第22話 表裏一体
私が優人くんのことを知ったのは去年のG Cの決勝戦を見た時だった。たまたま、会場のチケットが抽選で当たった私は、闘技場でその闘いを間近で見ることができたのだ。
決勝で戦う二人は第一回大会からの因縁のライバル。会場は彼らの戦いを今か今かと待ち侘び、観客席は高揚した空気で満ちていた。私も気持ちを高まらせ、戦闘体制に入る前の彼らの様子を視覚のズーム機能を使ってまじまじと見た。
一人は長身の槍使い。屈強な体躯のその男はまるでいくつもの戦場を駆け抜けてきたと言わんばかりの重厚なオーラを
それに対峙するのは私と歳が同じくらいの少年。気弱そうな見た目だったが、その目は確かな力強さがあった。
試合開始十秒前のホイッスルがなり、二人は身構える。その瞬間少年の気迫があっと増大したのを感じた。二人の間で気迫はぶつかり合い、会場全体が重たい空気による静寂で包まれる。
その時、私は会場全体を包んだ緊張感に圧倒されたの覚えている。
少年は剣を上段水平に構え、槍使いは、槍を中段に構えた。お互いの武器の切っ尖は真っ直ぐ相手に向けられている。
この会場にいる人達、全員がこの二人に意識を集中させている。全ての人が試合が始まる瞬間の緊張感を味わっていた。
試合開始のゴングが高々と鳴り響き、二人は一斉に動き出した。フィールドの中心で二人の刃が衝突した。少年がまず、槍使いの突きを打ち払い、勢いを殺すことなく剣を振り払った。
槍使いはその剣を長い柄で受け、押し上げる。そのまま、石突で少年を押し返し、ついで先端の刃を少年の胴に振り払った。少年は咄嗟の判断で後方に飛び退き、お互いの体は距離をあけピタリと静止した。
——今のが挨拶とでも言うの……?
二人は止まったまま互いを見つめている。だが、そこから伝わってくる緊張感から目に見えない駆け引きが行われていることはすぐにわかった。彼らは止まっているこの瞬間も戦っている。そう感じた刹那、彼らは動いた。
少年は右斜め前方に駆け出した。男もそれに反応する。少年は左手で投げナイフを男に二本投げつけた。そして二本目を投げ終わった後、瞬時に進路を変え男の方へ駆け出した。
男はナイフを槍で打ち落した後、目の前に迫ってくる剣に一瞬、驚嘆の表情を浮かべた。だが、すぐにキリッと表情が引き締まる。
剣は男の胸に届く寸前で、柄によって軌道を顔の真横に逸らされ止められた。男は隙だらけになった少年の胴に蹴りを入れ、一度体制を立て直す。
そこからは彼らの激しい剣戟のぶつかり合いだった。彼らの剣と槍はギリギリ認識できる速度で衝突し火花を散らす。お互いの体は剣の動きに合わせて瞬時に対応し目まぐるしい動きをしていた。
時折対応が遅れお互いの体を刃がかすめH Pが微量に減少した。お互いのH Pが半分になった頃、ゴングが一度鳴り響いた。
試合時間が三十分経過し延長戦に入ったことを告げるものだった。その音に二人の気がふれることはなかった。むしろ、その音を合図に二人の動きはさらに加速した。
まるで最初から想定済みのことだとでもいうかのように——。
二人の剣と槍の動きはもはや目で追うことは不可能だった。時折、衝突し一瞬止まった時だけ実態を表し、それ以外は残像を散らしながら振り払われる。
ゴングが鳴ってから、八分が経過した。残り二分で決着しなかった場合、H P残量で勝敗が決定する。決定打となる攻撃は互いの体にまだ届いてない。二人は完璧に互角と言える攻防を繰り広げていた。
私が、勝負が動き出したと感じたのは剣や槍の動きを追うのを辞め、ふと少年の顔に焦点を変えた時だった。さっきまで冷静さを保っていた少年の表情は焦りに変わっていた。その姿は何かを必死に掴み取ろうと腕を必死に伸ばす健気な少年にしか見えなかった。
その姿が自分と重なった。親に捨てられ赤の他人に頼るしかない人生から抜け出すために今、必死に勉強している。そんな私と同じなんだ……。
毎年この大舞台に立つ彼も何かを得るために戦っている。そう思えた瞬間から、目の前の攻防を楽しむことをやめ、私は心の中で少年を応援していた。
残り時間一分となったところで、少年が、男の正面に突っ込む。無謀な特攻とも思えたが、少年の表情は諦めていなかった。少年が右肘を後ろに弾く動きを見せた。これは突きの姿勢。それを見た男も突きの体制に入る。リーチだけで言えば圧倒的に槍の方が有利だ。それでも、少年は正面からの攻撃を敢行する。
槍が少年の胴に接触するその瞬間。少年は体を右に捻り、左手で槍の軌道を逸らした。槍はわずかに少年の左の脇腹を抉り背中側から抜けていく。少年の剣は男の左胸に突き刺さった。急所は外したようだったが、初めて大きくH Pが減少した瞬間だった。
だが、男もすぐに体制を立て直す。ここから男の反撃が始まった。少年の反撃を全く許さないほどの連撃を放った。少年はなんとか対応していたが、徐々に細かい隙が生まれ、少しずつHPが削られていく。
そして試合終了のゴングがなった。少年のHP残量はわずかに男のそれより多い値だった。
勝利を勝ち取った少年は右手に持っていた剣を高々と突きあげた。
その彼の姿は輝いて見えた。それが西条優人。私の憧れた人の第一印象だった。
彼が私と同じ学校の同学年だと知ったのは翌日のことだった。その日、教室に入った時にはすでに話題になっていた。
みんな彼の姿を一眼見ようと彼のいる教室へと向かった。私も彼のことが気になり、その姿を見に行こうとしたが教室には大量の生徒が押し寄せていたために断念せざるを得なかった。
ほとぼりが冷めたであろう頃合いを見計らい、もう一度彼を見に行った。そこに映っていた彼の姿は昨日とは全く別に見えた。フィールドの真ん中、止まらない歓声の中で見せたその輝きはどこにも見当たらない。
彼の姿はあの日、会場にいた多くの人を魅了する戦いをした。それなのに、教室で一人佇む彼のその姿には喜びなど微塵も感じられない。どこか悲しさを滲み出していた。
(どうして……、あなたはほとんど人のができない誇れることを成し遂げた。あなたは多くの人の心を動かしたというのに、なんでそんな悲しそうな顔をしているの?)
私には理解ができなかった。彼は必死に戦い、昨日、あの場所で何かを掴んだはずだった。それなのに、彼からは何も得られなかった絶望を感じる。
自分の教室に戻った後も彼の姿が瞼の裏にしばらく張り付き、意識から外すことができなかった。
——また、見に行こう……。
ある日、昼休み中にたまたま彼とすれ違った。彼は購買に向かう様子だった。私もお昼に何かパンを買おうと思っていたので、彼の跡をついて行った。
購買に着くと彼は菓子パンを二つ買った。そのあと、すぐにその場を後にする。私も自分用のパンを急いで購入し、すぐに跡を追った。彼は自分の教室に戻り、誰か他の人の席にパンを放った。
(自分で食べるわけじゃないんだ……。友達に買ったのかな? それにしては雑な置き方……)
その時、私は深く考えずに自分の教室に戻った。
その後もなんとなく彼のことが気になり、昼休みになる度に跡をつけた。
購買で彼はまた、菓子パンを買った。そして昨日と同じように、教室へ戻りパンを放る。だけど、そこの席は昨日とは違う人の席だった。その翌日もその翌日も別の人にパンを配っていた。
(どういうことなの……。まさか、いじめ? だとしても、他の人は興味なさげって感じだし、彼もまるで当たり前のようにしている。
それに置き方が気になる。まるで、動物に餌をやるような乱雑さが……)
彼は他の人を人として見ていないような気がした。
(声をかけるべきなのかな? でも、明らかに他の人と壁があるし、そっとしてあげた方がいいのかな……)
彼の姿は学校だけではなく《アナザー・ワールド》でもたまに見かけた。その度に声をかけるべきか迷ってしまう。迷っているうちに彼の姿はどこかへ消えていき、その度に悶々とした気分になった。
そんな日々をただ過ごしてきた。
そして、一ヶ月程前、彼に助けてもらった。彼は私を裏路地に連れて行こうとする男二人を武器もなしにあっさりと倒してしまったのだ。
情けを掛けずに圧倒的な力で打ちのめしたところを見て、最初は恐怖すら感じた。でも、警備A Iに手錠を掛けられ、慌てふためく様子を見て私は安心した。
——この人も普通の人なんだ……。
そう思うと、今まで感じていた壁なんて、無いように思えた。
この日、初めて私は彼に声をかけた。
***
——なんで今、思い出すんだろう?
寮の自室。実乃莉は夏季休業中の課題を進めようと机に向かっていた。しかし、勝手に思い起こされる優人の姿に気を取られ、全く集中することができない。
実乃莉は深いため息をつき、置き時計を見た。すでにログアウトしてから一時間が経とうとしていた。
——優人くん、きっと大丈夫だよね……。
そう信じ実乃莉は優人からの連絡を待った。
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