第21話 無愛の子 ③
重たい瞼を開けるとそこはプレイヤーハウスのソファーの上だった。
寒くないようにするためなのか体を覆うようにマントがかけられている。
(私、ねたちゃったんだ)
実乃莉は優人がここまで運んで来てくれたのは予想がついた。
けれどその記憶がまったくない。
後ろで暖炉の薪がパチパチと音を奏でた。
暖炉の柔らかい灯りと揺れ動く影がまるで私を慰めてくれているかのように温かみを帯びていた。でも腕、脚、体の全てが鉛のように重たい。
(だめだ……、瞼が重たい。もうこのまま寝落ちしちゃお……)
実乃莉は起きて体を動かす気力もなく再び瞼を降ろした。
しばらくすると、隣のキッチンから物音がした。何か金属が擦れるような音がしばらくなり続ける。
(優人くんが何か作っているのかな……)
眠気で意識が朦朧とする中、チョコレートの甘くて優しい香りが漂いはじめた。
——ココアかな?
そう思い、再び目を開けた。しばらくすると彼がキッチンの方から出てきた。両手にマグカップを一つずつ持っている。
優人は実乃莉が目を覚ましたことに気がつき、口を開いた。
「あっ、起きた。このまま寝落ちしちゃうのかと思ったよ……気分はどう?」
そう言うと、優人は実乃莉の前にマグカップを置いた。嗅ぐとホッとする甘い香りが漂う。
その匂いが彼の優しさを表しているようで苦しくなった。
(私は本当に彼のそばにいる資格があるのだろうか……。フィオネスが作り上げた世界で両親から侮蔑された過去を見せられた。それは紛れもない事実。私は要らない子供だった)
それと、あの世界で聞いた優人の言葉が頭から離れない。
——私は彼に何も返せてない。
そのことがどうしようもなく自分の非力さを実感させた。何度も胸の奥が締め付けられるように痛み、とうとう涙が溢れてきた。
痛みに耐えきれず、実乃莉は優人の腕に縋りつく。
優人は少し戸惑った様子だった。ぎこちなく腕を背中にまわされ、実乃莉は優人にそっと抱きしめられた。
優人に優しく頭を撫でられながら実乃莉は泣いた。今までそう出来なかった分。親に愛されず、誰にも泣き縋ることができなかった。——その分の涙が、流れ落ちていく。
しばらく泣くと心の内の多くを占めていたものが無くなり、少し気が晴れた。
彼の腕から離れ、マグカップに手を伸ばし、ココアをゆっくりと飲む。時間が経って、少し冷めていたけれど、気が穏やかになった。
「ごめんなさい」
落ち着いてから初めて出た言葉がそれだった。優人は持っていたマグカップをテーブルに起き、口を開く。
「なんで謝るの?」
「私、あなたのことを信じきれてなかった。
本当は私なんかが助けに行ったところで何もできないのをわかっていたのに、不安を消すためだけにあそこへ行ってしまった……。
自業自得だよね。あとで淳くんにも謝らなくちゃ。
結局、勝手な思いのせいで淳くんをリタイアさせちゃったし、優人くんにも余計な負担をかけちゃった。私、邪魔だよね……」
「実乃莉……。俺はそんなふうに思わない」
「どうして? 私は助けてもらうだけで、何も返せていないんだよ。私なんかいないほうがいいじゃない」
「じゃあ、聞くけど。なんで実乃莉は罠かもしれないのに行ったんだ?」
「……それは……」
「心配してくれたからじゃないのか?」
その言葉が胸を打った。
(そうだ……。あの時、優人くんのことが心配でしょうがなかったんだ)
「実乃莉はいつも俺のことを気にかけてくれるよね。俺はすごく嬉しいんだ。今までそんな人ほとんどいなかったから。実乃莉は全然邪魔じゃない。むしろそばにいて欲しい」
その言葉が何より嬉しかった。気づいてなかっただけで、ちゃんと返せていたんだ。
そう思うと報われた気がした。
無意識に出てしまう笑顔を見せたくなくて実乃莉は優人に背を向ける。だけど、もう少し彼の優しさに触れていたいと思い、実乃莉はそっと優人に寄りかかった。
「…………どうしたの?」
「少しだけこうさせて……」
もう少しだけ彼の優しさに甘えていたい。
自分のこんな弱いところも、彼なら全て受け入れてくれる気がした。
しばらく、そのまま時間が経っていった。寄りかかっていると、優人が唐突に口を開く。
「実乃莉……、俺、そろそろ行かなきゃ」
「どこに?」
「奴らの尻尾を掴みに」
「どういうこと? もうログイン可能時間がほとんどないよ」
「運営と協力して奴等のアジトに侵入する。だからログイン時間なんて関係ないんだ」
実乃莉は行ってほしくなかった。どうしても、もしものことを考えてしまう。そんな実乃莉の不安を感じ取ったのか優人は穏やかな口調で言った。
「大丈夫だよ。今回は久保さんが監視してくれるから俺に危害が及ぶことはないよ。だから、実乃莉。今回はちゃんと待っててくれな……」
真っ直ぐな視線。曇りのないその表情は何か覚悟を決めていたように見えた。こんな顔を見せられたら止めることなんてできない。
「わかった。絶対、無事に成し遂げて」
「ああ、終わったら連絡する」
実乃莉は頷いた。それを見た優人の表情が引き締まる。
その顔は一年前に憧れた剣士のものだった。
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