第6話 不穏 

《幻想世界》から《アナザーワールド》へ追い出された俺は、運営に携わる顔見知りの携帯電話に着信を入れた。


『もしもし、優人くん……どうした?』



 通話の相手は久保圭介。アナザーワールドを運営するV R Pの社員の一人でG Cの運営を任されているプロジェクトリーダーだ。


 去年、俺が優勝した事をきっかけに顔見知りになり、それからちょくちょく連絡をとっている。俺は、久保に一連の出来事を知らせた。


『なるほど……つまり、本来そこに出現するはずのないクルーエルプレデターに襲われ、仲間を庇って君が犠牲になった。運営に何か不手際があると報告したのだから、その見返りとして蘇生させてほしいと』


「いや……、そこまで言ってないんですけど……」

『しかしねえ……ルールはルールだからね』


『久保くん、優人から?』

 母さんの声だ。どうやらそばにいるらしい。


『今、社長に変わるよ』


『もしもし、優人。話は聞いたわ。確かにあなたのログを見る限り、こちらに手違いがあるのは明白ね……。それにあのモンスターはあなたの腕なら簡単に倒せるはずだったんだけど……』


『社長……これを』

 社員が何か書類を母さんに見せたのか、紙が捲れる音が聞こえた。携帯電話を離したのか、母さんの声が遠目に聞こえてくる。


『やっぱり、クルーエルプレデターのステータスがいじられているわね。どの数値も異常に高くなってる……。すぐに修正して』


——数値が変えられていた? ということは誰かに書き換えられていたということなのか……。


『聞こえた?』

「聞こえたよ。誰かにプログラムを書き換えられてたんだろ?」


『正解。でも、もっとおかしなことが幻想世界では起こっているわ』


「どんなこと?」

『もう既に一万人がリタイアしたの』


「はっ!? 一万人も? まだ、開始して二時間くらいだろ。いくらなんでもあり得ない」


『そう、普通ならあり得ないわ。さらに不可解なのは、やられた人のほとんどがプレイヤーやモンスターに襲われたわけではないと言うこと……』


 どういうことだ……。全てのプレイヤーとモンスターの位置情報はマップデータとして保存されている。

 それぞれのプレイヤーがどのように死んだのか、その場所と接触したモンスターやプレイヤーを割り出せば必ず特定できるはずだ。


「つまり、ログに残らない原因不明な死に方をしていると?」


『そう……、こっちもマップデータで確認したんだけど、プレイヤーの位置情報がモンスターとか、他のプレイヤーがいない場所でいきなり消えたわ』


「そんなことあり得るのか?」


『普通ならあり得ない。いま、リタイアした人に確認を取っているんだけど、その人たちは口を揃えてプレイヤーに殺られたと言っている。もうこっちも何が起こっているのかさっぱりだわ』


「それで……、俺に調査してほしいと?」

『そういうこと。内部で何が起こっているのか見てきてほしい。あなたが協力してくれるんだったらさっきの戦闘を無かったことにしてあげるわ』


 俺には選択肢はない。ここで右も左も分からない実乃莉と淳を放っておくのは無責任にもほどがある。


「わかった……、協力するよ」

「よかったわ。じゃあ、こっちで何かわかったことがあれば、随時連絡するわね。そっちもわかったことがあったら知らせて。あと、クルーエルプレデターを倒した時の経験値は没収させてもらいますから』


「はあー!? なんで?」

『あなたとエリア指定ボスとの戦闘がなかったことにするのだから当然でしょ。それじゃあよろしくね。あと、女の子には優しくするのよ……』


(余計なお世話だ!)


 と、思っている間に通話は切られた。

 俺は蘇生させてもらえた事と、その簡潔な理由を伝えるメッセージを実乃莉と淳に送信し《アナザーワールド》からログアウトした。

 

 俺は現実世界に戻ってきた。部屋は照明を消していたために真っ暗だった。俺は手探りで肘掛けのボタンを操作し、ポータルチェアの背もたれを起こす。


 スマートフォンを操作して部屋の明かりをつけた。机に置いてある置き型の時計を確認すると、時刻は午後八時半になろうとしている。


——もう、こんな時間か……。


 母さんはさっき通話した時に会社にいた。


 ということは今日もここに帰ってこないだろう。いつものことだ。この家だけでなく、会社付近にもう一つ家を保有している。

 俺が今いる家族で住んでいた家にはほとんど帰ってこない。


 俺の今の家族は母さんだけで、父親もとっくのとうに病死している。つまり、俺はこの家で一人暮らしの状態だ。当然、普段の食事は自分で用意している。


 俺は今日の晩飯をどうするかと考えつつポータルチェアから立ち上がった。そのまま廊下に出て、台所へと向かう。


 食べ物を物色すべく冷蔵庫を開けた。しかし、しばらく買い物に行っていなかったこともあり、中には食べ物がほとんど入ってない。口から深いため息がこぼれ落ちた。

「食べに行くか……」


 俺は家を出たが、特に食べたいものがあるわけでもなかった。マンションに併設されているカフェで食べてもよかったのだが、毎朝行っているため、夕食くらい別の物を食べたい。


(とりあえず、駅に向かおう……。あの辺なら飲食店が多く在る)


 俺は歩きながら街の建物を見回した。

 あちらこちらにビルや高層マンションが立ち並ぶが、その多くが明かりをつけずにただそこに佇んでいる。


(前は結構栄えていたんだけどな。なんでこうなっちゃうかな……)


 この光景を見るたびにそう思う。

 俺が生まれ育った江東区は人の地方流出と共に廃れ、ひどい時は空き部屋の多い高層マンションと廃ビルが立ち並ぶだけの廃れた街になった。


 こうなったのも全部雇用革命の影響だ。


 多くの企業は高機能なAIを事業に投入し、自動化を進めた。それにより、企業は人員を削減し、オフィスの規模は縮小された。効率化重視の社会となった今、企業のオフィスのほとんどが新宿や品川など特定のエリアに集まった。その結果、この辺のオフィスビルは廃ビルとなり、整備もろくにされないまま放置されてしまった。そして街の人口も大幅に減った。

 

 しかし、そのひどい時よりかは、街は立ち直った。


 V R Pが空いている建物をいくつか買い取り学校として運用し始めたかだ。更に空いている建物を学生寮として改装し、多くの学生を呼び込んだ。

 そうした甲斐もありこのエリアは学園都市として再スタートできたのだ。

 しかし、まだまだ廃ビルが目立つ閑散とした状態なのは変わらない。


 さらに今は、夏休み期間ということもあり、街は不気味なほどに静かだ。


 俺は足を止め目の前の建物を見上げた。明かりは一切付いてなく、暗い窓が周りの建物の明かりを反射させるだけの空虚なオフィスビル。


 こういう建物を見ると人の至らなさを見ているようで、残念な気持ちになる。


 現代人を大きく二分すると働く人と働かない人……大体、4対6の割合で分かれている。


 そして働かない人の頼りの綱は国民基本金、つまりベーシックインカムのことだ。


 働かなくても十分に生きていけるだけの額が担保されている。だが、中にはそれだと何もできないと反発する人もいるのだ。


 働かない人には大きく分けて四種類の人間が存在する。まず一つはもともと働かない者。これは高齢者や学生などの若年層が当てはまる。


 二つ目は自分には才能がないと認め、黙って運命を受け入れる者。この人たちは一見無害に見えるが、実際のところ妬み嫉みを持っている場合が多く、働く人を敵視している人も多い。


 三つ目は運命に抗おうと努力する者。これは大学進学を目指す人、あるいはした人に多い。


 そして最後に厄介な、文句だけを言う者だ。こいつらは捻じ曲がった価値観を持っている。まず、自分達は働かなくてもいい存在だと思い込んでいる点だ。


 自分達は与えられることが当たり前で、人に与える有益な事はしなくて当然だと考えている。


 そして働く人を国につかえる奴隷のような存在だと認識している。

 こういった奴らは働いたことのない高校生以下の世代に多い。現に俺の周りにいるのはこう言う奴ばかりだ。


 当然、そいつらのせいで、社会に軋轢が生じている。その中で生きている俺から、働きたいという意欲が湧いてくるはずもなかった。


 社会のために何か役に立ちたいという思いもない。ただ、静かに暮らしたい。田舎で農業でもしながら……。周りには理解者が数人いればいい。そこでひっそりと生きていきたかった。


 しかし、そんな願望が現実になることはない。俺の将来は既に決まってしまっているからだ。


 俺が将来やらないといけないことは、母さんの後を継ぎ、国民のためにベーシックインカムを海外から稼ぐこと。それが変わることはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る