♣3 過去・現在・未来と吊るされた男
「占いは人を変える力がある。その使い方次第では、大きな災いをもたらすことだってあるんだ。それを忘れないために、ボクは『
悠真はあることに気付いてしまった。
マルコの口が動いていないのに、声だけがハッキリと聞こえるということに。
例えるなら、仮面を被ったまま喋っているように見えるのだ。
「マルコ、本性が出てるよ」
「――おっと、失礼。ボクとしたことが」
マルコは机の上のナプキンを手に取ると、顔の前に広げて顔を隠した。
そしてナプキンを降ろし、もう一度顔を出す。
さっきまでと同じニコニコとした美少年の顔に戻っていた。まるでマジックのように。
悠真の心の中で「いったい、今のは何だったんだろう」という疑問が湧いたが、敢えて触れないことにした。
「いやぁ、前回の
マルコは表情筋をほぐすように両手の指でグニグニと捏ね回しながら、やや拗ねるように言った。
「星廻の儀……?」
「あぁ。六冊の本が集まり、禍星の子に祝福を授けることをそう言っているよ」
「ってことは、何回かその星廻の儀があったってことか」
「当然、人は死ぬからね。新たな禍星の子が生まれ、全員が揃った時にはやっていたんだよ。それで前回の時に偶然、とても欲深い奴が出てしまってね。いやぁ、参っちゃったよ」
前回の星廻の儀。
それは今から十七年ほどさかのぼる。悠真と紅莉の生まれる、約一年前の事だった。
「ある男がね。六冊の本を一つにして、自分だけのものにしようとしたんだ」
「本を……一つに!?」
「そう。前回の星廻の儀、つまり六冊の本と二十一人の禍星の子が揃った時だね。彼らは本を巡って、命懸けの争いを起こしたんだ」
ただでさえ、禍星の子は何かしらの祝福を授けられている。本を持っている人間はさらに大きな力を振るえるのだ。
それは悠真も身をもって体験している。
まさに今、影を奪われ、死の危機に瀕しているのだから。
一冊だけでも強悪なのに、全ての本を一人の人間が持ったりなんてしたら……。
「あれは酷い有り様でね……禍星の子は一人を残して全滅。関係者も大勢の人が死んだよ。それだけじゃない。最後の戦いがあった際に、ボクが宿っていたタロットの本が燃やされてしまったんだ」
「そんなことが……」
信じられない。気付けば悠真は口を大きく開けていた。
本の為に殺し合いをするだなんて。
それにいったい何のために、マルコの本体を燃やしたんだろう。そんなの、祝福を与えてくれた存在に恩を仇で返すようなものだ。
燃やされた当人も怒っているのか、目が座っている。
「そのせいでボクは今、本来の力を十全に使えなくなってしまったんだ。まぁソイツのおかげで、ボクは紅莉に出逢うことができたんだけどさ~」
「あの時のマルコは小さなノートの破片だったものね」
「紅莉だって、あの頃は小さくて可愛らしかったよ?」
あぁ、なるほど。ここで紅莉が出てくるのか。
自分の知らない紅莉をマルコは知っている。恋愛のような繋がりではないのは分かるけども、なんとなく心がモヤモヤする。
「ねぇ。悠真クンも知りたい? もちろん、聞きたいよね!? ボクと紅莉の運命的な出逢いをさ!」
「えぇ……? うーん、いや。まぁ、少しは?」
なんだか、知りたいような知りたくないような。
でもこの悪魔はどうしても喋りたいようである。駄目と言っても勝手に喋りそうだ。
紅莉はさっさと追加のお菓子を探して、奥にあるキッチンへ向かってしまった。
「十七年前の星廻の儀で、ボクの本は燃やされてしまった。それはこの教会も一緒だったんだ」
「それはつまり、教会ごと燃やされたってこと?」
「そう。ひっどいよね~。教会は全焼。だけど運よく一つのページだけ燃え残ったんだ」
それは偶然だったのか、マルコの力だったのか。教会の外にある納屋に一枚の破片が入り込んだおかげで、存在が消えるのはどうにか免れたようだ。
「だけど、誰も廃墟になんか来てくれないしさぁ。そのまま朽ちて消えちゃうかと思ったんだ。……だけど、そんなボクを見つけてくれた人が現れたんだ」
マルコの視線の先には一人の少女が居た。
彼女は冷蔵庫の中にチーズタルトらしきお菓子があるのを見つけ、許可も得ずに食べ始めたところだった。
マルコはその一部始終を見て、クスクスと笑った。
「その時の紅莉はまだ小学生でさ。たしか……そう。自分のリコーダーを探しに来たとかって言っていたかな」
「え? リコーダーを!?」
「うん。教会に隠されちゃったんだってさ。心霊スポットになっていたからねぇ、ここは」
悠真の脳裏に、崩れかけた教会で泣きながらリコーダーを探す紅莉の姿が想像できた。
「ねぇ、悠真クン。紅莉、クラスメイトから虐められていたんだって?」
――彼は、怒っている。
自分の恩人が傷付けられていたからだろう。相当、キレている。
優しい声色だが、絶対にこれは、悠真に対してもキレているというアピールだ。
「……そんな事も知っているんですか」
「付き合いの年月で言ったら、ボクも負けていないからね」
悠真は否定も、肯定もしなかった。
たしかに幼い頃の紅莉は、クラスの女子に虐められていた。
無視をされたり、悪口を言われたりしていたのは同じクラスメイトだった自分も知っている。
「あはは、ゴメンね。キミを責めるつもりじゃなかったんだ。それに、悠真クンが救ってくれたって聞いたよ。さすがだね。まさにキミは、紅莉にとってのヒーローだ」
「いや、俺はそんな立派なもんじゃ……」
彼は紅莉から聞いたことを大げさに言っているのだろうが、こうして他人に言葉にして褒められると何だか照れ臭い。
そもそも、あの時は深く考えての行動ではなかったのだ。
友人がイジメに加担しているのが何となく気に入らなかっただとか、クラスの雰囲気が悪くなって皆と遊べなくなるのが嫌だったとか、そんな自分勝手な理由だったはず。
そう、紅莉を意識的に助けたいと思ったのではなく、ただ自分のための行動だった。
「それでも彼女は救われたんだから良いんだよ。ボクじゃできないことだ」
「う、恥ずかしいからそれ以上はやめてくれよ。それより、紅莉はそれからどうしたんだ?」
「おっと、そうだったね。彼女は十年を掛けて、その一ページから本を復元してくれたんだ。それも、独学でね」
ほとんど力を失っていたマルコは自分では何もすることができなかった。いわば、休眠状態に近かったという。
もちろん、今のように実態を持って何かをするのもできなかったし、紅莉に話し掛けることもできなかった。
それをどうやって紅莉は修復しようとしたかといえば。
「彼女はただ、そのページに書かれていたタロットの意味を調べようとしたみたいだ。そう、今のボクが描かれている、悪魔のカードの意味を」
まずは家にあった辞書で悪魔とタロットの意味について調べた。
そして学校の図書館にあった本でタロットの使い方を。
調べた結果を少しずつ、自分なりの言葉で一冊の自由帳に書いていったそうだ。
「成長するにつれて、どんどんと専門的なことも調べていたよ。歴史だとか、著名な占い師についても。図書館とか本屋に足しげく通っていたからね。そしていつしか、お小遣いで買ったタロットで占いをするようになった」
「紅莉がそんなことを……」
悠真の知らないところで、彼女はコツコツと占いについて勉強していた。
記憶を探ってみれば、たしかにクラスの女子の中で占いが異様に流行っていた時期があったことを思い出した。
あれはたしか、誰かが中心となってやっていたはずだ。顔は思い出せないが、やたら当たると評判で、隣のクラスメイトや一部の先生までその人物に占ってもらっていた。
「そうか、あれは紅莉だったんだ……」
「彼女の情熱と執念は、大人顔負けだったよ。そうして長い年月をかけて、紅莉はタロットの書を復元させたんだ」
「えっ。それじゃあ、紅莉が持っている本っていうのは」
「ボクのこと。つまりはタロットの本だね」
なんてことだ。
そんな貴重な本を、あの気弱で小さかった紅莉が……。
「ねぇ。もう、その辺で良いでしょう!? そろそろ恥ずかしいんだけど!」
マルコと話し込んでいる間に、紅莉は悠真の対面の席に戻ってきていた。
チーズタルトの食べかすが口元についている。この様子だとおそらく、あるだけ全部食べ尽くしたに違いない。
「すごいな、紅莉は。そんなに当たるんなら、俺も占ってもらっておけば良かったよ」
祝福を受けた人間の占いだ。是非ともやってみてほしい。
そもそも、彼女が占いをやっていたことに、もっと早く気付くべきだった。
相談したいことは山ほどあったのだし、もし事前にやってもらっておけば、あんな化け物とも出逢わずにすんだかもしれない。
まぁそんなこと今さら過ぎて、後悔もしようがないけれど。
それに自身も禍星の子だというのなら、何かしらの力の片鱗ぐらいみせておいてほしかった。
己の宿命も分からぬままに影を奪われてしまったことが、本当に悔やまれる。
「えへへ~。そんなに褒められると照れちゃうなぁ。そうだ! 今から悠真君のこと、占ってみよっか?」
「……俺を?」
悪い結果が出ないか、ちょっとだけ怖いが、良いかもしれない。暗い話が続いていたし、少し疲れてきたので気分転換になる。
もしかしたら、本の行方やあの女のことが分かる可能性もあるかもしれないし。
そんな期待を込めて、悠真は紅莉に占いをお願いをしてみることにした。
紅莉もそれに了承し、自分の鞄からタロットカードを取り出した。
「じゃあ、ちょっと待っててね!」
「準備に時間が掛かるのか?」
机の上にゴチャゴチャと広がっていくカードを見ながら、紅莉に尋ねる。
今回のカードは先日、公園で見せた小さなものとは違うようだ。
カードの裏側は兎がモチーフにされているようで、デフォルメされている絵がとても可愛らしい。
「うぅん。とにかくしっかり混ぜないといけないの」
カードの上下は関係ないようだ。
机の上で洗濯機のようにグルグルと回転させながら、何回も混ぜていく。
やがて完全に混ざりあったのか、紅莉は「こんなものかな」と言ってカードをひとまとめにし始めた。
そのあとも何度か山を作ったり分けたりを繰り返し、最終的に机の上で一つの山になった。
これで準備は完了なのだろうか。
紅莉はカードの山を握ると、トントンと机に叩いて綺麗に揃えてから口を開いた。
「今回は簡単に三枚のカードで、悠真君の過去から現在、そして未来について見てみます」
「お、おう……」
占いはもう始まっているらしい。
何かのスイッチが入ったのか、目の前の席に座っている紅莉の雰囲気が変わった。
キッチンに居る三人の誰もが口を閉ざし、机上のカードに視線が集中する。
紅莉は何かを念じながらスッ、スッと一枚ずつカードを引いていく。
「……出ました」
悠真の目の前に、計三枚のカードが置かれた。
それぞれ右から順に、川を船頭が客を渡している絵、人の足首に縄を括られて逆さに吊るされている絵。最後にこちらを背に荒野を向いている人の絵だ。
駄目だ。どう見るべきなのかが、さっぱり分からない。
いくら絵をジッと見つめてみても、それが意味するものを察することができないのだ。取り敢えず、この真ん中の男は見るからに良い意味ではなさそうである。
「えーっとね。私から見て左……悠真君からは右ね。こっちから過去、現在、未来を表しているの」
「過去……現在がこれかぁ……」
「次はカードの意味ね。過去がソードの六。現在が真ん中が吊るされた男。未来がワンド……これは棒ね。それの三よ」
やっぱり見た通りのままだ。この男は吊るされていた。
ということは、どういうことなんだろう。苦しいってことか?
いや、首を縛られているわけではないから、また違う意味なのかもしれないな。
じいっと真ん中のカードだけを睨む悠真を見て、紅莉はフフッと笑った。
「まずは過去ね。これは困難に向かう時、誰かの援助を受けられるって示されてるわ」
「困難と、援助……あー、なるほど?」
困難というのは、かなり心当たりがある。
まさに今こうなっている原因とも言える、あの襲撃事件だ。
そして助けというのは、間違いなく紅莉のことだった。
「そして現在。悠真君は心配していたけれど、これはどちらかと言えば良い兆候よ」
「良い兆候? いや、吊るされてるんだけど、この人。本当に大丈夫なのか?」
「ふふ。男性の顔を良く見てみて。なんだか平気そうな顔でしょう? この人は自分から望んで吊るされているんだよ」
「ええっ!? 自分で!?」
現在の自分は、まさかの変態だった。
ということはこの状況を俺は楽しんでいることなのか!?
悠真はそんな事はない、と頭を振る。
それを彼女はクスクスと笑いながら「大丈夫、分かってるよ」と手を振った。
「このカードは報われる努力を意味しているの。だから今の行動を信じて、このまま突き進むべきって事かな」
「え、そうなのか? なんだぁ、良かった……」
思わずホッと安堵の溜め息が出てしまった。
むしろ今の自分が望むような答えだった。あとは未来が気になる所だが……。
「うんうん。三枚目は新たなる旅立ち。先はまだ見えずとも、しっかりと大地に立って進んでいける。そんなカードだよ」
「そっか……そうなのかぁ! あぁ~、良かった安心したぁ!」
始まるまではかなりのドキドキだったが、いざやってみればどれも良い結果だったみたいだ。
万が一ひどい結果だったら、目の前に居る二人に泣きついていたことだろう。それこそ、悪魔でも良いから助けてくれと願うほどに。
これが朝にテレビでやっている星座占いだったら、多少テンションが下がる程度だっただろう。
しかし今回は、信頼に値する紅莉の占いなのである。当たる当たらないよりも、紅莉に自分の未来を肯定してほしかった。
「あはは。たとえどんな結果が出ようと、大丈夫だよ。私が一緒に居る限り、絶対に悠真君のことを救うから」
「紅莉……」
この数日、彼女にはすでに何度も助けられている。
今だってそうだ。そばで懸命に支えようとしてくれている。
「ありがとう。俺も紅莉に何かあったら身体張って護るから」
「えへへ、嬉しい。でも、無理はしないでね? 私、悠真君が居なくなっちゃったら、耐えられないと思う……」
――やっぱり、優しい。
こうやって、紅莉は欲しい言葉をスッと言ってくれている。
「はぁ。そろそろ、ボクが居ることも思い出してほしいんだけど?」
「「あっ……」」
すっかり蚊帳の外に放り出されてしまっていたマルコ。
ニコニコとした表情のまま、彼はこめかみをヒクつかせていた。
「ボクは紅莉の事が大好きだけど、今のキミはなぁんかイヤだなぁ」
「はぁ? なんでよ!?」
おっと、なんだか不穏な雰囲気になりそうだ。
そう感じた悠真は、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「そ、そういえば紅莉。タロットの話はその辺にして、そろそろ教えてくれよ。この教会には、何しに来たんだ?」
マルコの話を聞かせたいだけだったら、わざわざ時間の無い今やるべきことでもない。他に何か理由があったはずだ。
「うん。あのね、マルコ。貴方に聞きたいことがあって」
「はぁ……紅莉には関わって欲しくないから、絶対に言わないって決めていたのに……」
マルコは額を手で抑えながら、深い溜め息をついた。
彼も彼で、紅莉がどうしてやってきたのか予想はついていたらしい。態度から察するに、あまり良い事ではなさそうだ。
それでも、紅莉は引くつもりはなかった。
「分かってる。だけどお願いしたいの。私に、カレイドスコープの本拠地を教えて」
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