第9話 白装束の襲撃者2
索敵隊の代わりに出てきたのは、巨大なゴブリンだった。呼吸をするたびにまるで狼が警戒するかのように喉を鳴らし、虫を見るような眼で俺たちを見下ろしている。
推定5メートルくらいの巨躯の手には人の体よりも一回り大きい棍棒が握られ、腰には茶色い毛皮が巻かれていた。
俺はネームタグを確認した。ボスゴブリン。名前からして、ここの長だろう。
——さて、どう戦うべきか……?
ボスモンスターはどれも巨大だ。今のうちに淳と実乃莉に慣れてもらったほうがいいだろう。
幸、レベル差は大して大きくない。俺たちが今26LVで、向こうは30L V。練習には丁度良いレベルだ。
俺は武器を弓から剣に切り替え二人に声をかけた。
「ボス戦に慣れる良い機会だ。二人とも構えて」
二人の返事は返ってこなかった。不思議に思い、俺は二人の方を見やる。二人の顔は石のように硬直し、肌から血の気が失せ、青ざめていた。
そう、二人は圧倒されていたのだ。自分の倍以上ある巨体から発せられる殺気と自分が非力だと感じざるをえない巨大な棍棒に……。
ボスゴブリンは棍棒を大きく振りかぶった。それと同時に
「うわあああああ!!」
と実乃莉と淳は絶叫し背を向けて逃げ出してしまった。
「お……おい、敵前逃亡かよ……」
そうこうしてる間に棍棒が振り下ろされる。俺は一撃だけ弾き返し、二人を追った。
疾風の如く二人は逃走し、村から1キロメートル以上離れたところで、ようやく後ろを振り返り、立ち止まった。
仮想世界での走る速度は現実と同じで、どこまで没入できるかによって決まってしまう。
要するに、背後から脅威を感じ、逃げることに必死な二人と、ただそれを追いかける俺とでは雲泥の差ができてしまうということだ。
そのシステムのせいで、俺は二人と百メートルほど離されてしまい、十秒ほど遅れてなんとか合流した。
「二人とも、逃げるのはないでしょ……」
「だってよー。あんなデカいの戦ったことないしよ—」
「言い訳はいい。さっさと戻って片付けるぞ」
「やっぱ戦わないとダメか?」
「当たり前だ……。あれぐらいのモンスター、この先いくらでも出てくるぞ」
区画ボスはあれと同じぐらいの大きさであり、更に言うとラスボスはもっと巨大な十メートルクラスだ。
「そもそもなんで対人戦の予選会なのに巨大モンスターと戦わないといけないんだよ」
「証明されたからだ。巨大なモンスターと戦える奴が対人戦も上手く戦えるって。巨大モンスターとの戦闘は攻撃もガードも高い精度が求められるからな……」
もちろん、対人戦には対人専用のスキルがあるが、それ以前に要求される攻撃やガードの精度は戦う相手がモンスターであろうが人であろうが関係ない。
「それと、どれだけ恐怖心を抑えられるかも影響する。巨大モンスターはそれを測るのにうってつけなんだよ」
「じゃあ、聞くけど、お前、俺と実乃莉にあいつと戦う能力がないってわかった場合、どうする気だったんだ?」
「抜けてもらうか、サポートに回ってもらうか……、そのどちらか……」
「なるほどな」
淳はそれ以上何か聞いてくることはなかった。俺は二人を引き連れて、村へ戻った。
戻る途中、俺は巨大な敵と戦う時の注意点を二人に伝えた。それは、攻撃を受け止める場合、絶対にその武器の真下に入って受け止めること。そうすれば必ず、攻撃は止められる。
パワーゲージが圧倒的に高い攻撃を受け切ることができる理由は定かでないが、おそらく最終的に対人戦をすることが目的だからだろう。
本線で求められるのは攻撃とガードの精度であり、精度が高ければそれだけ、筋力の差分を埋めてくれる。
だが、中途半端に攻撃を止めようとすれば、止められずに致命的なダメージを喰らうことになってしまう。
そうならないために、受けるか避けるかの判断は瞬時かつ的確にできるようになっておかなければいけない。
そして、二人が抱えている問題点はそれだけではない。二人は巨大なモンスターと戦ったことがないのだ。それは今まで避けてきたというよりもゲームに登場しないということの影響が大きい。
いくら現実世界の体への影響がないとわかっていても、やはり巨大モンスターを目の前にすると恐怖を感じてしまう。
どんなにその攻撃が、偽物だとわかっていても、誰だって体がバラバラになったり、潰されたりするような感覚を体験したいとは思わないのだ。
だからこそ、あくまで遊びであり、娯楽であるゲームはこういった恐怖点を排除する傾向にある。
しかし、これはゲームではない。参加者の多くが人生を賭けて戦っている。二人にそれだけの動機があるなら、その恐怖に打ち勝たなければいけない。
村に戻るとボスゴブリンはまだ村の外にいた。その巨体がこちらに気づき、のっさのっさと動き近づいてくる。
「いいか、二人とも最初は避けるだけでいい。相手の攻撃をよく見ろ。攻撃を受け止めるのも反撃をするのもなれてきてからでいい」
二人は返事をし、剣を鞘から引き抜く。二人はボスゴブリンと対峙した。
二人がボスゴブリンの攻撃を避ける中、俺はサポートに回った。避け方が甘かったり、受けが甘かった場合にのみ助力をする。
戦闘が開始してしばらくすると、村からゴブリンが出てきた。ナタ持ちが四体。
(妨害しにきたか……)
距離が離れていたために、俺は弓矢で倒せばいいと思った。弓を構え、ゴブリンに向けて矢を放つ。矢は先頭にいたゴブリンの頭に命中し、そいつの体は崩れ落ちた。
しかし、後ろには身を潜めたボウガン持ちが待機していた。一斉にナタ持ちのゴブリンが退き、後ろから計四体のボウガン持ちが姿を現す。そして、矢を掃射する体制にはいった。照準は淳の方を向いている。
弓から剣に切り替える時間はない。俺は咄嗟の判断で射線に入り込んだ。ゴブリンの矢が腕や背中に刺さり、痺れる不快感が疾る。
ゴブリンはそれなりに知恵が働くようだった。
プレイヤーはその攻撃を受けると必ず怯みが発生し、一瞬ではあるが体が硬直してしまう。そこへボスが攻撃するという連携をとっているのだ。
そして、最初のナタ持ちも俺に武器を剣から弓に切り替えさせるための囮。まんまと嵌められてしまった。
更にボウガン持ちのゴブリンは村の中から出てきては、どんどん増えていき、妨害は激しさを増していった。
俺は二人の盾になりながらも、ボウガン持ちに矢を放ち続けた。
やがて、二人に向いていた全ターゲットが俺に切り替わる。
ターゲットが俺に集中したのなら剣で矢を弾きながら近づき攻撃した方が良い。
そう判断した俺は一気に距離を詰めた。
「ギェヘヘ」
「…………!」
今笑ったのか……? いや、確かにゴブリンは笑った。
後ろから草が擦れる音が聞こえる。
その笑いを合図に淳と実乃莉の近く……、茂みの中から剣を持ったゴブリンが数体、姿を現したのだ。
——しまった!!
一度だけでなく、二度も欺かれた……。俺の頭はパニック状態になった。
意味がわからない。こいつらを操作しているのは、たかがゲームに出てくるモンスターと同性能のA I。ここまで連携して動けるはずがなかった。
剣を持ったゴブリンは二人に近づき、軽く小突く。僅かに時間差をつけボスゴブリンが棍棒を薙ぎった。怯んで硬直した二人に巨大な棍棒が襲い掛かる。
俺はボウガン持ちが矢を装填している隙を見計らい、投げナイフをボスゴブリンの目に向けて投擲した。
ナイフはボスゴブリンの右目に命中し、攻撃はキャンセルされる。それと同時にボスゴブリンは怒りを顕にし、絶叫した。
「ボォアアアアアア!!」
ターゲットが俺に移り、ボスゴブリンは巨大な足音を鳴らし、こちらに向かってくる。
「先に剣持ちを倒せ!!」
俺は二人に指示を飛ばし走り出した。道から逸れ茂みの中へ入り込み、躊躇なく振り回される棍棒を避けつつも、ボスゴブリンをボウガン持ちから遠ざける。
矢の掃射はボスゴブリンを盾にすることで防いだ。途中見えない石や凹凸で足を取られたが、なんとか持ち堪え移動し続ける。
ボスゴブリンをボウガン持ちから十分に引き剥がせたところで俺は進路を切り替える。
ボウガン持ちに向かって走り、一気に距離を詰めた。その間にもやは掃射される。
飛んくる矢、全てを払い除ける余裕はなかった。急所に当たるものだけをはたき落とし、他は無視をする。
俺はボウガン持ちに近づいたところで、剣を振り払った。剣はゴブリンの脇から入り、まるで水を切るかのように反対側へと抜けていった。
ゴブリンの胴体、胸から上が消し飛び、黒い血のような液体が噴き出す。
俺は更に剣の動きを止めることなく、もう一体に頭上から剣を振り下ろした。瞬きする間も無く目の前の緑体は左右に分断される。
——ボウガン持ちは残り六体。
だが、ボスゴブリンも距離を詰めてきている。幸いなことに形成を崩したおかげでボウガン持ちは散らばっていた。
これなら移動しながらでも斬れる。俺は巨大な棍棒を避けつつ、残りのボウガン持ちを切っていった。
目に付くゴブリンを全て倒し、ボスゴブリンと間合いを取りながら周りを確認する。
——もう、いないか……。
これで、ようやくボスゴブリンに集中できる。剣持ちを倒した淳と実乃莉がこちらへ向かってきた。
「実乃莉、後ろから思いっきり切り込め!」
「わかった!」
こちらに向かって走ってくる実乃莉は肘を後ろに引き、強烈な突きをボスゴブリンの腰に放った。攻撃をした後、すぐに対峙できるように体制を整える。
ターゲットは実乃莉に移り、ボスゴブリンは棍棒を振りかざした。だが、その攻撃は実乃莉に通用しなかった。
実乃莉は頭上から振り下ろされる棍棒を的確に弾き飛ばし、次いでカウンターを入れる。実乃莉は俺が理想とする動きを完璧に再現して見せたのだ。
(これで実乃莉は十分に戦える。次は淳……)
「淳も実乃莉みたいにやってみろ」
淳は剣を上段に構え、ボスゴブリンの背中に切り掛かった。だが、明らかに動きにキレがない。その動作には迷いが見えた。
ボスゴブリンが振り向き、淳を見下ろす。
「ボォアアアア!!」
ボスゴブリンは先ほどよりも威勢が落ちた威嚇をした。だが、その声にも淳は身を震わす。淳の膝が曲がり、足が小刻みに震えだす。
ボスゴブリンは棍棒を振り上げ、淳の真上から振り下ろした。淳は避けるかガードするか迷った様子だった。そして一拍、判断を遅らせて剣を真上に構える。
「駄目だ! かわせ!!」
巨大な棍棒は淳の中途半端に構えられた剣では止められない。
攻撃を受けた瞬間、案の定、淳はバランスを崩し、片膝が地面についた。
棍棒は更に淳を強く地面に押さえつける。
俺は真横から棍棒に突きを放った。棍棒が淳の剣からずれ、地面にずんと落ちる。
俺はそのままボスゴブリンの腕を伝って肩までいき首を側面から深く斬りつけた。
黒い鮮血が吹き出し、ボスゴブリンは傷口を両手で抑える。
——これで大きな隙が生まれた。
俺はボスゴブリンの正面から奴の懐に入り、心臓に向かって剣を突き刺した。滑らかに剣が入っていき、その直後、ゴムのような弾力のある感触が剣を介して伝わってきた。
ボスゴブリンの心臓だ。
そのまま剣を押し込む。心臓が破裂したのか手にかかっていた抵抗が一気になくなり、俺は剣身が全て、肉に隠れるまで押し込んだ。
急所を破壊されたボスゴブリンは人形のように硬直し、俺が剣を引き抜くため、足で体を蹴るとその反動で後ろへ倒れた。
俺は剣に付いた黒い液体を振り払い鞘へとしまい、無造作に立ち尽くす淳に言い放った。
「淳……。お前には降りてもらうよ」
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