第12話 優人と木戸倉
数分もしないうちに四角錐型の建物が見えてきた。V R Pの本社だ。
その全面ガラス張りのピラミッド状の建物は空の色を反射して青く輝いている。
高さはビル十階分に相当し、周りの建物とは異質な雰囲気を漂わせている。
車は裏に設けられている社員用の駐車場に止った。車を降りて、裏手口から中へ入る。
一階はロビーになっている。中心部付近は建物の天辺まで吹き抜けになっており、遮光ガラスから入り込む陽光がその空間を優しく照らしていた。
俺は母さんの後をついて歩いた。建物の中心にそびえるガラス張りのエレベーターに乗り込む。
「四〇六号室。わかるわよね。そこで待ってて」
俺は四階で降り、母さんはそのまま上の階へ行った。
エレベーターを降りるとそこは踊り場になっており、そこから四方向へ渡り廊下が伸びている。どの廊下も奥へと続き、両サイドに部屋が並ぶ。
俺は言われた通り四◯六号室に入った。
この部屋は、中心にロングテーブルが複数並べられ、十人以下の話し合いに使われる簡素な会議室になっている。
俺は適当な椅子に座り、少しの時間待ていると扉が開き、木戸倉と久保が入ってきた。
木戸倉は俺の向かいの席に座り、久保はその隣に座った。木戸倉は髪を白く染め上げ、その外見からは本人も認めるヤンチャさが見て取れた。しかし、その表情は積み上げた実績からくるものなのか貫禄を感じさせる。
一方、久保は普段は温厚そうな顔をしているのだが、今日はいかにも怠そうに目の下にクマを浮かび上がらせていた。これも昨日から対応に追われているせいなのだろう。口の前に手をかざし大
「優人、久しぶりだな」
「木戸倉さん、久しぶり」
「……さん、はやめてくれ、……さんは」
「先輩、無理もないですよ、4年も会ってないんですから」
他愛もない会話は置いておいて、俺は目の前にいる二人に今日起こったことを説明した。
俺の説明を聞き終え、木戸倉が唸るように言った。
「なるほど……なんとなくわかった」
メモをとりながら久保が俺に質問をする。
「それで、優人くんはその白装束の人達がなんだと思っているの?」
「よくわからないけど、人ではない感じがする」
「つまり、A Iか……。前にボトムアップ型A I——人の脳に似せた人工知能。一般的なものと違い知性を持つ——と一緒にいたことがあっただろ、そいつとはどうなんだ」
「風香のことを言っているのか? 少し違うと思う。もっと無機質で不気味だった」
風香は引きこもりになってから交遊したボトムアップ型A Iだ。
ファンタシアオンラインで俺はその人から剣を教わり、一緒に攻略をした、俺にとっては数少ない友達だった。
白装束の連中のほとんどは風香とは異質な存在に思える。何かが違う。似てはいるものの決定的に違う部分があるように思えた。
「ハイブリット型の可能性もあるのか……。でも、どのみち、俺達が許可してないアバターが『幻想世界』に入り込んでいることに変わりはないな。セキュリティーを見直す必要がありそうだ」
その言葉を聞いた久保は一つため息をつき言った。
「明日中になんとかしますよ」
「問題は何処のどいつが、なんの目的でこんなことしているのかだよな」
「今の段階で断定することはできないですよ。情報量があまりにも少ないですからね。とりあえず、警察に連絡して、調査してもらいましょう」
「連絡するのは良いんだけどよ、世直しと仮想世界は関係性がないように思えるんだよな。
仮想世界からできることは限られているし、事件性があると判断してくれるかどうか。警察が介入してくれるか微妙なところだと思うぞ」
それには俺も同意だった。おそらく久保も同じ意見だろう。
さらにいうと、ポータルチェアの日本での普及率は現時点で言えばそこまで高くない。 利用者数はまだ、人口の二割にも満たない。ポータルチェアの値段は一台二十万円とハイスペックP C並の値段がするため、金持ちの娯楽という見方がされている。
それに世直しと聞いただけで、テロリズムとは断定できない。目的が判明するまでは観察を続けた方がよさそうだ)
各々が考える中、久保がある可能性を呟いた。
「軍事用のA I開発のために潜り込ませている可能性はないですか?」
それを聞いた木戸倉はあっさりその可能性を切り捨てる。
「それをするにも余計な機能をつけすぎだろ。それに『幻想世界』じゃなくてガンアクションゲームとか、ミリタリー系の世界でやった方が効率がいい」
もっともな意見だ。兵器用に開発するなら実際に武器の使い方や人の殺し方などを兵隊のように動く人を的にして学ばせる必要がある。
つまり、銃火器の無い『幻想世界』でやるよりも文明が発達した世界、特に戦争を題材にしたゲームでやるのが好ましいと誰でも考えるはずだ。あえて『幻想世界』でやる必要はない。
あらゆることが否定され久保は自信なさげに言った。
「今の所、様子を見るしかなさそうですね」
「様子を見るにしても奴らをあまり刺激しないようにした方がいい。奴らが嫌がらせをしてくるのは変わりないんだ。その辺のことも参加者に知らせないと……」
俺の言葉に木戸倉が付け加える。
「あと、大会を継続するかどうかも考えないとな。まっ、そのへんは明日、会議でゆっくりと話し合えばいいだろ……」
木戸倉が腕時計をチラッと見た。
「よしっ、今日はそんなとこでいいか。優人、お前、飯まだだろう? 下で一緒に食おうぜ」
そういえばと思い俺も時間を確認した。時刻は既に午後一時になろうとしていた。
色々なことが起こって昼食のことなんて頭からすっぽり抜け落ちてしまっていたが、意識した途端、急に空腹を感じるようになった。
当然、今から帰って作るという気力はない。味がいいと聞いていた事もあり、ここの社員食堂で食べていくことにした。
食堂前に辿り着くと、食欲を促すいい匂いが漂っていた。
この辺はチェーン店の勢いに負けて閉店した飲食店が多く、そこで働いていたシェフ達がここの社員食堂で腕を振るっている。
「今日はフランス料理なんだ」
日替わりランチのメニューを見て俺は呟いた。
日替わりランチの枠の中にブイヤベース
——南仏の魚介を使った鍋料理——と記されている。以前から気になっていた料理で食べたい欲が俺の食欲を刺激した。
俺は迷わず食券を購入しカウンター前に並んぶ。
順番が回ってきて、俺は係の人に食券を渡す。少しの間待っているとお盆に乗ったランチセットが渡された。
ブイヤベースの他にサラダにバケットが乗っている。普段、自分で作った拙い料理を食べている俺にとってはご馳走だった。
席に付いて俺はスープを一口含む。魚介の旨味と酸味のあるトマトのスープ——そこに海老の殻の香ばしさが溶け出し、最高の味わいだった。美味いスープにバケットを浸して食べるとこれがすごく美味かった。しばらく食べることに没頭していると木戸倉が口を開く。
「で……? 最近どうなんだ。一緒に攻略しているのお前の彼女か?」
「冗談はよしてくれ。十年間ぼっちだったのにいきなり彼女なんてできるわけないだろ。ただの友達だよ」
「まあ、それもそうだな……。でも、なんで突然?」
「たまたまだよ。偶然知り合ったんだ」
「そうか……。でも、よかったじゃないか」
と言い木戸倉は安堵の笑みを浮かべた。
なんか似たような反応をよく見るなと思った。
俺がなんで引きこもったのか知っている人はみんな疑問に思うことは同じなのだろう。
俺に新しい交友関係ができたことが珍しくて仕方がない。だけどそれはみんなが望んでいたことでもある。
俺にとって木戸倉は父親代わりになってくれた存在の一人だ。
他に今年で五十歳になる藤田という男と母さんとでよく週末は遠出した。
木戸倉と食事をすると、その時の記憶が蘇ってくる。川原でバーベキューしたり、広い公園で一緒にボールを追いかけ回したり、といった幼い記憶が鮮明に頭に広がった。
(俺はこの人たちが望む方向にやっと変わり始めたのか……)
きっと木戸倉も心配してくれていたのだろう……。そう思いつつも俺は木戸倉との久々の会話を楽しんだ。
食事を終え、俺は正面玄関口から本社を出た。門を抜けたところで怒り混じりの実乃莉の声が耳をつく。
「もう遅い!」
何かやってしまったかとここまでの自分の行いを振り返りつつ、彼女の方を向いた。
バスの停留所の屋根が作る日陰で、手をパタパタと仰ぎながら、実乃莉は俺をじろっと睨みつける。
「あのー、なんで待っているの?」
「はあー!? お昼一緒に食べようってメッセージ送ったんだけど!?」
それを聞き、俺はすぐにスマホを確認した。電源ボタンを押しても何も反応しない。
——充電切れだ……。
「ごめん、バッテリー切れてた」
「何それ……。ちゃんと充電しといてよね」
「はい……」
「まあ、怒っても仕方ないし、これから食べに行きましょう」
「いやー、えっと、そのー、大変申し上げにくいんですけど……」
「何?」
「もう昼食べちゃった」
彼女の顔は怒りを通り越して笑顔になった。それを見た俺はゾッ背筋が凍りつく。
「じゃあ、とりあえず一緒に来て。あと奢って」
実乃莉は可愛げに言ったが内心では激怒している。目の内でゆらめく怒りの炎を隠せていない。これは言う通りにしないとまずいなと思い、俺は素直に従うことにした。
「わ……わかったよ。奢ってやるよ……。どこがいいんだ? 昨日のラーメ……」
「ち・が・う!!」
強めの否定が俺の言葉を遮った。
「とにかく付いてきて! もうお腹ぺこぺこなんだから……」
そんなふうに言う実乃莉に俺は媚びるようについて行った。
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