第5話 招かれざる者
俺たちは幻想マップ最南端の街『始まりの街』の中心部に転送された。
眩しくて閉じた目をゆっくり開くと、視界全体に中世ヨーロッパ風の街並みが広がる。
街の路面は石煉瓦が敷き詰められ、木造の建物が軒を連ねていた。着ている服も攻略用に設定した通りの服装に切り替わっている。
予想した通り、中央ゲートから街の外に出ようとする人は多かった。俺たちが群衆の中から抜け出て、西ゲートに走り出した時には、すでに中央ゲートの前には何重もの人の壁が出来上がっていた。
「俺たちを見てついてくる奴もいるかもしれない……急ぐぞ!」
そう二人に言い、走り出した。二人は返事をし、俺についてくる。
西側のゲートをくぐり、草原フィールドに出た俺たちは、目の前にいるリザードマンやら、コボルトといったモンスターを片っ端から倒していった。
そのままモンスターを狩りつつ更に西へ向かう。
草原だったフィールドはいつの間にか森にかわり、俺たちはマップの端の方まで辿り着いた。
転送されてから約二時間、一時も休むことなくモンスターを狩り続けた俺たちの疲労は限界に近く各々が地面にへたり込む。
どさっと腰を下ろし息を上げながら淳は俺に呟いた。
「もうこの辺一帯のモンスターは狩り尽くしたよな?」
俺も地面に座り込み、気だるく返した。
「ああ……、この辺はもういないはず……。上出来だよ。初日でここまでできれば、明日には区画ボスまでいける」
今日の成果を見る限り、二人ともそれなりに腕が立つようだった。
パーティ内で等分配された経験値は予想以上に溜まっていた。
これなら問題のないペースで攻略を進められる。一抹の不安が払拭され俺は安堵した。
「今日はこの後、どうするんですか?」
実乃莉にそう質問され、俺はウィンドウを開き右下に表示されている時計を確認した。時刻はまもなく午後八時になろうとしているところ。
「今日はもう、壱の街へ行って終わろう」
——《幻想世界》では半径1キロメートルほどの円形の街が一つ、それぞれの区画の中心部に配置されている。街の名前はそれぞれの区画の数字をとって【壱の街】、【弐の街】、【参の街】としている——
既にモンスターがほとんど狩り尽くされたことは容易に想像できた。これ以上散策を続けても、あまり収穫はないだろう。それ以前に疲労が限界だ。
ここからは北東方向に進み、取りこぼしを回収しつつ、壱の街を目指す。街についたら明日受けるクエストの準備をして、解散が打倒な流れだ。
俺は二人にそう伝え、移動するために立ち上がった。
二人も続いて立ち上がったが、淳が震えた声を発する。
「おい……、なんだあれ?」
淳が指差す方を俺と実乃莉は凝視した。木立の隙間から何か白銀に輝くものがこちらに近づいてきている。ダンプカーくらいの大きさだ。モンスターとしてはかなりデカい。
「ギュエエエエエ!!」
その恐ろしい鳴き声を聞き三人共、一瞬でビクッと固まった。
木立の中から木を切り倒し、進んでくるその白銀の影が大きくなるにつれて心臓の鼓動が早まる。
恐怖心がどんどん増していく。そのモンスターの正体が何なのか、気づいた時には既に手遅れだった。
「何でこいつがここにいる……?」
モンスターの姿を見た俺は驚愕した。そのモンスターはこの辺りで絶対に見るはずがなく、指定されたエリアから外に出ないはずのモンスターだった。
エリア指定ボス《クルーエルプレデター》。
第一区画最強のモンスターだ。
全体的にカマキリを思わせるシルエットだが、頭部の形はエイリアンのように後頭部が大きく張り出している。紫色の目が顔の側面に三つずつ付き、体全体がシルバー色の甲皮で覆われており、まさにクリーチャーを思わせる見た目だ。
胸には急所である赤い結晶体が剥き出しな状態で付いており、ここ以外に攻撃をしてもダメージが通らない。
倒す方法はただ一つ。急所を強攻撃により、破壊することだけだ。
本来なら遠くから弓で急所を狙撃することで倒すモンスターだが、近接戦だとその戦法は使えない。
そもそも、俺たちはまだ弓を持っていない。しかも、移動速度はプレイヤーのそれとは比べ物にならないくらい速く、近くで接敵した奴は生き残ることができないとまで言われている。
(まずいな……)
俺にとってもこいつとの近接戦は初めてだった。《ファンタジアオンライン》でこれと似たモンスターとは戦ったことがあるが、強さも禍々しさも桁違いだ。
木立の中から完全に姿を表したクルーエルプレデターは牛や馬ですら簡単に両断できそうな巨大な鎌を構え、戦闘体制をとった。
そして、攻撃のモーションが作動する。
呼吸をする間もなく、奴の鎌が一直線に淳へと向かっていった。
淳は異常な妖気と気迫に圧倒され、動けずにいる。
俺は淳を押し退け、迫り来る巨大な鎌に剣を打ち当てた。
剣と鎌がぶつかり合った時、腕がもげそうなくらいの強い衝撃が走った。そのまま押される形となり、上体が反りそうになるのを全身の力を込めて堪え凌ぐ。
「二人とも逃げろ!!」
俺は咄嗟にそう叫んだが二人は動こうとしなかった。二人とも戦おうとしている。
「だめだ!!」
そうこうしている間に、もう一方の鎌が動き出した。まずい、と思い一撃目の鎌を押し返した時にはもう既に鎌が俺の胸の一寸先にまで迫っていた。
なんとか剣を滑り込ませ、直撃することは避けたが、奴の力は凄まじく、俺の体など簡単に宙に浮いてしまう。
俺は数メートル弾き飛ばされ、背中を木のに叩きつけられた。ぶつかったと同時に内臓が破裂しそうなくらいの衝撃が胸を襲い俺は咳き込む。
強打撃のダメージ判定が入り俺のH Pゲージの約一割が減少した。
(レベルが低い今の状態ではまともに太刀打ちできない)
チラッと見えた二人の顔は絶望に染まっていた。優勝したのが一回とはいえ俺は今大会最強のプレイヤーだ。そんな俺ですら全く歯が立たないとなると、二人の絶望感は相当なものだろう。
クルーエルプレデターは再び俺に向かって斬撃を仕掛けるため動き出した。
俺は咄嗟に右へ飛び込んでかわしたが、背後にあった木はまるできゅうりを切るかのように簡単に切り飛ばされた。
その切断面から白色の煙が上がり、その破壊力の凄まじさを見せつけてくる。
実乃莉と淳はクルーエルプレデターの気迫に圧倒されていた。他のモンスターの時と比べ、明らかに動きが鈍い。
(二人が戦うのは無理だ。俺がどうにかしないと……)
俺は再び対峙するために剣を構えた。しかし、クルーエルプレデターは俺の方を見なかった。ターゲットが変わったのだ。
今度は実乃莉へと鎌が飛んでいく。実乃莉は咄嗟に剣を顔の前に構えたが、そんなものでは防ぎようがない。
実乃莉の頭上から降りてくる斬撃に対し、俺は下から掬い取るように剣をぶつけた。
間一髪だった。鎌は実乃莉の顔に到達する直前で火花を散らし、打ち上がった。
(このままだと全滅する。とにかく二人を逃さないと……)
俺の個人的な目的は去年達成されている。俺が今年出場する理由は周りに強要されているにすぎない。
「五分、時間を稼ぐ。その間に街へ逃げろ!!」
「でも、それじゃ、あなたが……」
「今この中で逃げる時間を稼げるのは俺だけだ。無駄死にになる前にさっさと行け!」
「運営に知らせるのはダメなのか? こいつはここにいないはずなんだろ?」
「不正防止のために中からの連絡はできない」
「じゃあ、ログアウトは?」
「街の外だとできない」
そう。二人に今できることは仲間の犠牲により生き延びるか、ここで全滅するかの二つしかないのだ。
「早く行きましょう」
「ちょっと待てよお前、友達だろ。よくおいていけるな」
「友達だからよ。せっかく彼が私たちを逃そうとしてくれているのにその思いを無駄にするなんてできないわ。ここは彼の意志を尊重しましょう」
懸命な判断だ。今は揉めている時間はない。ここは経験数が多い俺の意見を優先すべきだ。
「わかったよ」
淳は歯切れが悪そうにそう言い、すぐに走り出した。そこに実乃莉も続く。
俺は二人の足音が遠のいていくのを聞きつつ、目の前の敵に向き合った。
それにしても、隙がないな。一撃一撃が重い上に連続攻撃を仕掛けてくる。片方の鎌を捌き体制を立て直した頃には次の攻撃が迫ってくる。倒すことは本当に無理そうだ。
たが、慣れてきたのか攻撃パターンを見切れるようになってきた。
俺が生き残る方法があるとするなら、奴の攻撃を捌きつつ街まで逃げ延びる方法だけだろう。
途中でプレイヤーと遭遇すればそいつになすりつけることもできる。今はそれにかけてみるか……。
だが、その望みも一瞬で砕かれることになる。俺が背を向け走り出すと、黒い影が俺を追い越していった。その数秒後にクルーエルプレデターが俺の目の前に着地し、威嚇のような仕草を見せる。
「ギュエエエエエ!!」
クルーエルプレデターは、耳がつん裂きそうなほどの咆哮を轟かせた。その次の瞬間、凄まじい連続攻撃が開始される。
俺は剣でガードをしたが、防ぎ入れない奴の刃は俺のH Pをじわりじわりと削っていく。
何撃捌いたのだろうか……。ただ途方もない数の剣撃を俺は捌き続けた。
やがて、奴の鎌を構える位置が変わった。右鎌が頭上ではなく少し横にそれたところに構えられたのだ。
(水平に薙ぎ払う気か……)
そう
そのまま掬い取るように鎌が跳ね上がってきた。俺は防ぎきれずに攻撃を受けた。H Pの半分が削られる。
空中に放り出された俺はなんとかバランスをとり足から着地した。すぐに奴と向かい合い、剣を構える。
奴の攻撃の速度にはだいぶ慣れた。イレギュラーな攻撃を仕掛けられなければ防ぐことができる。
俺は息を吐き切り、奴の動きに集中した。次にパターン化された攻撃を仕掛けてくる時、それが反撃のタイミングだ。
そしてその時はすぐに訪れた。両鎌を左右別々のタイミングで振り下ろす攻撃。
俺は左から来る鎌をステップを踏んでかわした。そして、右から来る鎌を剣で受け流し、俺は奴の懐に入り込んだ。
(いける!!)
俺は肘を後ろに引き、剣を弱点である結晶体に向けて突き放った。
しかし、腕を伸ばした先にはなんの感触もない。変わりに土煙が足元から舞い上がる。
異常な反応速度だった。俺が隙をついて放った攻撃は簡単にかわされたのだ。
間を空けたクルーエルプレデターは既に攻撃体制に入っている。もう駄目だと思った。
俺はこいつに勝てない。
どんなに攻撃パターンを読んで動いても、奴の動きはそれを上回ってくる。
既に二人が離脱してから五分は経っていた。時間は十分に稼いだ。そろそろ潮時だろう。
(目の前にいるこいつは俺が今まで戦ってきたモンスターとは比べ物にならないくらい強い。相打ち覚悟で突っ込まないと倒せないな……。だが、運が良ければ生き残れるかもしれない。今はそれに賭けるしかない)
クルーエルプレデターは両鎌を振りかざし、俺に突っ込んできた。俺も奴の攻撃に真正面から突っ込む。
俺は一撃目を剣で払い除け、次いで、二撃目を避けることも防ぐこともせずに体で受けた。
左肩から入り込む鎌の冷たい感触を感じながら俺は右腕を目一杯、伸ばす。今度は硬いものを貫く感触が伝わってきた。
俺が放った突き攻撃が奴の急所を貫いたのだ。それと同時に、奴の右鎌が俺の急所である心臓を切り裂く。
ネームタグの横線。ヒットポイントバーが完全に消滅した。
奴の体が、消滅するのを見届け、次いで俺の視界が光に包まれていく。やがて視界が真っ暗になり、ゲームオーバーを伝えるメッセージウィンドウが目の前に出現した。
俺は初日で、リタイアすることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます