第9話 すれ違う思い

 九月になり、蒸し暑さはほんの少しだが和らいだ気がする。


「ふわぁ、もう朝か……」


 粟生に住む十四歳の少女、深山紫音。


 彼女は二カ月程前にここに引っ越してきて、現地で探偵事務所を営む赤石純と知り合った。


 最初は軽いお手伝い程度のものだった……が、依頼先のマンションで殺人事件が起こり、それを解決に導いたことで純や警察の面々から一目置かれる存在となった。


 そのまま純と二人で探偵の仕事をするかと思われたが、辛い過去を持つ彼女は他人と関わることさえ難があった。そうして純とも口論になって一時は疎遠になってしまったが、彼は過去を隠そうとする紫音に対して、少しずつでも良いから話して欲しいと頼んだ。


 全てを話し終えた後、彼は紫音を優しく励ましてくれた。


「それでも、俺はお前のことが大事だ」


 嫌われてなど、いなかった。


 探偵としての仕事に協力したい。それは、紫音の方から頼んできたことだった。


「ふふふーんふーん、ふふっ」


 今の紫音はいつも通りの朝を迎え、顔を洗っているところだった。


「よし、今日もバッチリだね」


 最初は慣れなかった粟生での日々も、今は随分と楽しいものになった。これも、純や町の人々と打ち解けていったからなのかもしれない。


「赤石探偵事務所。深山紫音、今日も頑張ります!」




「今日は純君の所、行くのかい?」


 紫音にそうやって聞いてきたのは、彼女の祖母である凛子だった。


「うん、今日はやることも無いし」


 紫音は洗い物をしながら、少し大きめな声で答えた。蛇口を閉めた後、周りに気を付けながら食器を運ぶ。


「上手くやれてるかい? あそこでは」


「うん、赤石さんも良い人だよ」


 本当の意味で良い人かはまだ分からないが、このように聞かれると首を横に振りづらい。


 紫音は今までの彼とのやり取りを振り返ってみた。純は適当で面倒くさがりな部分もあるが、意外に優しくて気遣いのできる男だったと感じた。それに比べて私は……と、思考を後ろ向きにしてしまうとキリがない。


 最近は瀬名、真澄の二人が事務所の隣に越してきた。瀬名は純とあまり仲良くはないようだが、以前よりも賑やかになった気がする。


(斉藤さん、か……)


 でも、それが紫音の心を複雑にさせた。


 斉藤真澄。純の高校時代の知り合いらしく、たまに純のもとを訪れては彼と親しげに接している。そんな彼らを見ると、紫音は複雑な気持ちになるのだった。


(あの二人は良いコンビになれるのかな。そうしたら、赤石さんは私から離れてしまうかもしれない。)


 もちろん真澄は良い人だと思うし、そんな彼女を個人的な恨みで遠ざけようとするのはダメだと感じている。しかし以前に二人が楽しそうに話している時、そんな想いが初めて湧いてきた。


「純君に会いたいってだけじゃ、来ちゃダメ? 私、ちょっぴり寂しかったの」


 以前真澄が言った言葉が、頭から離れなかった。


 ただのクラスメイトとは思えなかった。あの人は、本当は純の何なんだろう。


「大丈夫だよ、私は」


 大丈夫とも言えなかったが、紫音は凛子に対してそう言ってしまった。


 そんな時、静かな家に電話のベルが鳴り響いた。


「あら、こんな朝から誰だろうね?」


 凛子は首を傾げていたが、ここに朝早くに電話をかけてくる人間といえば1人しかいないだろう。


「赤石さんかぁ……ちょっと私、出るね」


 紫音は早足気味に電話まで駆け寄り、受話器を取った。


「もしもし」




 すると予想通りの声が、紫音の耳に届いた。


「俺だ、赤石だ」


 若干だが眠そうな声をしているのも、また彼らしかった。


「どうしたんですか? 依頼が来たんですか、それともまた事件?」


 紫音が心配しているのは、近頃この付近で多発している通り魔事件。主に深夜帯に現れ、通行人の右腕を切り落としていくという残酷なものだ。


 最初の事件から五カ月程度経過しているが既に三人が犠牲になっており、かつ犯人の情報については現時点で全くない。


 四人目の犠牲者が出てもおかしくないだろうと思っていたが、もしやまた発生したのだろうか。


「依頼じゃないんだわ。家の鍵が無くなってるんだけども、何か知ってることないか?」


「家の……鍵ですか?」


「ああ」


 何でも純は依頼を受け付けている時間は探偵事務所を開けているが、治安面は怖いので外出時と夜の営業時間外は鍵を閉めているという。その合鍵を自室の引き出しに入れていたにも関わらず、今朝確認すると無かったらしい。


「深山もここによく出入りしてるから、もしかしたら間違えて持ってたりしてるか?」


「すいません、それただ失くしただけですよね?」


 心配をして損だった、と紫音はため息をついた。探偵にも関わらず落とし物をするとは、何とも……


「もう一度探してみてください。何があって、私が赤石さんの家の鍵を持ち去るんです……?」


 しかし、純はまだ納得がいっていない様子だった。


「えぇ?でも誰かが盗んだ可能性もあると思うんだが」


「そんなわけないです。家で落とし物をしたくらいで、深刻そうに電話をかけるのはやめて下さい、では」


 純がこれ以上何か言う前に、紫音は電話を切った。


「さっきの電話は純君だったのー?」


 後ろから凛子の声が聞こえたので、紫音は振り返って答えた。


「うん。でも、大した連絡じゃなかったみたい」




「おいっ! ったく、一方的に切るなよ……」


 ツーツーとしか聞こえなくなった受話器を置き、純は事務所の机で頬杖をついた。


 とはいえ合鍵がなくともまだ鍵は手元にあるし、普通なら騒ぐような問題ではない。 紫音の言っている通りただ落としただけなのであれば、家から見つかるのを待てば良いのだから。


「何か、嫌な予感がするんだよなぁ」


 しかしこの寒気は一体何なのだろう。何となく、これが深刻な事態に繋がるのではないかと思っている。


(あの時も、そうだったっけ……?)


 純が高校生で、家もこの事務所より東にあった頃。その時も、家の合鍵を失くしたような「気がする」のだ。


(そしてそのことを、後で死ぬほど後悔した。失くした当時は軽く流したけど、家で……)


 家で、何があったのか思い出せない。


 思い出せるのは、以前の自分の部屋。ある日家に帰ってきたら、壁や天井一面に写真が貼り付けられていたのだ。それを見つけた時、自分は目の前の空間が歪んだように感じた。


(ぼんやりとした写真の中身。確認するために、俺は歩み寄って……)


 でも、そこに何が写っていたかが分からない。


「どうなってんだ?」


 自分の腕がガタガタと震え、少しだが汗も出始めている。覚えの無い自分の記憶が、必死に何かを叫んでいるような気がした。


「覚えてねぇよ。俺に、何が言いたいんだよ……?」


 肝心なことは何一つとしてハッキリとしない。でもこれは何となく、自分が失くしたわけではないように感じた。


「盗んだのか、誰かが」




 その時、電話が再び鳴った。


「あれ、深山か?」


 もしかしたら、何か言い忘れていたことがあったのかもしれない。そう思って純は電話を取った。


「はい」


 しかし、相手は紫音ではなかった。


「赤石君だね。少々緊急の事態が発生したから、深山君と共に来て欲しいんだ」


 電話の相手は警察署で巡査長を務める、三木遼磨という男だった。純とも度々事件で会うことがあり、最近では向こうから事件の情報を伝えてくれることもあった。


「緊急? えっと、そっちの警察署で大丈夫ですか?」


 遼磨が緊急という言葉を使うのは、自分が聞いた中では初めてかもしれない。純は少し焦りながら聞いた。


「ああ。先週の日曜日、またこの地区で事件が起こってね」


 遼磨はそこで言い淀んだ。しばらくした後、言葉を続けた。


「連続通り魔事件、四人目の被害者が現れてしまった」




 純はその足で、紫音に再び電話をかけた。


「早く出てくれよ!」


 中々繋がらないことに、純はどうしようもなく苛立った。


「赤石さんですか?鍵は……」


 ようやく紫音が電話に出たため、純は簡単に用件だけを説明した。


「今は鍵のことはいい! それより、三木さんが警察署に来てくれってことだ、俺も行く!」


「警察署……? まさか、また事件ですか?」


 紫音は、思ったよりも驚く様子を見せずに冷静だった。


「ああ。探偵事務所の前で待ってるから、できるだけ早く来てくれないか!? 頼むぞ!」


 今度は純が一方的に電話を切り、受話器を置いた。


「くそっ、またかよ……!」


 そして急いで、事務所を出た。




「また、通行人が刃物で?」


 遼磨に言われた通り、紫音を連れて小野の警察署に向かった。


「ああ、それも今度は警察官が殺害された。パトロール中に襲われたらしい。」


 二人は橋を越え、大きな道路を直進した。ここは比較的整備されており、ショッピングセンターが近くに存在することから交通量もある。


「今度は、有力な情報があればいいんだが……」


 そもそも三人の犠牲者が出ている上に、流石に今回は警察官が殺されたということで向こうもただならぬ雰囲気になっていることだろう。


 そんな考えを巡らせている内に、純たちは警察署に辿り着いた。


「思った通りですね」


 警察官らしき人たちが深刻そうな顔で廊下を行き交っている。


「赤石君、深山君!」


 するとその中から遼磨が現れ、部屋に手招きをした。純と紫音は軽く頷き、彼のいる個室へ入った。




「さっきも伝えたが、警察官の一人が遺体で発見された。刃物で刺されたことによる失血死で、右腕はまた切断されていた」


 そう二人に言う遼磨は他の警察官と同じく、今までよりもさらに真剣な表情だった。眉間にはシワが寄り、今にも怒りで暴れ出しそうなほどだった。


「そうですか……」


 純もそんな遼磨の様子を感じたため、これ以上のことが言えなかった。しかし紫音はそんな空気に耐えかねたのか、恐る恐る遼磨に聞いた。


「目撃情報はあったんですか?」


「ああ。ここに、パトカーのドライブレコーダーの映像が残っていた」


 遼磨はゆっくりとパソコンを取り出した。慣れた手つきで操作した後、映像を二人に見せた。


 そこには、夜の粟生の景色が流れていた。これが恐らくパトロールしていた時の映像。辺りは真っ暗で完全に人通りになくなっているため、時間帯は深夜だろう。


「あっ……!」


 すると、パトカーが止まった。警察官が降りると、目線の先に蹲る人の姿があった。


 体調が悪いのではないかと心配した様子で警察官は駆け寄った。二人はやり取りをした後、警察官が肩を組んでその人を起き上がらせた。


 その人物は黒い布切れのようなコートを羽織っており、フードも被っているため映像では顔を確認できない。


 身長、体型を細かく見ると、どちらかと言えば男性に近いように見えた。


 フードの人物はしばらくして、警察官に何かを囁いた。


「これは!?」


 そして、警察官は腹部を刺された。凶器は警察の捜査通り大きめの刃物、刃先が真っ直ぐな鉈だった。


 フードの人物は倒れる警察官に覆い被さり……


「ここから先は見ない方がいい」


 遼磨が純たちに見せていたパソコンを戻し、映像を止めた。


「犯人の姿が映ってましたね。素顔は今回も分かりませんでしたが」


 紫音が言うように、映像が残っていたというのは良かったのだが素顔が見えなかった分、事件の解決はまだ難しそうだった。


「目撃情報については確かなものが得られなかった。一度これまでの事件を整理して、犯人の逮捕に繋がる手がかりを見つけなければいけない」


 遼磨は席を立ち、扉の前に立った。


「また新たな情報があれば連絡する。君たちも人通りが少ない時間帯の外出は、避けた方が良いだろう」


 彼は背を向けてそう言った……だが、それだけだった。


 卑劣な反抗を繰り返す犯人に対して許せないと言う気持ちもあるはずなのに、彼はそれを口にしない。きっと彼は怒りを露わにしてはいけないと感じ、必死に感情を抑えているのだろう。紫音はそんな遼磨の姿を見て感じた。


「分かりました」


 純と紫音も席を立ち、彼と共に部屋を出た。犯人は今もこの辺りにいるのかもしれない。


 自分たちと何も変わらない状況で幸せそうに暮らし、次の犯行に向けて準備を整えているのかもしれない。


 そう思うと、この上ない恐怖と嫌悪感が襲いかかってきた。




 二人はまだ足取りが重い中、帰り道を歩いていた。


「そういえば、先週の日曜日って赤石さんが斉藤さんといた日ですよね?」


 紫音はふと気になり、純に聞いた。


 そう、警察官が殺害されたのは日曜日の深夜。真澄が探偵事務所に現れ、純と楽しそうに夜まで話していた日だった。


「そういえばそうだったな。深山ってあの日早く帰ったけど、誰か怪しい人は見なかったか?」


 純の質問に対して、紫音は首を横に振った。


「いなかったですね。映像を見るに、あの人は警察の人がパトロールするのを見越して待ち伏せしていた可能性が高いと思うんですけどね……」


 純と紫音は頭を抱えた。どのような推測をしても、犯人が次のアクションを起こさない限り確証がない。


 そういえば、遼磨は一度今までに起きた事件を整理するとか言っていたか。


「なぁ、俺たちも状況を整理しないか? 犯人の行動範囲や、目的が何なのか」


「確かに、それが良いですね。事務所に戻ったらやりましょう」


 そこで紫音はふと、何かに気付いたように足を止めた。


「そういえば、以前はこの事件には関わらない方がいいって言ってましたよね。どうして今になって考えを変えたんです?」


 純はしばらく考え込んだ後、答えた。


「四人目の犠牲者が出てしまった以上、ここで何もしなくても殺されるかもしれない。俺たちだけじゃない。深山や真澄さんたちだってこの町の大切な仲間だ」


 遼磨のあの顔を、純は頭から離れなかった。同僚が殺されても、悔しさを噛み締めて事件解決に乗り出そうとしている。


「俺はホームズのようにはなれない。でも事件に悩む人たちを放ってはおけないんだ。何もしないで無意味に死ぬよりは、一か八か全力で突進してやるさ」


 はっきりとそう言った純の姿は、どこか力強さを感じた。


「じゃあ、私はそのお守りになれますか?」


「お守りなんて言うなよ。俺たち二人で、黒フードの野郎をギャフンと言わせてやろうぜ」


 さっきまでは先の見えない暗闇に翻弄されるままの二人だったが、ようやく、探偵としての純と紫音が戻ってきたようだった。








「そういえば、真澄さんは何か知らないかな」


 事務所の前まで着いて、純は突然彼女の存在を思い出した。


「事件があった時間は流石に寝てたと思うけど、万が一があるから聞いてみた方がいいか……」


「呼んだ?」


「うわっ!?」


 純は驚いて振り向いた。独り言だったのに、当然のように聞かれてしまっていたのか。


「純君の方から呼んでくれるなんて、私何だか嬉しいなぁ」


 真澄が、家の玄関から出てきて手を振っていた。


 今日の彼女の服装は、半袖の白いブラウスと濃いピンクのスカート。ベージュのポーチを肩に掛けているのが軽めのアクセントだろうか。


「ちょうど聞きたいことがあったんだよ。今時間ある?」


「もちろん!」


 真澄は嬉しそうに、純の後を追いかけて事務所に入った。


「また、楽しそうに……」


 紫音はその姿を見て、また複雑な気持ちになった。




「えっ、また通り魔事件が起きたの!?」


 真澄は二人から話を聞き、大きく驚いた。


「ここ本当に大丈夫かなぁ……? これで四件目でしょう?」


 このような状況にもなれば当たり前でもあるが、真澄も通り魔事件に関しては怯えている様子だった。


「というか、通り魔事件のことは知ってたんですね?」


 真澄、それに瀬名が越してきたのは紫音が粟生に移り住んだ後だったはずだ。つまり真澄は粟生に来て間もないはずだが、彼女が通り魔事件について知っていたのは意外だった。


「この町の人たち、みんな噂にしてるわよ?」


「ああ、やっぱり心配してるんですね。」


 紫音はやはりそうかと思った。自分の住む地域で立て続けに事件が起きているとなると、気が気でなくなるのも当たり前かもしれない。


「今回の事件で、騒ぎが一気に大きくなるとまずいですね……」


「真澄さん。その事件が起きた時刻がさ、以前真澄さんが来た日の深夜らしいんだ」


 純は怖がっても仕方ないと感じ、本題に入った。


「あの日の夜、不審な人影とかは見なかったか?」


「うーん、私は分からなかったわ。力になれなくってごめんね」


 もしかしたらと思ったが、真澄も不審者は目撃していないらしい。


「すると事件当時は、紫音は夕方に帰宅して、真澄さんとは夜までいたけどどちらも不審な人物は見ていない。親父はずっと寝てたのを確認済みだし、周りの人たちには全員にアリバイがある上に事件との関わりもない。ん、日岡さんはどうしてたっけ?」


 手がかりはどこかにないのかと不安になっていたが、瀬名だけは事件当時の動きが分からなかった。


 純がそう聞くと、真澄はどこか浮かない顔になった。


「それがね。あの後家の用事から帰ってきたんだけど急に熱出して寝込んじゃって。もう2日くらいは動いてないかな……」


「そうだったのか。何か申し訳ないな、そんな時に呼んでしまって」


 謝る純を見て、真澄は笑顔で首を横に振った。


「大丈夫よ、純君だって事件を解決したいんでしょ?」


「……ああ。次の犠牲者が出る前に、どうにかしてこの事件を終わらせたい」




「結局、犯人の動きが何も掴めないな」


 先程言っていた通り、純は今までの事件を整理して犯人の動向を探ろうとしている。だが被害者の特徴もバラバラ、何かしらの関係も無さそうだった。


「そもそもなんですけど、どうしてここなんでしょう?」


「何がだ?」


「ここで通り魔を起こす理由が見当たりません。もっと人口が多い街ならともかくとして」


 紫音は以前から疑問に思っていた。


 確かに犯人にとっては目撃情報が残りづらいと言う利点があるものの、田舎で通り魔事件を起こすと言う事例はあまりない。


「つまり、これは計画性のある殺人かもしれないと?」


「私はそう思いました」


 これも確証がないことではあったが、紫音は自身の推理を述べた。


「右腕が切断されている、これがこの事件に共通する特徴です。何故右腕に固執するのかは分かりません。けど、このやり方で殺人事件を起こせば、誰でも同一犯の犯行だと分かるはず」


「なるほど、紫音ちゃんの言いたいことが分かったわ」


 純と紫音の二人が情報を集めて話している中、真澄も会話に入ってきた。


「殺すことが目的ではなく、混乱させるのが目的ってことじゃないの?」


「はい。犯人はこの地域、あるいは警察に恨みを持っていた。だから自身が気に食わないと感じた人物から殺害しているのではと」


 そうすれば町や警察が騒ぎになり、犯人にとっては一石二鳥となる。紫音の推測はこのようなものだった。


「なるほど、確かに辻褄は通るな」


 純も納得していたが、紫音はまだ心配事があるようだった。


「しかしこの推理が合っているなら、犯人はこれからもっと活発に動くようになるのかもしれません」


「どういうこと?」


 紫音の言葉に、真澄が首を傾げた。


「警察を狙っているなら警察署や交番が危ないですし、この町が狙いなら地域の催し物等で人が集まる時が危険です」


「このまま一人一人の殺人だけに留まらず、大規模な殺人事件を起こす可能性があるってことか。確かに厄介だ……」


 依然として犯人の目的がはっきりとしないが、先手を呼んで行動する必要性はさらに増したかもしれない。


「恐らくこれは通り魔事件ではない。これからは小野市連続殺人事件と、そう名付けましょう」




 そこからしばらく議論は続いたが、日が暮れたため三人は解散することになった。


「お互い、身の安全は第一にな」


 純は、帰る準備を整える紫音にそう言った。


「はい。赤石さんも、一人でいる時は気をつけてくださいね」


 すると、真澄が純の肩を軽く叩いた。


「本当だよ。純君は事件を解決するのも大事だけど、もっと自分を大事にしてね」


「ああ、分かってるよ」


 純は振り返り、真澄に優しく微笑みかけた。真澄も明るい笑顔を浮かべ、純の手を優しく握った。


「ごめんね、なんかこうしたら安心するし……」


「何でだよ。まあ、良いけどさ」


 そうやって向かい合う二人はとても輝いて見えた。


「じゃあ、私帰りますね」


 紫音は踵を返し、事務所の扉まで歩いていった。


「ああ、それじゃあな」


 純は紫音に手を振った。もう片方は真澄の手を握ったままで。


「さよなら」


 その「さよなら」にある紫音の感情を、純は理解できなかった。


(私は本当に、赤石さんの相棒になれるのかな?)


 また、紫音は純が遠くなっていくのを感じた。




「ああ、そういえば聞き忘れてたんだけどさ」


 純は殺人事件で頭がいっぱいになり、聞きたかったことを忘れていた。


「合鍵が今朝から無いんだけどさ。真澄さん、何か知らないか?」


 そう、真澄も探偵事務所に出入りしていた。今も盗難を疑っている純は、真澄に会った時に聞こうと思っていたのだ。


「さあ。部屋の引き出しから動かしてないんだったら、純君が失くしただけじゃない?」


「やっぱりか」


 結果は紫音に聞いた時と変わらなかった。やっぱり紛失したなら、もう一度探した方がいいのだろうか。


「それとさ、私からもちょっと言いたいことがあるの」


「ん、何だ?」


 真澄は少し頬を赤らめて純に言った。


「もし瀬名の体調が良くなったらさ。金曜日、私の買い物に付き合ってくれない?」


 そのお誘いに驚きはしなかった。ただ少しだけ、意外な頼みだった。


「神戸に行きたいんだけど、一人じゃ不安で。それにほら、純君もこれから忙しくなりそうだったら軽い息抜きでも」


「いや、息抜きになるか……?」


 だが、純も別に断る理由が無かった。


「いいよ。じゃあ金曜日、もし行けるなら真澄さんの家の前で待とうか?」


 すると、真澄の目がキラキラと輝いた。


「ほんと!? じゃあ、また連絡するわね」


 真澄は嬉しそうに、探偵事務所を後にした。


「純君とデート、楽しみだなぁ……!」


 最後にそんなことを呟きながら去っていく彼女の姿は、どこか可愛らしかった。


「はぁ、何かさっきとはえらい違いだなぁ」


 確かに優しい一面もあるのだが、純は真澄のそういう所をいまいち理解できなかった。


 真澄が去った後、純はふと彼女の言葉を思い返した。最後に彼女は、純とデートするとか言っていたような……


「ん、デート!?」


 何だか、聞き捨てならないことを聞いてしまった気がする。




 続く

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