♣7 ハチミツ味の罠


「あぁ、やっぱり」


 ニュースの記事を見た紅莉は、納得した表情で頷いた。



「じゃあ、紅莉の方も?」

「うん。こっちもそれらしい話が出てきたよ」


 紅莉が担当していたのは、一般人が利用するSNSだ。

 彼女は『氷川市』『ビル』『事件』といったワードで検索してみたところ、気になる書き込みが見付かったらしい。所詮は一般人が書いた信憑性の低いものだが、記事よりもやや詳しい内容が幾つか見つけることができた。



「うーん、犯行があったのはちょうど一週間前。その時間帯はバーも営業中だったのか。それで店内に居た人も巻き添えに……」

「利用者は政界の大物とか、口に出せないような人ばかりだから、公表はできなかったのかも。だから表面上は失踪扱いみたいだね」


 おそらくは紅莉の言う通りだろう。

 ニュースの記事では、被害者はビルのオーナーの男性ひとりだった。しかし実際には他にも多数居たようだ。


 それに被害者や容疑者が匿名なのはかなり珍しい気がする。その記事以外には続報も無く、詳細が追えなくなっている。誰かが意図的に情報を隠しているに違いない。



 その代わり、SNSでは憶測も含めた様々な情報が載っていた。中には、失踪扱いになった人物の家族か知人辺りが詳細の情報を求めるコメントをしていたようだ。


 だがそれらも途中でコメントが削除されてしまっている。一般人が深追いをするな、と圧力が掛かったのかもしれない。



 かろうじて残っている情報の中で、気になった書き込みがあった。

 カレイドスコープのホームページへ飛べるURLが載っていたのだ。



「『占いを希望する方へ』……? なにこれ、裏サイト?」


 紅莉は胡散臭そうな目でそのURLを眺めた。

 まぁたしかに、サイトの紹介文を見ると詐欺のようにも見える。


 それでも踏み込んでみる価値はあるだろう。

 悠真は勇気を出して、そのリンク先をタップした。



「……普通だね」

「宣伝用のサイトなのかな? 占いの希望者を募っているみたいだ」


 数秒のローディングの後、表示されたのはごく普通の占い専門のサイトだった。


 二人で顔を合わせながら、ページをスライドさせていく。


 やたらと長々と文章が続いている。

 半分まで読んでみたが、設立の歴史やら占いの実績などがほとんどで、途中からは飛ばした。



「登録フォーム……ここから申請を送るみたいだな」


 サイトの最後には、氏名や年齢、免許証の画像を添付するスペースがある。

 この登録フォームから個人情報を送信し、審査が通れば、晴れて有名占い師に占ってもらえるようだ。


 さらに運営に認められると、いわば準会員の扱いになるらしい。

 つまりこれは、会員候補を集めるためのページというわけだ。

 会員と言っても、ただ審査が通っただけでは準会員なので直接には占い師に会えないが、オンライン上で好きな占い師に依頼ができるようになる。



「だけどこれってどう思う? 今の状況で会員になりたい奴なんて、そう現れないんじゃないか?……少なくとも、俺なら嫌だわ」


 SNS上でも、多数の人間が失踪したという情報が漏れてしまっているのだ。



「たしかに、死人が出ている占い師の集団に占ってもらうってなんだか、逆に運気が下がりそうだよね……」


 たしかに紅莉の言うように、縁起が悪い。

 それに今はあの女が禍星の子を狙っているのだ。下手に関わってあの女に殺されたらたまったものではない。



「それに今は、カレイドスコープの代表やらが殺されたんだろ? この状況で占いを受け付けている馬鹿な占い師なんて、居るわけが……」


 サイトにある占い師のプロフィール一覧を見ながら話していた悠真が、言葉の途中で固まってしまった。



「……居るね。一人だけ」


 一覧といっても、受付中の文字が軒並みグレーに暗転していた。

 顔写真の欄だって、どの占い師もNoImageだ。


 それにもかかわらず、たった一人だけ緑の文字で受付中となっていた。



「どうする、紅莉」


 隣りでジッと画面を見つめていた彼女に、いちおう聞いてみる。


「……うーん。占ってみる」


 彼女はそう言うと、水色のバッグの中からタロットカードを取り出した。


 悠真はその光景を、ただ黙って見つめていた。

 教会で占ってくれた時のように、真剣な表情でカードの山を作り始めたからだ。



「……ふぅ」


 何かを念じながら、紅莉は一枚のカード引いた。そして出たカードを自分で見てから、悠真の前に差し出した。



「うん。……うん?」


 ……しかし、彼はカードの見かたを知らない。


 本来解説を始めるべき人は、隣りでソフトクリームがすっかり溶けてしまったアイスコーヒーフロートをストローでズルズルと飲んでいる。仕方なく、彼女が飲み終わるのを大人しく待っていた。



「これはね、六番目のカード。絵は恋人を示しているの」

「恋人……」


 コップの底に残っていた氷をボリボリと食べながら、紅莉はテーブルの上にある裸の男女が描かれたカードを指してそう言った。


 裸同士の恋人を見て、悠真は一瞬、自分と紅莉が裸同士で向き合うところを連想してしまった。思わず恥ずかしくなって、カードから視線を外した。



「意味は交渉成立。ちなみにさっき受付中になっていた占い師も、リストで上から六番目なのよ」

「ゴホン。……えっと、つまり?」

「この彼に聞いてみようよ。きっと何か知っているはず」


 悠真が自身の裸姿を妄想していたことなど露知らず、紅莉は自分のスマホを再び操作し始めた。



「おい、何を始めるつもりなんだ?」

「試しに登録してみる」

「えぇっ!?」


 つい今しがた、それは危なくて誰もやりたがらないと言ったばかりである。

 それなのに紅莉は自ら危険な道に足を踏み入れようとしている。



「いや、それは危ないだろ! それにこの占い師が何を考えてリストに残っているかだって……」

「あ、もう返ってきた。良かった、審査通ったって」

「う、嘘だろ……?」


 あまりにも行動が早すぎる。紅莉も、この占い師も。

 というよりこの速さで終わる審査って、いったい何を審査したっていうんだ?



「ちょっと待て。この占い師の料金、馬鹿みたいに高いぞ!? これ怪しすぎるだろ!」


 占い師の詳細ページに飛んでみれば、料金表や占いの方法、実際に占ってもらった客のレビューなどが載っていた。


 一番上にある料金表を指差し、悠真が声を上げた。



「一回十五分につき、二十万円だぞ!? さらに十五分で計五十万。パワーストーンを授ける特別プランはプラス五十万!? ボッタクリにもほどがあるだろコイツ!」


 どうりで一人だけ営業中のままなのか、その理由に合点がいった。

 簡単な話だった。頭のオカシイ奴だから残っているのだ。



「やめよう、紅莉。こんな奴にあたったってロクな情報なんて手に入らねぇよ」


 無駄金どころか、これじゃあ無駄な時間をとられるだけだ。



「うぅん。きっとこの人が糸口になるはずだよ。だって――ホラ」


 紅莉はそう言って、持っていたスマホを悠真に見せた。



「うっ、マジかよコイツ……」


 画面に表示されていたのは、紅莉がコンタクトを取った占い師のプロフィールページ。

 そこにある口コミレビュー欄に、目を疑うようなことが書かれていたのだった。




 ◇


 喫茶店でひと通りの準備を終えた悠真と紅莉は、ラブホテルへと来ていた。

 カレイドスコープの本拠地へ向かう途中で見つけた、あの年季の入った愛の巣だ。


 もちろん、二人は性行為をするためにここへ来たのではない。

 これからあのパワーストーンを売りつけるボッタクリ野郎と会うためである。


 なお、文面でしか分からなかったが、その占い師は男で間違いないだろう。

 理由は口コミを見れば一目瞭然だった。


 明らかに女性に対してだけ、そいつの占いの内容が違っていたのだ。



『親身になって相談に乗ってくれました! 丸裸にされちゃった気分です!』


『プレゼントしていただいた石も、彼のパワーがたくさん籠められていて生活が一変しました!』


『またお願いしたいです。彼と会うだけで、身体が驚くほどスッキリします!』


 そんなレビューがあれば誰だって、その占い師が客にいかがわしい行為をしたんだと勘付くだろう。それでもリピーターが居るということは、なにか裏があるに違いない。



 試しに紅莉がその占い師に『ホテルで逢いたい』とメールを送ってみたところ、案の定『今から行く』と返ってきた。そのメールアドレスがKazuo_K@~とあったので、カズオが奴の名前なのかもしれない。



 そういうわけで、悠真と紅莉はカズオを罠に嵌めるためにここへと来ていた。

 もちろん、童貞の悠真はラブホテルに入るのは初めての経験だ。



 入り口にあったフロントでの一幕を思い出し、悠真の顔が真っ赤になった。

 部屋を選ぶ時に、どの部屋を選べばいいのか分からず、ずっと目が泳いでいたのだ。


 その様子があまりにも挙動不審だったのか、それを見た紅莉に散々からかわれてしまった。

 だって、ジャグジー付きだとかシチュエーションプレイ別と言われたって、分かるわけがない。隣りで紅莉にクスクスと笑われながら、真ん中の値段が表示された部屋を選んだ。



 考えてみれば、別に紅莉といたすわけでも何でもない。だから、部屋で悩む必要なんて一切無かったのだ。あぁ、紅莉もそれが分かっていたからこそ、あんなに笑っていたのだろう。



 さらに顔の温度が上昇したことを自覚しながら、悠真はクローゼットの中に隠れていた。


 あくまでも主役は紅莉であって、自分はいざという時の為のボディーガードである。

 念のため、悠真も紅莉もこの現場をスマートフォンで録画している。カズオが紅莉に手を出した瞬間に、こちらの勝利が確定する。


 やろうとしているのは完全に美人局つつもたせのそれなのだが、今はそんなことを気にしている場合では無い。こっちは命懸けなのだ。



 クローゼットの隙間から部屋の様子を覗いていると、紅莉も準備が整ったようでこちらに向かってオーケーのハンドサインをした。


 紅莉は奴にこのホテルの場所と、部屋の番号などを伝えてある。

 来る予定の時間もあと僅かだ。



 ドキドキしながらさらに十分ほど待機していると、部屋のインターフォンが鳴った。

 ついにカズオがやってきたのだ。


 紅莉は彼を部屋に迎え入れるため、一度深呼吸をしてから玄関に向かった。


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