第24話 潜入 ②

 ありがたいことにフィオネスは、案内をしてくれただけでなく、見張り役に交代するよう話を通してくれた。多分、下等階級の俺がいくら言っても話が通じなかっただろう。


 元々いた見張り役は、すれ違い際に含み笑いを浮かべ廊下を歩いて行った。


——なんの笑みだ?


 深くは考えなかったが不気味に思えた。

 フイオネスはドアを二回ノックし中へと入っていった。


 俺は早速、盗聴スキルを発動させ、中にいるであろうオメガとフィオネスの会話に耳を澄ます。


 さっき発動させた時よりも声がはっきりと聞き取れる。俺はウィンドウを操作し、更に録音(最初から使える機能)も開始した。


 部屋の中から、男の喋る声が聞こえた。

「西条は今どういう状態だ」

 変声機でも使っているのか、やけに濁った声だ。


——これがオメガの声なのか……。


「奴のプレイヤーハウスでマーカーが消えたのを確認しました。 

 ログアウトしたと思われます。先ほどの白鷺実乃莉に対する精神攻撃が応えたのでしょう。今日、ここに潜入してくることはないと思われます」


「そうか……、なら良い」

「しかし、これで計画実行の目処が立ちましたね」


「そうだな。電脳ファームに協力するよう持ち掛けてから随分と時間が経ってしまった」


「もうデータベースをお覗きになられましたか?」

「ああ、残った約五百人のプレイヤー、その戦闘データを今さっき運営のデータベースから読み取った。このデータを解析し、取り込むことで俺は本線に参加する全てのプレイヤーに対応することができる。本線で俺を倒せる者などいないだろう」


「しかし、西条の実力はまだまだ未知数です。やはり先に倒しておいた方が良かったのではないでしょうか……?」

「その必要はない。今はあいつも運営の言いなりだが、俺たちの計画を知ればこちら側に来るはずだ」


「そうでしょうか……。いくら世の中の人間に失望しているとは言え、周りの状況を考えると計画の障害になりかねないと思います」

「その時は対処すればいい」

「しかし……!」


「それはそうと、フィオネス。さっきからノイズがするのだが……」

(…………まずい、バレた!!)


「誰だ!!」

 怒鳴り声が聞こえた瞬間、ドアが粉々に砕け、剣尖が俺の喉元目掛けて突き進んできた。


 俺は腰の短剣を鞘から引き抜き、剣身の面をあて、なんとか突き攻撃を防ぐ。

 しかし、オメガの剣は俺の持っている短剣の樋に引っ掛かり、そのまま、窓のほうへ押しやってくる。


 その時、俺に信じられないことが起こった。


「………!!」

(なぜ、アバターが勝手に切り替わる!?)


 俺の使っているアバターが白装束の女から普段使っている優人のものに切り替わったのだ。


「西条ォオオオオ!!」

 オメガは全身をシルバーの甲冑に包み、そのせいで顔を確認することはできない。

 だが、奴から発せられる妖気や溢れ出る憎しみのオーラを感じ、俺は身震いした。


 俺の体は攻撃を受けた衝撃で浮き上がり、そのまま窓へと吸い込まれていく。一瞬、背中に硬い感触を感じ、外へ放り出された。


 木枠とガラスが同時に俺の周りを飛散する。


 俺は身を翻し、足から地面へ着地した。すぐに飛び出してきた窓を見あげる。オメガは砕けた窓から、俺を凝視していた。


 だが、戦う素振りは全く見せない。オメガは俺に背中を見せ、部屋の中へ戻っていった。そして、頭に奴の声が響く。


『西条、もう俺たちの計画は止まらない。せいぜい足掻くんだな』


 あいつが持つ負の感情は尋常じゃない。奴らの計画が実行された場合、何か恐ろしいことが起こる。俺はそう確信した。


 俺は追手が来ないうちに森の中へと姿を隠した。


***


 優人から送られてくる音声データを聞いていた久保はヘッドホンのスピーカーから『オメガ』という言葉が流れた瞬間、驚愕した。


 オメガというのはギリシャ文字の末尾であり、終わらせるものという意味を持っている。そして、《ファンタジアオンライン》をP Kプレイによって終わらせた優人の異名でもあった。


(たまたまなのか? 社内で優人くんがそう呼ばれていたのは確か五年前……。おそらくこの時期にいた人しか知らない名だ。この時にいた人間はそう多くないから特定できるかもしれない)


 そして、電脳ファームというワードが耳についた。その瞬間、久保は仰天した。音声データを全て聴き終え、久保はすぐに部屋を出た。


(大変だ! 社長に早く知らせないと……)


 急いで社長室に向かった。焦る気持ちを抑えながら、三回扉をノックする。

「どうぞ」

 と声がし久保は部屋の中に入った。


「あら、久保くん、こんな時間までいたのね」


「社長。優人くんに襲撃者の拠点に侵入してもらったところ大変なことがわかりました」

「そう……。一体何がわかったというのかしら?」

「襲撃者を統括しているのはオメガというA Iだということです」

「オメガ……」

「はい。おそらく作成者は優人くんが例の大量キルをしていたことを知っているのでしょう。もしかすると……」


「私たちの中に裏切り者がいるかもしれないと?」

「そう思うほかありません。それに、彼らの狙いは言動から察するにG Cの賞金だと思われます。オメガがG Cの参加者である事からほぼ間違いないかと。それとあともう一つ……」


「何?」

「この一件には電脳ファームが関与しているようです」


 莉津子の眉がピクリと動いた。


「あのクソ狸が……」

 莉津子の怒りを滲ませた震える声に久保は身震いした。


「ごめんなさい。あなたのことを言ってるんじゃないの。あそこの社長には個人的な恨みがあってね」

「そうですね。無理もないですよ。娘さんを亡くされたんですから」


(今の言葉引っかかるな……。俺、最近太ったか……?)


「気になるのが、襲撃者を電脳ファームが作ったのかどうか……。電脳は確か最近、保守的な経営しかしてなかったと思うけれど、優秀なエンジニアを雇う余裕なんてあったのかしら……」


「そのために保守的になっていたのかもしれません。襲撃者の開発をするためその他の事業への投資を減らしていたと考えるべきだと思います」


「賞金を獲得することが目的で弱小プレイヤーを襲撃者に襲わせた。残ったプレイヤーのデータを元にオメガを最強の剣士に仕立て上げる。だとすると私たちに出来る対策は限られるわね」


「はい。プレイヤーがまだ五百人程残っているので、オメガを特定することも難しいです。念の為これ以上、戦闘データにアクセスできないよう個人の戦闘データは削除される設定に変更します。

 これがどの程度、効果があるのかわかりませんが、やらないよりはマシだと思います。あと、P K行為の禁止も解除しましょう。 

 戦闘データが残らない以上、違反だと断定することはできませんから」


「そうね……。そうしましょう。あと、内通者がいるかもしれないからこのことは誰にも話してはダメよ」


「はい。わかりました」

 報告を終え久保が社長室を出ようと扉を開けると莉津子が声をかけた。


「久保くん。遅くまでご苦労様。仕事熱心なのはいいけれども、少し運動した方がいいわよ」


「はい……、気をつけます」


——やっぱり太ったんだ、俺……。

 冷や汗をかきながら久保は社長室を後にした。

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