第3話 少女との出会い②
自分で呼んだ警察に手錠をかけられることなんてあるのだろうか? いや、現に俺はその状況に俺は陥っている。
この世界のお巡りさん的存在である警備員に俺は手錠によって拘束されているのだから。
だが、俺に拘束させられる義理はない。俺は襲われそうになった女の子を助けただけ。とにかく弁明をしないと……。
「待ってくれ、俺には正当な理由がある」
「暴力に正当もそうでないもないだろ!」
警備員の男は威圧的に言い、右手を動かした。
——まずい。
警備員は今ウィンドウを操作して俺を監獄エリアに飛ばそうとしている。監獄エリアに飛ばされた者は、最低でも一ヶ月の出禁が課せられワールド内にログインすることができなくなる。
そんなことされたら俺は闘技会に出場できなくなってしまうし、後々ごちゃごちゃ言うやつが出てくるから面倒臭い。
俺はすぐに竜崎の顔が思い浮かんだ。
——世にも恐ろしい顔……。
堀の深い軍人を思わせるイカつい顔が作り出す般若の形相を向けられたいと思う奴がどこにいるだろうか?
俺はなんとか弁明しようとしたが、
「私はこの目で見た」
とか、
「往生際が悪い」
と言われ、全く取り合ってもらえない。
そんな中、俺が助けた少女が警備員に声を掛ける。
「あの……警備員さん。私、助けてもらったんです」
「そうでしたか、あなたは運がいい。この男に襲われそうになったのをさっきの二人が庇ってくれたんですね……」
(あの、完全に逆なんですけど? あの二人が少女を襲いそうだったところを俺が助けたんですけど……。しかも、攻撃を仕掛けてきたのは向こうからだし……。俺はむしろ正当防衛をしたまでにすぎない)
少女はこの状況が我慢できなかったのか、警備員に少し強めに言葉を発した。
「違います! 助けてくれたのはこの人です」
警備員の男は少女の言っていることが理解できなかったのかもう一度、彼女に聞き返す。
「え!? この人が助けてくれたんですか?」
「そうです。私がさっきの二人に襲われそうになったところをこの人が助けてくれたんです」
「そうでしたか……私は良識気のある方になんて無礼を……」
警備員の男はやっと納得したのか、俺の手錠を解除した。
そして、
「あなたの心あるご厚意に敬意を表します」
と敬礼した後、
「それでは私はこれで……」
と言い、道に転がった男二人を担ぎ上げ、その姿を消した。たぶん監獄エリアにテレポートしたのだと思う。
「はあ……、助かった」
俺は安堵のあまり胸を撫で下ろした。
「酷い目に会いましたね」
「まったくだ。本当に飛ばされるんじゃないかってヒヤヒヤしたよ」
少女はくすくすと笑い、何かを思い出したかのように呟く。
「私、白鷺実乃莉と言います。お礼も兼ねてお話ししたいことがあるので、これからお茶でもいかがですか?」
俺は、さっきの警備のせいで余計な気疲れをした。本来ならさっさと会場へ行き、エントリーを済ませて現実世界に戻るのだが、今の俺にそんな気力はない。
「そうさせてもらうよ……」
俺は彼女の誘いに応じることにした。
東京ドーム十個分の大きさの島の中に商業エリアはある。彼女に案内され、長い長い坂をひたすらに登り続けると、頂上付近で喫茶店にたどり着いた。
門に看板が設置されはいるが、喫茶店と呼べるほどの大きさの建物はない。雰囲気程度にこじんまりとした小屋があるだけだ。
むしろ塀から覗かせる木々が植物園を思わせる。
——奥はどうなっているのだろう……。
そう思い、入口から奥を覗き込むとそこは庭園になっていた。芝生が綺麗に刈り込まれ、敷地の端のほうに植えてある木が心地良さそうな木陰を作っている。
そこに並べられたテーブル席に俺と実乃莉は座った。木々の隙間から心地の良い風が吹き抜けていく。
島の中で一番高いところに建物が建っているため、眺望も最高だった。陽光で輝く広大な海を見下ろすことができる。
「このお店、初めてですか?」
真新しいものを見るかのように辺りを見回す俺の様子を見て、彼女はそんな質問をした。
「ああ……、こんな場所、今まで知らなかった」
「それはよかったです。実はここ穴場スポットなんですよ。誰もここに喫茶店があるなんて知りません」
確かに見回しても他に客らしき人は誰もいない。
(中央広場から十五分くらいかかる場所にある喫茶店にわざわざくる人なんていないか……)
何か交通手段が整備されていれば別だが、残念なことにそんなものこの世界にはない。
「助けてくれたお礼です。代金は私が持つので好きなものを注文してください」
そう言うと実乃莉はメニューブックを俺に差し出す。俺はそれを受け取り開いた。
中に載っていたのは聞き馴染みのない紅茶の名前と呪文のように長いスイーツの名前の羅列だった。
ここに載っている商品名にタッチすると注文の品の欄にその名前と個数が表示される。
俺は値段が安くて呪文っぽくないスイーツと紅茶を選択しメニューブックを彼女に渡した。
「えっと、アールグレイのストレートにブルーベリーとミントのレアチーズタルト、でいいんですか? もっと高いのでもいいのに……」
「いいんだ。たまたまそれが食べたかったんだよ」
ここが仮想の世界とはいえ、使われるお金は現実のものだ。トップ企業の社長の息子である俺は一般的に言う上級国民。
奢って貰えるとはいえ、こんな実体のない物のためにお金を払わせるのは気が引ける。
実乃莉は少し首を傾げつつもメニューブックを数回タッチした。俺の目の前に注文した紅茶とチーズタルトが出現する。
実乃莉の前にも俺と同じものが出てきた。それと同時に伝票がテーブルの真ん中に出現した。
その紙を実乃莉はヒョイっと掻っ攫い慣れた手つきで会計を済ませる。
俺は早速、タルトを一口分、フォークでとり、口に運び入れた。
ブルーベリーの香りと酸味が甘くてコクのあるチーズクリームと見事にマッチしている。青色のチーズクリームの上に色のついていないクリームも乗っていた。
俺はそのクリームもフォークで掬い取って食べてみる。軽い口当たりで、微かにミントの爽やかな香りが鼻に抜けた。
いれたてのまだ湯気のたつ紅茶を口に含むと、さっきまでの気の動転が嘘のように治まった。ここは気を休めるにはうってつけの場所みたいだ。
「気に入りましたか?」
「ああ、ここはすごく落ち着く」
「それならよかったです。……あの、少し聞いてもいいですか?」
「何?」
「優人さんってGCを優勝した方ですよね?」
「そうだけど……」
——知っていて当然か……。
俺はネットニュースで名前やらアバターの顔写真が出回っている。しかも、運営元の社長の息子だというのだから、知らない人の方が少ないだろう。
「今年もやっぱり出るんですか?」
「そりゃ、義務みたいな物だからね……。このあとエントリーしに行く」
「そうだったんですね……、実は私も出るんですよ」
「そうなのか……」
「ええ、後で一緒にエントリー、行きましょう」
その後、話し込んでしまった。いつも人とあまり話さない俺だが、実乃莉がどんどん質問したりと話題を引き出してくれて話が回っていった。
小学生の時、不登校になり、六年間のほとんどを一人で過ごした。中学からは母さんが会社の事業で建てた学校に通ってはいるが、そこでも友達をつくらなかった。
そんな俺にとって彼女の話す内容は自分の知らない世界のことを聞いているみたいで、興味深かった。
気づいたら俺の方から質問していた。この時、初めて見る人によって世界が変わるのだと知った。
彼女の生きる世界は人のぬくもりや、何気ない優しさが垣間見える世界。
それと比べて俺の生きてる世界は敵だらけだ。俺のものを奪おうとする敵。なぜか俺を逆恨みする敵。そんな奴らで溢れ殺伐としている。
いくら親がトップ企業の社長で金持ちだからといって、敵視されるのは理不尽極まりない。
決して俺が母さんに強要したわけではなかった。ただ俺は普通に生きていただけなのに、なぜか壊そうとされる。
——ふざけるな!
そんな言葉が浮かんだ。でも口には出さない。
そんな理不尽を彼女にぶつけてしまったら、俺が嫌う奴等と同じになってしまう。
見た感じ、彼女はそういった奴とは違う印象を受ける。
彼女は鏡の中の全てが反転した世界を生きているように見えた。
いつか俺にもそっちの世界に行ける日が来るのだろうか……。いや、きっとそんな日は来ないだろう。来るはずがない。
それからしばらく彼女と話した後、俺と実乃莉は会場へ向かった。会場についた時には既に太陽が沈みかけていた。
アナザーワールドの日の出、日の入り時刻は朝夕の五時半に設定されている。季節が夏であれ冬であれ、午後六時には完全に暗くなってしまう。
島の沿岸部に設置された巨大なドーム状の建物は夕闇の中で一部が赤く染まっていた。
この建物の大きさは東京ドームの一回りも二回りも大きく、収容人数はその倍以上もある。
入り口前には優勝者の名前と使用武器の名称を刻む記念碑として黒い岩でできた壁が建っている。
今年で四回目の開催だが、そこに刻まれているのはまだ、俺と竜崎のものだけだ。
俺と実乃莉は建物の中に入った。入ってすぐのところにコンビニのATMに似た形状の機械が横に数十台並んでいる。大会へのエントリーをするための機械だ。
エントリーと言っても、個人情報を入力し簡単なアバターの設定をするだけで済んでしまう。
俺はその機械の前まで行き、モニター画面を操作する。慣れた手つきで個人情報を入力し、次にアバターの設定に移る。
予選会はMMORPG形式で行われ、その初期装備は色しか変えることはできない。
色相は細かく変更できるが、ここで凝った設定をしても、予選会中に本選用の装備を用意することになるので、ここでの設定はほぼ無意味だ。
俺は装備の色をデフォルトの黒に設定し早々にエントリーを終えた。隣で実乃莉が終えるのを待って、一緒に会場の外へ出る。
既に外は暗くなり、沈んだ太陽の明かりが僅かに水平線を赤く染めていた。
俺はウィンドウを操作し、ログアウトの準備をした。別れる前に一言、言おうと口を開く。
「それじゃあ、次会うことがあれば、その時はよろしく」
言い終え、俺はログアウトボタンに触れようとした時だった。
「優人さん」
俺は実乃莉に呼び止められ手を止めた。
「一緒に予選会、攻略してもらえませんか?」
攻略のお誘いか……。予選会はパーティを組むことを4人までなら許されている。彼女が俺を誘うのは当然のことだろう。
しかし、俺は迷った。確かに俺は彼女との会話を楽しんだ。でもそれはあくまで赤の他人としてだ。正直、一緒に攻略をするような仲になるのは少し抵抗がある。
「悪いけど、攻略する仲間が欲しいんだったら他を当たってくれ」
「どうしてですか……、そんなに人が嫌いですか……? そんなに信じられませんか?」
彼女の言葉に俺は息を呑んだ。
(なんでそれを知っている? そんな情報、公表されていないはずだ……)
そんな俺の心情が顔に出ていたのか、実乃莉は続けた。
「実は私たち同じ学校なんです。だから、リアルのあなたがどんなふうに普段過ごしているのか知っています」
「俺は一人が好きなんだよ」
「嘘です!」
キッパリと否定されてしまった。まるで心の内を全て見透かされているような気分だ。
「学校で優人さんが、一人でいるのを楽しんでいるようにはとても見えませんでした」
(どれだけ俺を観察してたんだこいつは……)
実乃莉は近寄ってきて、そっと俺の手を握った。
「優人さん……、本当は寂しかったんですよね」
他人のアバターから熱を感じるということは本来ならありえない。
だが、彼女の手からは暖かみを感じる。柔らかく包み込む手の感触と、この温もりが心地よかった。
でも、俺は過去に何度も思い知らされている。人の多くがどれだけ強欲で薄情で愚かな生き物なのかということを。
だから、信じるのをやめよう。なるべく深く関わらないように生きよう。そう決めたはずだった。なのに俺はまた手を伸ばそうとしているのか……。
実乃莉は手を離し、落ち着いた面持ちで言った。
「私には、なぜあなたが一人でいようとするのかわかりません。ですが、孤独の辛さはわかります。私もそうでしたから……」
「なぜ、そんなに構う?」
実乃莉は俺の質問に少し俯いて答えた。
「わかりません。あなたの必死に戦う姿に憧れたからなのか、ただ、助けてくれたお礼がしたいのか、自分でもよくわからないんです。でも……」
実乃莉が語気を強める。
「あなたの輝く姿、優勝して勝ち誇って出た笑顔、それをもう一度見たい。それだけは確かな思いです」
俺は落ち着いて考えることにした。自分の理念を通すのか、彼女の厚意を選ぶのか。
前者を選ぼうとするとなぜか、焦りにも不安にも似た不快な気分になる。
そっか……、本当は俺もそっち側に行きたかったのか。
いつもは壁を作ってばっかりだけど、たまには受け入れてみるのもいいのかもしれない。
「わかったよ」
「えっ……? いいんですか?」
彼女の口から空気が漏れるように、その言葉が発せられた。どうやら、俺が断ると踏んでいたらしい。
「でも、どうして……」
「気が変わった……。それだけだと納得できないか?」
実乃莉は首を横に振る。
「いいえ、あなたがいいならそれでいいので」
薄ら闇の中、街灯に照らされた彼女の顔から笑顔が溢れた。
彼女から感じ取れるこの気持ちは一体なんなのだろう。他のやつからは感じたことがない暖かさと安心感がある。
彼女とならうまく関わっていけるのかもしれないな。
「それでは、改めまして優人さん。まずは予選会、よろしくお願いします」
実乃莉が右手を差し出す。
「ああ……、よろしく」
俺はその日、彼女の手をとった。
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