第一章 心の闇
第4話 旧友との再会
予選開始日となった。いつもは使われることのないこの闘技場もこの時期になると人で溢れかえる。
《グラディエイトリアルコンバッツ》の予選会はMMORPG形式で行い、本線で使うアバターの育成とマップ攻略を同時進行する。
予選突破の条件を達成した上位十六名が本選の出場権を得ることができる。
本選はトーナメント形式で行われ試合に出るたびに出場料が報酬として百万円支払われる。
この待遇の良さから注目度が高く、GCはバーチャルイベントとしては特質な人気を誇っていた。
そして、大会参加条件——G C予選参加条件は主に剣を使う指定のフルダイブ型ゲームを200時間以上プレイすること——をクリアする人は年々増加していた。
俺は闘技場の近くは毎年、混み合うことを知っていたため、そこから少し離れた場所で実乃莉と合流した。
闘技場へ向かうと、溢れんばかりの人混みを見て実乃莉はあっと驚く。
「こんなにいるんですか!?」
「そりゃ、注目度が高いからね」
「うへ〜」
闘技場の中へ入ると、メニューウィンドウに新たに《幻想世界》と書かれた項目が追加された。
——《幻想世界》というのは、これから予選会を行うマップである。元々は《ファンタジアオンライン》というVRMMOゲームのマップだったものを予選会用に改変したもの——
俺は新たに加わえられたアイコンをタッチし、大会専用のメニューウィンドウを開いた。パーティ申請のメッセージを実乃莉に送る。
このメッセージを受け取り了承することでパーティーメンバーとして正式に登録される。実乃莉がウィンドウの操作を終えるとパーティメンバーの欄に彼女の名前が追加された。
その名前を見るたびに俺にも——これからは戦いを共にする人がいるのか——と、実感してしまう。そして俺は焦りを感じていた。
(彼女と一緒に攻略するならどう動くのが正解なのだろう?)
そう……、未だに俺は攻略方法を決められずにいたのだ。
《幻想世界》は南北に三つの区画で分けられている。
参加者は《はじまりの街》から北へ向かって攻略を進めるが、区画の間は壁で仕切られており、次の区画に進むには区壁に一つしかない門を守る区画ボスを倒さないといけない。
ただ、この区画ボスと戦うのにも条件があり、その条件というのは指定するプレイヤーレベルに達するというものだ。
レベルを上げるにはモンスターを倒せば良いが、フィールド上にいるモンスターの数は限られているし、一度倒したモンスターは六時間以上出現しない。つまり、初日から資源の争奪戦が始まるのだ。
この争奪戦で、遅れを取ったらほぼ確実に本線へ進める可能性はゼロになる。
本選に参加するような有力プレイヤーのほとんどはソロで攻略を進め、二週間足らずで予選をクリアしてしまう。
俺がソロで攻略する場合は、中央ゲートから真っ先に飛び出し、モンスターを狩りつつ北上するのが恒例行事だった。
それだけで経験値が十分集まるため、初日から区画ボスを討伐することも可能だったが、今回は実乃莉がいる。そのような力技でおしきることはできない。
しかも、中央ゲートは混雑するため、少しでも遅れたらフィールドに出るのにかなりの時間を割くだろう。その間にも資源は枯渇する。
俺がしきりに考え込む中、隣で実乃莉が、はあ……とため息を漏らした。
「この中から十六人か……」
確か、運営の公表によると今年の参加者は四万人弱。この中から初参加で予選を勝ち抜くのは針穴に糸を通す何倍も難しい。
しかも、各VRMMO界隈の猛者たちが参加することをS N Sで表明していた。そうなると、彼女は俺が思っている以上に希望が薄いと感じているはず。
彼女の曇った表情を見ると、何か肝要な事情でもあるのではないかと思えた。
(実乃莉は俺の周りにいる人間の中で、数少ない友好的関係でいられる存在だ。何か力になってあげたいが……)
だが、そう思うたびに攻略法を見誤れないというプレッシャーがのしかかってくる。俺は実乃莉がいても安全に攻略できる方法を模索した。
——東側から攻めるのはどうだろうか……?
東側はモンスターの巣がある。ここから出現するモンスターは例外ですぐに再湧きするので経験値を集めやすいのだが……。
しかし、俺はその選択肢をあっさり切り捨てた。
(……だめだ。このエリアはトップ争いから離脱した有力どころが集まる。
ここはモンスター数もプレイヤー数も多いため、混乱が生じやすく初参加の実乃莉を連れていくのは危険だ。
混乱に乗じて
だが、残る西側エリアは単純にモンスターの数が少なく、確実に攻略が遅れる。
第二区画以降はアイテム収集が大変になるためソロ組はペースを落とす傾向にあるが、第二、第三区画で遅れを取り返せるか不安だ。
「……優人さん、……優人さん!」
「!?」
しばしの間、自分の世界に没入していた俺は、実乃莉の声によって引き戻された。
「呼ばれてますよ」
そう言い、実乃莉は目顔でその相手がいる方を示した。すぐに俺はそちらに顔を向けたが、特に見知った顔はないように見えた。
だが、一人だけなぜかどこかで見たこがあるような、何か懐かしいという感情が湧いてくる顔の人物がいた。その人物はこちらに近づいてきて、俺に声をかける。
「優人。俺のこと覚えてるか?」
「あの、どちら様?」
「お前、こんな特徴的な髪をした親友を忘れたのか?」
自分の髪型が特徴的だと断言するこの少年の髪は癖っ毛であちこちが跳ね上がり、燃えるような赤色をしていた。
——俺はこの少年といつ会ったのだろう……。
俺が他人と交流していたのは俺が引きこもる前、つまり、小学校に入って三ヶ月ぐらいまでだ。それより前となると……。
俺は知っている顔を一つ一つ思い起こしてみる。どれも幼い顔つきで目の前の少年に当てはめにくい。
——特徴的な髪型……。
少年が声をかけてきた時にそう言っていたの思い出し、俺は似たような髪型を乏しい記憶の中で精査した。
記憶を辿っていくと毛色は違うが同じ髪型をした奴がいた。幼少期に俺と一緒に過ごした癖毛であちこちに飛び跳ねた髪型の友達。名前は確か……。
「お前、
「やっと思い出したか」
「なんでここにいるんだ……。 まさか、お前も出るつもりなのか?」
「当たり前よ。お前が去年優勝したのを見て、頑張って参加条件クリアしたんだからな」
「それで、お前の横にいる可愛いこは誰?」
「こいつは白鷺実乃莉。訳あって一緒に攻略することになったんだけど……」
淳はしばらく実乃莉を凝視し、続けて問う。
「知り合ってどのくらい?」
「まだ一週間くらい」
「だったら俺も入れろ」
(……ん!? こいつ今なんて言った?)
俺は最初、淳が何を言っているのかわからなかった。
「おい、聞こえてないのか? 俺も混ぜてくれよ」
「淳……、お前、初参加だよな?」
「当たりめーよ」
淳は誇ったように言った。
(……えっと、俺はこれから初参加の奴を二人も先導しないといけないのか……)
「お前が知り合ってすぐのやつと、うまくやっていけるわけないだろ。俺が仲介役になってやるよ」
とは言うものの、俺と淳は十年くらい会いも話もしていない疎遠状態だった。そういった点を考えると淳が仲介役になれるかどうか微妙なところだ。
しかし、こいつは俺がなぜ人を嫌いになったのかを知っている。内情がわかるこいつはそばに置いた方が良いかもしれない。
だけど、そうなると攻略が……。
一人悩む俺を見かね、実乃莉が心配そうに声をかけた。
「優人さん、大丈夫ですか……悩んでいるみたいですけど……。
大変そうなら私、抜けますよ。元々一回目で本選に出れるなんて思っていませんし」
さっきの深刻そうな顔をする実乃莉を見ていた俺は、すぐにその提案を突っぱねた。
「いや、できる限りのことはする」
それを聞いた彼女はほっとしたのか、肩をおろした。
そうこうしてる間に淳からパーティ申請のメッセージが送られてきた。許可ボタンを押す前に俺は、旧友に一つ念を押す。
「淳……あまり、実乃莉に余計なこと吹き込むなよ……」
「了解した」
あまりにも軽く返事をする淳の反応に俺は少し躊躇しつつも許可ボタンを押した。すると、淳の名前がパーティメンバーの欄に加わる。
こうなったらもう西側を攻めるしかない。
初日に区画ボスを討伐することはできないが、不足分はクエストを受注しクリアすることで経験値は十分足りるはず。
明日にはボスを倒し、第二区画へ行くことができるはずだ。遅れた分はアイテム収集が大変になる後半で巻き返せばいい。
だが、それをするにしても三人分の経験値を稼ぐには相当な数のモンスターを狩らないといけない。西側のモンスターを全滅させるくらい多くの……。しかも、他のプレイヤーになるべく取らせないようにする必要がある。
俺はそのことを二人に話した。俺は淳が少しくらいぼやくと思っていたが、案外素直に聞き入れた。
「わかったよ。要するに予選が始まると同時にモンスターを狩るために急いで移動するってことだろ」
「そう言うことだ。よろしく頼む」
淳は、
「任せとけい!」
と、言い俺の背中を強く叩いた。
《幻想世界》では痛覚遮断システムが適応されるが、ここはまだ《アナザー・ワールド》。ジーンとする痛みが背中に疾った。
「痛!!」
その反応を見た淳はすぐさま、手を合わせて謝る。
「わりー、わりー。こっちの世界にあんまりいないからよ……」
叩かれた時、置き去りにしてやろうかとも思ったが、すぐに手を合わせて謝ったことに免じて実行しないでおいてやろう。
俺は後ろを向くように淳に手で促した。
「ん? なんだ?」
淳は素直に後ろを向き、俺に背中を見せた。
俺はその隙だらけの背中に自分の手のひらを打ちつける。バンッという音とともに淳が悲鳴をあげ飛び上がった。
「あうち!!」
「これでチャラな」
予選開始時刻となり、チュートリアルの放送がかかり始める。
放送といっても、音がスピーカーから出ているわけでもなく音声データが直接脳に送られてくるのだが。
その放送が始まるや否や、それまで会場を包んでいた談笑の声が一斉に静まり返った。まあ、頭に声が響いた状態で会話できる奴などいるはずがない。
『第四回グラディエイトリアルコンバッツに参加の皆さん。これから、チュートリアルを開始いたします』
『まず、皆さんには幻想世界というマップを攻略してもらいます。期間は一ヶ月以内です……、
と長々と、フィールドマップの説明やそれぞれの区画ボスへ挑む条件などの説明がされた。そして説明は更に続く。
……第三区画の神殿にて待機する最終ボスに挑戦する条件はプレイヤーレベルを最大の99にすること。そして武器、防具ともにS級クラスのものを装備することです。
そして、ラスボスをパーティで討伐することはできません。討伐は一人でやってもらいます。
なお、突破者の数が十六名になった時点で《幻想世界》の運営は終了させていただきますので、あらかじめご了承ください。
次に、注意事項です。この予選会中にアバターのHP残量が0になった場合、その瞬間アバターの持ち主、つまりプレイヤーはリタイア扱いとなります。こちらに不備がない限り蘇生は行いませんのでご注意ください。
それでは皆さんのご健闘をお祈りします』
チュートリアルが終了し一斉転送のカウントダウンが始まった。転送十秒前からスタートするこのカウントダウンを聞くと、会場内にいる全員の意識がそこに集まっていることを感じる。
カウントダウンがゼロになると同時に視界が白く光りだした。会場全体が歓声と共にその光に包まれ、一斉転送が始まった。
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