第16話 近づく影 ②
毎年のことだが、このダンジョンは手の感覚が麻痺するほどに寒い。奥に良い武器があるとはいえ、このダンジョンの攻略は毎回億劫になる。
——外より10度低い温度設定はなんとかならないものなのか……。
洞窟内は狭いと言っても天井までの高さはそれなりにある。足音が岩壁に反響し、何十にも重なって響いていた。
そして後ろから一定の距離を保ってついてくる足音が一人分。足音の主は近すぎず遠すぎず、ランタンの照明が届かないギリギリのところを歩いている。
たまに開けた場所に出てモンスターと戦う羽目になっても、そいつは背後から見ているだけで、戦闘に加わることはなかった。
俺はそのまま奥へと侵攻し、ダンジョンの最深部に到着する。
そこのモンスターを全て倒し切ってもそいつは姿を現さなかった。
どういうつもりなのかはわからないが、あまり良い趣味はしていないらしい。
攻略の報酬である武器の入ったボックスは部屋の隅に全部で四つ設置されている。
そのうちの一つを俺は蹴った。すると蓋が勢いよく開き、アイテム欄に一つの武器が自動で格納された。
バスターソードだ。両手でも片手でも使用可能な使い勝手のいい剣だ。そして、俺は二つ目三つ目と宝箱を蹴った。二つ目に入っていたのはレイピア。これは実乃莉が欲しがっていたもの。三つ目は短剣だ。これは他のプレイヤーに取られないように回収し、ショップで【コル】にする。
ここで手に入る武器はどれも第二区画で手に入る武器のなかで最もレア度の高いAクラスであり、他のプレイヤーに渡らないようにするのが常識だ。
そして、最後の四つ目は槍。これは後ろにいるやつのメインウェポン。
「そろそろ出てきても良いんじゃないか。竜崎」
暗闇に隠れていた人影が姿を表す。長い毛髪をたくしあげた屈強で大柄な男が姿を現した。その手には長槍が握られている。彫りが深い顔に整った顎髭、一つ一つ隆起した筋肉を
「バレてたか。さすがだな西条」
西条? あいつは俺のことをいつも下の名前でよんでいる。たまたまなのか……。
「いやー、それにしてもここのダンジョンは毎年寒いね」
と言いながら、剥き出しになった筋肉隆々の腕をさする。
——様子がおかしいな……。
俺は目の前にいる大男に違和感を感じ、慎重にアバターを確認した。
姿、それに声もあいつのものだ。しかし、仕草や言葉遣いが妙だ。それにこいつがこんな洞窟に長槍なんて装備してくるだろうか……。
いや。こんな閉鎖的空間であんな長い武器を振り回そうなんて考える馬鹿ではない。こいつは偽物だ。
「お前、誰だ!」
「おいおい、戦友のことを忘れちまったのか? 俺だよ、俺。竜……ぼぁ!?」
いきなり、偽物と思しき竜崎の胸から剣身が飛び出てきた。その剣身が傷口に引っ込んでいき、倒れる巨漢の後ろから全く同じ見た目の男が顔を出す。
「おう、優人。久しぶりだな」
「竜崎……本物だよな?」
「ああ、本物だ」
「全く、タイミングが良いもんだな。偽物を本物が倒すなんて……。いきなり本人に倒されるこいつの身にもなってみろよ」
「だけど、そのおかげで、一つ謎が解明されただろ。見ろよ」
倒れたままの竜崎の偽アバター。それは消滅することもなく徐々に姿を変えていく。まるで体内が泡立っているかのようにボコボコと変形しながら、姿形が白装束の女に変わった。
「こいつ……」
「ああ、こいつらはアバターをコピーしてP Kをしていたんだよ。だからプレイヤーが運営側から確認されないのに、被害者はプレイヤーに襲われたなんて言う不可解な事態になったんだ」
俺は徐々に消えていく、アバターをまじまじと見ながら、呟いた。
「ハッキング能力に加えアバターのコピーか……。だとすると諜報員として使うつもりなのか?」
「確かに……。それならあり得るかもな。今や仮想世界で首脳会議をやる時代だ。国の諜報員として潜らせることもあるかもしれないな」
竜崎は残されたボックスを蹴り、中のアイテムを確認する。
「ありがとよ、残しておいてくれて」
目当ての武器を手に入れた俺と竜崎は来た道を戻り洞窟から外へ出た。
街へ戻る途中、俺は今まで気になっていたことを口する。
「なあ、竜崎」
「なんだ?」
「仮に襲撃者が実験目的で導入されているとしたら、お前はどこで観察すると思う?」
「そりゃ、ちゃんと動いているかどうか、間近で見るだろうよ、…………! ああ、そういうことか……」
「普通、自分の目で確認するよな。だとするなら、もしかするとどこかにいるのかも知れない。残り一万人の中に」
「でも、そんな数から探しだすのは無理だろ」
「まあ、いずれ絞られてくるんじゃないのか」
竜崎がいきなり肩に抱えていた槍を構えた。
「どうした?」
そう言ったが、俺はすぐに理由を理解した。鼻をつく匂いが鼻腔を刺激する。アンモニア臭だ。
この匂いを発するモンスターは第二区画エリア指定ボス『アルノルディ』しかいない。
木の影から気色の悪い植物型モンスターが姿を表した。巨大なツルが何本も束ねられた胴体、その上には
胴体のツルの隙間から巨大な目玉が一つ。こちらをまじまじと凝視する。この目がこいつの弱点でもある。
こいつの攻撃力は桁違いだが、幸い移動速度は遅く、攻撃さえ避けて急所を破壊すれば簡単に倒すことができてしまう。いわば経験値稼ぎ用のモンスターだ。
最初は余裕で倒せると思っていた。だが、やけに匂いが強く、普通の状態ではないことに気がついた。
(いるのはこいつだけじゃない)
ジリジリと近づいてくる気色の悪い植物型モンスターの背後からもう一体アルノルディが姿を表した。その後ろからさらにもう一体。合計三体のアルノルディが辺りに出現した。
有り得ないはずだった。エリア指定ボスは一区画一体までしか出現しない。また運営はシステムを書き換えられたとでも言うのか……。
俺と竜崎はアルノルディに正面から突っ込んだ。左右こまめに進路を変えつつ、地面からの触手攻撃に当たらないようにした。
下からくる触手は跳んでよけ、上からくる触手は切り飛ばして攻撃を防ぐ。攻撃の間合いに入り、それぞれが目の前にいるアルノルディの眼球に攻撃した。二体のアルノルディは呆気なく倒された。
しかし、俺の前にいた奴が姿を消した瞬間、影に隠れていた触手が俺の足を掴んだ。
足を取られ俺は仰向けに転ばされる。そのまま他の触手にもう片方の足を掴まれ、俺は逆さまで宙吊りになった。
「優人。待ってろ。いますぐ助けてやる」
その声音は焦りや正義感よりも喜びが優っていた。こいつは経験値を多く稼げることが嬉しいのだろう。
少し離れたところで鎮座するあるノルディーの方へ真っ先に向かっていく。
「竜崎、いい」
俺はバスターソードを逆手に持ちアルノルディの眼球を目掛けて投げ打った。それと同時に竜崎が反応を示す。
「はあ……!? うおあぶねえ!!」
投げ打ったバスターソードは振り向きかけた竜崎の頬をかすめ、アルノルディの眼球を貫いた。臭い蒸気を発しながらアルノルディは消滅していく。
俺はというと空中で反転した状態からくるりと回転し、綺麗に足から着地した。
「悪いな。俺は経験値が足りてないんだ」
竜崎は呆れたように肩をすくめ、ため息をついた。俺の剣を拾い上げ、
「ほらよ」
と言い足元に放った。
地面に落ちたその剣を俺は拾い上げる。ずっしりとした重たい感触、上位クラスの証をしっかりと握りしめた。
「じゃあ、報告はおまえに任せる。俺はちょっくら捜索に行ってくるわ」
「捜索って、どこを?」
「第二区画全体だ。仮に襲撃者の設計者が観察するならどこかに拠点を設けているかもしれねえからな」
「待て、参考までに聞くが……どうやって探そうって言うんだ?」
「フィールド中を走り回る」
「今どきそんな……脳筋的な捜索するか?」
「まあ、マップに映らない奴らを追い詰めるにはこれが一番確実だろ。何かわかったら連絡するわ」
そう言い残し、竜崎の姿は森の中へと消えていった。
***
空調機が空気を吐き出す音、指先がキーボードを叩く音が作業に集中するためのB G Mになったのはもう何年も前のことだ。
久保はいつものように黒い背景に記された英数字の羅列と睨めっこをしていた。
既に何時間も眺めているせいで目がしょぼついた。
一つ一つの文字列にミスがないかをファイルの上から下まで確認し、それを延々と繰り返す。プログラムの書き換えがないか、今日だけで三回は見直した。
そのおかげか流石に膨大な量のデータであってもミスが一つも見つからない。
——ピロロロロ——
と、Yシャツの胸ポケットにしまっておいた仕事用の携帯電話が着信音を鳴らす。
「おーい、電話だぞ」
木戸倉が呟いた。いつものことだ。
(コードと睨めっこしている時は集中力を割くからあまり中断したくはないのに……)
今、画面に表示されている文字列を下まで確認し、胸ポケットから携帯電話を取り出す。
サブディスプレイには西条優人の文字が。久保は二つ折りの端末を開き、赤い受話器のマークがついたボタンを押した。
「もしもし、優人くん、何か新しいことでもわかったの?」
『あ……、うん、まあそうなんだけど、エリア指定ボスが同時に三体出たんだ』
それを聞いた途端、久保は落胆した。もうすでにこの手の報告は何十件と届いている。そしてその度にシステムを修正しているのだ。
『それと、白装束の連中が他のアバターをコピーして接触してきた。奴らはもしかすると仮想世界でスパイ活動をしようとしているのかもしれない』
「わかった。ありがとう。またなにかわかったら知らせてくれ」
そう言い、通話を切った。
「どうした?」
「また、例のボスモンスターの報告が入りました」
木戸倉はひどく落胆した様子で「またか……」と言った。
「それと、襲撃者にアバターをコピーする能力があることがわかりました。優人くんは諜報員として使おうとしてるんじゃないかって……」
「諜報員か……なくはないな」
久保は確認作業に戻った。
「また修正か」
「はい。もういやになりますよ。最後に修正したのが昨日なんですから」
なぜか、『幻想世界』のシステムを構成するコードはいくら修正してもいつの間にか書き換えられている。だが、それ以上に頭を悩ますことがあった。
警察に捜査してもらったが、どこからもハッキングされた痕跡が見つからなかったのだ。更にいうと社内の人間にも不可能だということがわかってしまった。
久保は昨日、最後に会社を退社した。退社する直前まで『幻想世界』のシステムに不備がないか確認作業を行い、正常だったのを確認した。
G C運営に関わる部屋は全てロックをし、誰も入れないようにしておいた。
そして今朝一番に出社をして、システムコードを確認してみるとその時点で既にコードが書き換えられていたのだ。
つまり、社外、社内の人物に拘らず、関与できる人物が自分しかいないということになる。もう訳がわからなかった。
いっそのこと隣にいる天才上司に全てを投げ出したい。
とはいっても、その天才上司は何か別のシステムを作り上げているようでとても引き受けてくれそうな雰囲気ではなかった。
「いま、何を創っているんですか?」
「N P Cを除く中立アバターを削除するシステム。これで多分、襲撃者を消せると思うぞ」
「うまくいけば良いですが……」
久保はファイルを保存しUSBメモリーにデータをコピーした。
「じゃあ、僕はこのファイルを同機させてくるんで」
『幻想世界』を構成するデータファイルは莫大すぎるが故に、超がつくほどハイスペックなスーパーコンピューターによって読み取られる。
久保が今修正したデータはそのうちの1%にも満たないものだった。
その僅かなデータが集中的に書き換えられる理由を久保は知る由もない……。
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