第23話 潜入 ①

「久保さん、準備は良い?」

『ああ、君に言われた通り、君のアバターの位置情報はマップデータに反映しないようにした。


 潜入用のアバターも準備ができている。いつでも取り掛かってくれ』

「わかったこれから監視を頼む」

『了解した』


 久保の返事を最後に通話は終わった。

 俺は森の中から奴等のアジトを眺めた。第二区画マップ北東部にある洋館。旧ファンタジアオンライン時代にギルド用のプレイヤーハウスとして使われていた建物だ。


 外観は当時と全くと変わらない、貴族が住んでいると言われても驚かないほどの立派な屋敷だ。


 建物は三階建てで、窓から白装束の女が廊下を歩いているのが確認できる。

 開いている門からも玄関を警備する襲撃者の姿が目に映った。


——警備体制は万全だな……


 だが、その分、準備をしてきた甲斐がある。俺はウィンドウを操作し、変装用のアバターに切り替えた。


 切り替えた途端、視線が低くなり、体が少し重く感じるようになった。筋力パラメーターは女性のもので、元々の引き締まったボディラインも、軽々と動ける筋肉も、俺の体から無くなった。

 

 手足も元のアバターよりも短く、いつもと感覚が違うことに違和感しか感じない。そして、いつもはないものがある感覚とあるものがない感覚がものすごく気持ち悪かった。


——これは少し慣れが必要かもな……

 

 腰に携えている武器は短剣。それもかなり軽く、威力よりも機動力を重視したものだった。


 そして、一番厄介なのが、巨大すぎるフードだ。奴らは互いの目を隠すために視界の上半分をフードで塞いでいる。これは仲間が放った光に巻き込まれないためでもあるのだろうが……正直邪魔でしかなかった。


 ただ、文句を言っていても始まらない。まずはなるべく自然に入り込もう。


 俺はなるべくおどおどしないよう意識し、堂々と門を潜った。すぐに正面にある玄関前で待機していた襲撃者六人が反応を示す。


「おい、そこのお前。持ち場はどうした? ここで何をしている!?」


(しまった。コイツらには固有の役割が振られていたのか……。そこまで考えていなかった)


「えーっと……」


(まずい、すぐに返答しないと怪しまれる)

 すると、そこに一人が話しかけてきた。


「お前、107番か?」


(107番? 奴らには番号が振られているのか……、とりあえず今はそいつだということにしておこう)


「はい、そうです」

「そうか……、生きてたか……よかった。ダンジョン内のプレイヤーを襲った時に姿が消えたからてっきり死んだかと思ってたが……。これで人手が足りる」


(よかった。なんとかなりそうだ)


「ついてきてくれ」


 その女は疑う様子もなくすんなり俺を屋敷の中に入れてくれた。他の奴の素振りを見る限りコイツは階級が高いのだろう。すれ違い際に全員が軽く会釈をする。


 俺はその女に連れられ、玄関ホールを抜け長い廊下を歩く。木製の床に赤い絨毯がひかれ、角のない足音が響いた。

 

 長い廊下を進んだ先、玄関ホールから10部屋目の角部屋。——確かここは厨房で外に繋がる勝手口がついていたはず。


 ちょうどその部屋の扉の前で、女は足を止め振り返った。


「ではこの部屋の見張りを頼む。扉の横に立っているだけでいい。私は巡回に戻るから何かあったら通信してくれ」


 そう言い残し、女は去っていった。


——さて、困ったことになった。


 任される役割がまさか部屋の監視になるとは思ってもいなかった。これだと何もできない。いや……何かできたとしても、奴らの主人がどこにいるのか皆目検討もついていない状態だ。まず、何か情報を得ないと……。


 しかし、そんな心情とは裏腹に周りの女は俺を移動させてくれそうにない。見張り役の周りにはその見張り役を見張る奴が廊下を行き来している。


 しかもそいつらは通路ごとに一人以上配置されているため、持ち場を離れればすぐにバレてしまうだろう。ここは大人しくしておくのが得策だ。


 しばらくの間、俺は特にやることもなく突っ立っていた。しかし、このまま何もしないでいるわけにはいかない。


 俺は運営に頼んで使えるようにしてもらった盗聴スキルを使ってみることにした。

 

 襲撃者に手の動きを見られないようにウィンドウを操作し、そのスキルを発動させた。


 一瞬意識が遠のき視界から色彩が消え、白黒の世界に切り替わった。周りの音が繊細に聞き取れるようになり、俺は探るように辺りの音を聞き取ってみた。


 すると雨音の中、微かに男の声が聞こえた。その声は上の方から聞こえてくる。意識をさらに集中させ、声を聞き取ろうとした。


 しかし、男の声はまるで水の中で音を聞いてるみたいに吃っており、なかなか言葉として聞き取れない。


 そんな中、屋敷の外からいきなり大声が聞こえてきた。


「誰か来たぞ!!」


 その声を聞いた途端、周りにいた奴らは一斉に動き出した。俺も行くべきなのか、それともここにいるべきなのか判断を迷っていると、

「おい、何をしている!? 今生き残ているやつでいちばん番号が高いのはお前だろう。さっさと戦いに行け!!」


 と、怒鳴られ、俺は反射的に廊下を走り出した。どうやら番号が高いやつほど階級が低いようだ。


 周りの連中と一緒に外へ出ると、そこにいたのは竜崎だった。すでに何人か倒したのだろう。周りには光の粉が漂っていた。


「次の相手は誰だ?」

「107番!!」


 誰かが叫んだ。だが、冗談じゃない。今、俺の身長は160cmの女の体。しかも、どでかいフードのせいで視界の上半分が見えない状態だ。それに加え武器は短剣。これでどう180cm越えの槍使いと戦えっていうのだ……。


 そう思っているうちに誰かが俺の背を押した。押された勢いで俺は竜崎の前に出てしまう。その様子を見た竜崎は少し高揚した様子だった。


「おっ! 次はお前か。ちょっとは楽しませてくれよ」


 この状態でまともに戦える気がしない。この無駄にデカいフードのせいで俺は竜崎の腰の辺りまでしか見えない。どうか手加減してくれよ……。


 竜崎の槍の石突がチラッと見えた。すると、いきなり頭上からぶおんっと風切り音が聞こえた。


「…………!!」


 槍が頭をかち割る寸前のところで俺は剣を頭上に構え、槍の軌道を左側に逸らした。左側面に振り下ろされた槍は次いで、竜崎の体の前、横向きに構えられた。僅かな視界に切っ先がチラッと見えた次の瞬間、再び風切り音が——、今度は足に向かって近づいてくる。


 俺は咄嗟に足を空中に引き上げた。槍は足元の濡れた土を抉りとり、辺りに泥が飛び散る。


(コイツを追い返さないと俺がやられる)


 俺は槍が生み出す風切り音を頼りに剣を振った。竜崎の槍が俺の剣を叩くたびに手から肘までに骨が軋みそうな衝撃が走る。


 しばらくすると突然、竜崎が息を吹き出した。


「プッ…………」


 俺はこの時全てを察した。

(こいつ、気づいてやがる!)


 竜崎は明らかに中身が俺だと気づいている。その上で今の状況を楽しんでいるのだ。普段より動きが悪い女の体で防戦一方の俺の姿はさぞかし滑稽だろう。段々と怒りが湧き上がってきた。


(このやろう。俺を弄びやがって……)


 竜崎が振った槍が垂直に地面に下ろされた。俺は体を捻ってよけ、その上に左足をかけた。そのまま、槍を踏み台にして飛び上がり、竜崎の眉間に右膝を打ち込む。

「ぼふぁっ!!」


 竜崎は身を後ろに翻した。

 俺はさらに追い討ちを撃とうと剣を構えたが、竜崎は走り逃げ出した。


 すかさず、白装束の連中が竜崎を追いかける。俺も追いかけようとしたが、後ろから声をかけられた。


「待て、追う必要はない」


 金色のラインが入った装備。フィオネスだ。正直ここで切り殺したいが、今はその気持ちをグッと堪える。


「貴様の番号は?」

「107番です」

「107番……、確か今、厨房の警備だったわね」


「はい」

「あなたをそこに配置するのは勿体無いわ。オメガ様の部屋の扉を警備なさい」


(……オメガそいつがこいつらの長なのか……。今はそうであってもなくてもどちらでもいい。これで少しは情報を得られる)


「はい!」

 と、活気良く返事はした。だが、正確な部屋の位置がわからない。どうしたら良いかわからずあたふたしていると、フェネスが口を開いた。


「そっか、お前の番号はオメガ様の部屋の場所を知らされていなかったな。私も報告しにこれから向かうから後をついてきなさい」


 そういうとフィオネスは正面玄関から階段を三階まで登っていき、俺はその後をついていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る