第10話 白装束の襲撃者3

 今日のログイン時間は既に二時間を超えていた。今日の攻略に使える時間は残り半分もない。


 未だに第一区画を突破できていないことは俺にとって不安材料でしかなかった。

「淳……、選んでくれ。今直ぐパーティから抜けるか、アイテム、経験値収集に徹するか」


 もう、淳にチャンスを与える時間は残されていない。ここからどう巻き返すか……、攻略のペースを上げるために、淳には本線への出場をあきらめてもらう必要があった。


 だが、そんな俺の意向に納得できなかったのか実乃莉が声を上げた。


「流石に優人くん……ここで見切りをつけるのはまだ早いんじゃない。後々になって戦えるようになるかもしれないじゃん」

「実乃莉……。本選に行けるのは十六人だ。残っている二万人のうち、たったの十六人。そもそも三人で出ようっていうのが無理な話なんだよ」


「でも、あなたの力量なら連れて行くことも可能なんじゃないの?」


「素質があればな。でも、今のところこいつにそんな素質なんてない。こいつは恐怖に真っ向から立ち向かわなかった。その程度の動機しかないんだろう」


「ちょっと、優人くん。いくらなんでも言って良い事と悪い事が……」


 実乃莉の気張った声を淳が遮った。


「実乃莉……、いいんだ。事実だから」

 淳は俺を見て続ける。

「お前の言う通りだ。俺には本選に行く動機なんてない」


「じゃあ、なんでエントリーしたんだ?」

「お前ともう一度、友達をやり直すためだ」

「はあ……?」


「だーかーらー、お前と交遊するためだ。二度も言わせんな」

 つまり、淳はもう既に目的を達成したという事なのか……。


 時間があるときに仮想世界で俺と一緒に遊ぶ。そんな幼少期の関係をもう一度作り直すこと。それがこいつの目的……。


「それでお前はこれからどうするんだ?」

 俺は淳に問いかけた。その問いに淳は淡々と答える。


「もちろん、お前らの足を引っ張るつもりはない。雑用でもなんでも、やってやるよ」

「じゃあ、街に戻ったら周辺のフィールドで、薬草と経験値集めを頼む」

「了解した」


 と、意気揚々に返事をする淳。俺にはこいつが何をしたいのか本格的にわからなかくなった。


 俺たちは村を出発した。行きと同じ道を通って街まで急ぐ。しかしその途中で不穏な気配を感じ俺は足を止めた。


「ん……、 どうした?」

 後ろを歩いていた二人も足を止める。


「何かが近づいてくる」

「おいおい、昨日のあれじゃあないよな」

 冗談混じりの笑みを浮かべ淳が呟く。


 俺は耳を澄ました。接近する足音は多数。足音のリズムはモンスターのものではない。人のものだ。


 誰もいないのに視線を感じる嫌な感覚が徐々に強くなっていく。森の木立の中から殺気のようなものまで感じ始めた。


「なあ、なんなんだよ!」

 淳が周りを警戒しつつも恐怖の感情を俺にぶつける。


「二人とも……、全力で走れ」

「はあ……?」

「いいから早く!!」

 俺は二人の背中を叩いて走るように促した。すると二人は素直に走り出す。俺はアイテム欄から発煙筒を出し、着火する。


 目眩し程度にしかならないが無いよりはましだろう。俺は発煙筒を地面に捨て二人を追った。


 近づいてくるやつがモンスターならまだ良かった。だが、接近してくるやつは複数人のプレイヤー。今、殺気をまとって近づいてくる奴はP Kプレイヤーしかいない。


 発煙筒の煙が広がり、中から女の声が聞こえてくる。その声は何か冷徹さを感じさせる冷ややかな声だった。


「くっそ! 勘付かれた。街の方だ! お前ら追え!!」


 甲高い女の声が響きわたり、煙の中から数人のプレイヤーが姿を現す。振り向き視界の端で捉えたその姿は白装束に身を包んだ人だった。

 

 白い着物を思わせる服に、大きなフードの白いローブ、こちらに向かって走るその姿はやけに妙だった。とても人が操っているとは思えない無機質さを感じる。


「西条優人、止まれ。我々に攻撃の意思はない」


 そんな、声が後ろから聞こえた。嘘だろうと思い、走り続けた。だがその後、ガシャんという音が後方から響く。


 俺は気になり走りながら後ろを振り向いた。なんと、白装束の全員が、剣を鞘ごと捨てていたのだ。


「武器は捨てたぞ。止まって話を聞いてくれないか」

 移動速度は奴らの方が速い。街まで逃げ切ることは難しかった。


——このまま走っても捕まるだけか……。


 俺は走る速度を緩めた。音で感じ取ったのか、前を走る二人も走るのを止める。


 立ち止まり後ろ振り向くと、白装束の連中も数歩離れた位置で止まった。


 警戒させないための立ち回りなのだろうが、気を許すわけにはいかない。こいつらはそもそもプレイヤーかどうかすら怪しい。剣を鞘から引き抜き、俺はいつでも動けるように構えた。  


 冷静に見ると俺はそいつら全員の体型が背が低く小柄なことに気がついた。


(全員が女か……。それともたまたま……)


 なぜか、こいつらは全員、目を大きなフードの影に隠している。それがさらに不気味さを助長していた。


「西条優人。まずは止まってくれたことに感謝する。私はフィオネス。コイツらを従えている者だ」


 そう淡々と言う女の剣帯は金色に近い色をしていた。他のやつは全員赤色の帯。この女が言うようにコイツらには階級があるのか……。

 赤帯が下っ端。金帯が幹部か何か……。


「要件はなんだ?」

 刑事ドラマではあるまいし、答えてくれるとは思っていない。だが、予想に反してフィオネスは口を開く。


「要件は一つだけ。私達の邪魔をしないで欲しい。従ってくれるなら私達はあなた達に危害を加えないわ。ただし……」


 フィオネスの声音が一層冷たさを増す。


「私達の邪魔をするなら、それ相応の苦痛を与える。だって私達は世直しをしようとしているだけなのだから。その妨害行為に対しては相当の報いを受けさせるのは当然よね」


「何を言っている?」


 フィオネスは一度呆れたようにため息を漏らし、続けた。


「いくら高校生のあなたでも、世の中、ろくでもなくて捻じ曲がっているのは知っているわよね?」


「ああ、知っている」

「だったら、あなたはわかっているはずよ。誰かが正さなきゃいけないことを……」


「具体的に何をするつもりだ?」

「それは言えないわ。でも、あなたが協力してくれるっていうなら教えてあげる」


 世直しという言葉に魅力を感じないわけではない。しかし、G Cと世直し。この二つに全くの関連性がないように思える。

 いったいコイツらは何をしようとしているんだ。ただ妨害したいだけなのか……。


 それ以前に、コイツらは家業を邪魔する敵であることに変わりはない。


「悪いが、お前らが運営の邪魔をするなら、俺はそれを止めなきゃいけない。俺はお前らの思うようには動かないよ」


 それを聞いたフィオネスは嘲笑うかのように言った。


「それは残念。無知とは可哀想なものね。私達が何をできるのか知らないからそうやって強気に出てしまう。私達はね、お願いをしているわけではないの。命令しているのよ。


 私達はポータルチェアをハックして操作することができる。痛覚遮断システムを解除して苦痛を与えることだってできるわ。


 さて……、一番効果的なのは何かしらね。過去の嫌な記憶でも掘り返しましょうか……。それとも一番苦しい死に方を体感してもらいましょうか」


 フィオネスがフードをめくり上げ、隠れていた目を露わにする。青い瞳の大きな眼。


 他の奴も同じようにフードを捲った。その青い目は強い光を放ち、俺は一瞬にして視界を奪われた。


 強い光で眩む視界が落ち着くと、そこは暗闇の中だった。高々と響く女の笑い声。その声の主が俺にささやく。


「安心してね。命までは取らない。ほんのちょっと調教するだけよ」


 その声が止んだ瞬間、心臓が締め付けられる強い痛みに襲われた。今まで経験したことのない痛みだった。

 破裂するのではないかと言わんばかりにぎゅうっと強く締め付けられる。激痛と共に、全身が脈打ち、暑くなりだした。

 立っていられず、俺は膝を地面につけ、そのまま四つん這いになる。


 苦しさのあまり胸を手で抑えつけるも、どうにもならない。やがて、警告音が鳴り響き、全ての感覚が途絶えた。

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