乃莉はふーんと鼻で返事をすると、すたすたと表通りの方へ歩いていった。どうやらはやくここから出たいらいしい。


 近くの転移広場へ向かい俺と実乃莉は鉱山に転移した。


 転移盤のすぐ後ろは崖だった。そのあまりの高さに実乃莉は足がすくみ、優人の腕にしがみつく。


「ひいー! 高……」

「気をつけろよ。落ちたら体がバラバラになるぞ」


 実乃莉は素朴な疑問が浮かんだ。


(なんで優人くん、知っているんだろう?)


「落ちたことあるの?」

「いや……、ない。ただ、落ちたやつは見たことある。もう見るも無惨なほど、ぐしゃぐしゃになってたよ」


 実乃莉は血の気が失せるような恐怖を感じすぐに崖から離れた。


 崖下の地面が見えなくなると辺りを見回す余裕ができた。そこは、断崖絶壁の岩山の中腹に設けられた広場のようなスペースだった。正面には洞窟の入り口が一つ、ポッカリと開いている。


「それじゃあ、行こうか」


 優人がランタンを取り出し、暖色の灯りを灯す。

 実乃莉は優人と一緒に洞窟の中へ足を踏み入れた。

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