第8話 白装束の襲撃者1
淳と実乃莉は俺がいないうちに【壱の街】の一角にプレイヤーハウスを買っていた。
この世界の通貨【コル】はパーティ内で共有されており、二人は装備を新しく買い揃えた残り全額を投資して買ったと言う。
そのおかげで、この世界での俺の懐はものすごく寒い状態だ。
しかし、こうなったのも仕方がない。俺が蘇生させてもらえたことを連絡した時には、既に二人はこの家を買ってしまっていたのだから。
それに周りの視線や耳を気にせずに会話できるという点で言えば、これから重宝することになる。そういったことを考えると二人を責める気にはなれない。
プレイヤーハウスと言っても畳十畳分の小さな部屋と、いつ使うのかわからないキッチンがついているだけだ。
パーティの人数は四人までと定められているわけだから、そこまで広くする必要がないと言う意図なのだろう。
内装は部屋の隅に暖炉があり、その前にはローテーブル、テーブルを囲うようにソファーが並べられている。
そして、そのソファーの上で、まるで我が家にいるかのようにくつろいでいる奴がいた。
「それにしても、大変なことになっちまったな」
ソファーの肘掛けに頭を乗せ、呑気に淳は言った。
「お前はほんと他人事だよな。色々調べなきゃいけないこっちの身にもなってくれよ」
「そう言われてもな、まともな目撃情報がないんじゃ、どうしようもねえじゃん……」
「それもそうだよな……」
俺と淳のやりとりを聞きながら実乃莉は思い詰めた様子で顎に指を当てていた。やがて手を下ろし、俺にある可能性を提示した。
「優人くん……、今噂になっている白装束の人達が関与している可能性はないかな……」
「白装束?」
「街の近くで目撃されてるの。今まで見たことがない装備だって話題になってる」
俺は少し考えた。そいつらがプレイヤー扱いでも、モンスター扱いでもない、中立的立場をとるのだとしたらマップに位置情報を残さずキルすることは可能だ。
あるいは何かしらの方法でプレイヤー情報を運営に見えないようにしているか……。
だが、どちらにせよ、動機が不明すぎる。そいつらの目的はただ妨害することなのか……、それとも何か裏に意図があるのか……。現段階では情報量が少なすぎる。攻略を進めながら情報を集めるしかなさそうだ。
「今はまだ断定できない。とりあえず、今日やるべきことをしよう」
不安があるのはみんな一緒だ。一夜にして参加者の半分がキルされたことに加え、特定できるような情報が一切ないと言う不気味さがある。
いつ襲われるかもわからないため、これからの攻略はかなり神経を使うだろう。
俺たちはプレイヤーハウスを出てクエスト申請所で『村のゴブリンを掃討せよ』というクエストを受注した。
第一区画ボスはレベルが30にならないと挑戦できない。このクエストは報酬として経験値を多く貰えるため、レベル上げには打って付けなのだ。
目的の村は第一区画の西側にある。俺たちは弓矢、アイテムを買い揃え、すぐにその村へ向けて出発した。
村へ行く道中、森を貫く道で俺たちはあるモンスターが湧くところを目にした。湧いたモンスターは『ピヤニー』という猪とウサギをわせたような見た目のモンスターだ。
細いフォルムに豚鼻とネズミのように発達した前歯、ウサギと同じ長い耳を持ち、蹄のある長い足でピョンピョンと飛び跳ねて逃げ回るすばしっこくて厄介なやつだ。
だが、ドロップするその経験値はその辺にいるリザードマンとかの十倍を上回るため、ボーナスモンスターとしても知られている。
俺が淳と実乃莉にそのことを伝えると、淳は倒し方も聞かずに追いかけ始めてしまった。
当然、ピヤニーは逃げ出してしまう。逃げるピヤニーを追う淳を俺と実乃莉も追った。こうして終わりのない追いかけっこが始まってしまった。
淳の目には動く宝石でも写っているのか、全力でピヤニーを追っている。俺も目的地までのルートから外れたわけではなかったので、特に気にせずに追いかけた。
しばらく追いかけても獲物との距離は一寸も縮まらない。
それもそのはずだ。ピヤニーとプレイヤーの移動速度はほぼ同程度だからだ。
一向に変わる気配のない状況に淳は嫌気がさしたのか、後方を走る俺に叫ぶ。
「どうやって倒すんだ、こいつ……」
「サブウェポンの投げナイフ……、そいつを奴の尻に投げろ」
それを聞きくと、淳はウィンドウを操作し始めた。おそらく、サブウェポンという概念に気づいていなかったのだろう。今慌てて設定している。
——サブウェポンは他にも弓を装備できる。設定しておくことで即座に遠距離攻撃を行うことができる。盾を装備している場合は使用できない——
やがて淳の右手に刃渡り10センチメートルほどのナイフが出現した。淳は大きく振りかぶりそのナイフをピヤニーに向けて投擲する。
淳が放ったナイフは見事、ピヤニーの尻に命中した。だが、その瞬間、ピヤニーは激昂し体の向きを反転させる。そして、淳に向かって走り出した。
淳は慌てて止まろうとしたがもう間に合わない。ピヤニーは淳の目の前でジャンプし、淳の顔をその硬い蹄で思いっきり踏みつけた。
「ぼふぁ!」
と声を漏らし、淳は後ろへ倒れ込む。ピヤニーはそのまま、森の木立の中へと消えていった。
淳は仰向けに倒れたまま悶絶し始めた。
「ああ、俺の鼻がー、潰れたー」
見ると、淳の鼻は見事に陥没している。そこには赤い蹄の跡もくっきりと残されていた。痛みが無いとはいえ、あそこまでの形状変化が伴えば、不快感は相当なものだろう。
だからといってゆっくりとしている余裕はない。
「ほら、起きてさっさと行くぞ」
「お前は、情けという言葉を知らないのか」
「どうせ、五分もすれば元に戻るだろ」
「そうだけどよ……」
「幻想世界のログインできる時間は一日、四時間しかない。さっさと行くぞ」
淳は不満げに立ち上がった。
急ぐ理由はログイン時間の制限もあるが、P Kをする得体の知れない奴らがうろついている以上、長時間フィールドに止まりたくないという思いもあった。
なるべく、短時間でクエストを終えたい。
俺たちは先を急いだ。
道を進んでいくとやがて木造の壁が見えてきた。村を囲う壁だ。木は原木の状態で垂直に隙間なく建てられ、どれも先端が鋭く削られていた。壁の内側には見張り台が二箇所設置されており、その上には見張り役のゴブリンが常時周りを警戒している。
まるで、隙の全くない要塞のようだ。
「ねえ、どうするの?」
「まず、門が閉まっているから、それを開けさせないといけない。奴らの索敵範囲は大体30メートルくらいだから、それを利用しよう。まず、俺が見張り役を弓で倒す。二人は茂みの中に身を潜めてくれ」
二人が頷くのを確認し、俺は説明を続ける。
「しばらくすると、門が開いて中から少数で構成された散策隊が出てくるから、二人は小石とかを使って茂みの中に誘導するんだ。そして、バレないように後方から近づき喉をかき切る。そうすれば音もなく殺すことができる」
「なんでバレちゃいけないんだ」
「奴らは鐘を持っている。敵の居場所がわかった時、その鐘を鳴らすようになっているんだ。
その音を聞くと奴らは総攻撃に移る。何十体ものゴブリンが一斉に襲いかかるだろう。混乱した戦場で生き残る自信があるのならそれでもいいが……」
実乃莉と淳は同時に首を横に振った。
「まあ、そうだよな。……あくまで警戒モードにしておくことで、奴らはちまちまと索敵隊を送り続ける。
そうすれば奴らの戦力を少しずつ削ることができるんだ。だけど、失敗したらどうなるかわからない。二人とも気をつけてやってくれ」
二人は静かに頷いた。動き出そうとする二人に俺は付け足す。
「万が一失敗したら、全力で逃げろ。距離を取れば警戒モードは解除される」
「わかった」
「了解した」
と、二人は各々の返事をした。
「それじゃあ二人とも準備して」
俺が言い終えると淳と実乃莉は道から外れ、腰の高さまで伸びる茂みの中に入っていった。二人はそのまま、ゆっくりと索敵範囲に入らないギリギリのところまで移動する。
俺は壁から百メートル程離れた場所に移動し、装備を剣から弓に切り替えた。右手で矢筒から矢を一本取り出し、弦を引く。一度、俺は二人が準備できたのを目視で確認し、手前側の見張りゴブリンに照準を合わせた。
この世界にサポート機能は存在しない。武器の扱いはプレイヤー各自の腕に委ねられている。それは弓も一緒だ。しかし、弓を扱える人はごく少数。狙撃をできる奴なんてほとんどいないだろう。
そのため、たいていのパーティは中へ突撃する。だが、ここのゴブリンの数は相当多い。無謀な突撃をして、無事でいられるパーティはそうそういないはずだ。それは俺たちにも同じことが言える。ここで、失敗したら生き残れるのは俺だけだろう……。
俺にとって、このクエストをG C予選で受けるのは初めてだった。
——もしも、変更点が加えられていたら……。
そう思うと、何が起こるかわからないという、ここ最近では味わっていない緊張感とワクワク感が止まらなかった。俺は一度大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。心を落ち着かせ、自分の役目に集中する。
俺は、呼吸を止めた。標的の急所一箇所に全集中力を注ぎ込む。照準が定まったと同時にキリキリと唸るその弦を俺は離した。
弦がびんと音をたて、矢は真っ直ぐ見張り役に飛んでいく。狙ったゴブリンの頭に突き刺さり、H Pが完全に消滅する。ついで、体も消滅した。
もう一箇所の見張り台にいるゴブリンがすぐ異変に気がついた。俺はそいつに警戒させる猶予を与えないまま、再び矢を放った。放った矢はそいつの首を貫通しH Pを全て削り取った。
見張りが二体とも倒れたのを確認し、淳と実乃莉は茂みにもを隠したまま壁の方へと近づく。程なくして、門が開き、一隊目の散策隊が中から出てくる。
二人は、小石などを使って音を出し、ゴブリンをうまく誘導した。十分に茂みの中に引き込んだゴブリンの喉を背後から掻き切り一撃で仕留めた。
残りの奴も同じようにしてキルし一隊目の迎撃は成功した。二回目も、そして三回目もうまくいった。だが、四回目を倒し切ったところでいきなり門が閉じられてしまった。
想定してなかったことがいきなり起こり、三人がそれぞれの場所で固まった。何が起こったのだと、確かめるべく俺は門のそばへ向かう。門の手前まで来ても、中の音は聞こえなかった。
実乃莉と淳も困惑した表情で俺に近づいてくる。実乃莉は俺に声をかけた。
「もう、おしまいなの?」
「いや、まだ中にいるはずだ」
壁の内側にいるはずのゴブリンは俺たちに気配すら感じさせない。どうなっているのだろうかと俺はクエスト進行度を確認した。
まだ、半分を超えたところで終了してはいない。
「中に入る方法はないのかよ?」
と、淳が尋ねた。しかし、残念なことに、村の中へ入れる箇所はここしかない。俺は淳にそのことを伝えた。すると、淳は、さらに深く考え込んでしまった。
しばらく門の前で待機していると壁の中から地響きがし始めた。
ズンズンと音をたて地面が揺れ動く。中にいるのは巨大なモンスターだとすぐに察しがついた。その足音はこちらにゆっくりと近づき、やがて門の向こう側でピタリと止まった。
「ボアアアアアア!!」
という轟と共に破壊音が響く。それと同時に扉が粉々に砕け散り、俺たちを目掛けて破片が飛びかかってきた。
反射的に俺は腕を顔の前で交差させ、身を屈めた。急所をガードする姿勢だ。肘や脚を尖った破片が切り裂いていく。やがてそれらの飛散が収まり、俺は門のほうへ目を向けた。扉があった所は煙が立ち込め、中から人の倍以上はある巨体の影が現れた。
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