第8話 太陽でありたい
芦屋財閥とは、現在の日本で唯一残存する財閥企業である。
宅地開発を主に行い、少しずつではあるがその勢力は広がりつつあり、関西圏ではその名を知る人も多い。
この度西神ニュータウンの再開発が計画され、芦屋財閥も資金援助する形で携わる予定だったのだが、そこに待ったをかける企業があった。
西神に大規模な工場を建設するとして、事業に反対したその企業の名は、川田製作所。しかしこの企業は、阪神・淡路大震災の後に急成長を遂げ、多くの企業を傘下に置いたという、妙な経歴を持つ企業だった。
やがて芦屋財閥はこの川田製作所が、犯罪組織に武器の密輸を、さらに薬物の密売を行っていることを突き止めた。
様々な企業の協力を得て、警察の目を逃れてきた川田製作所。芦屋財閥は事業を成功させるべく、そして川田製作所を滅ぼすべく、全貌の見えない悪に立ち向かう。
「おはようございます、芦屋様」
雲一つない、晴れた日の執務室の扉を開け、メイドの女性が入ってきた。
御影清良。Luminas(光り輝く) ster(星)と呼ばれる、金の刺繍が特徴の制服を着ている。彼女自身は芦屋財閥の当主である芦屋一蔵の秘書代理、メイドと執事たちのリーダーを務めている。
その制服は、彼女のトレードマークだ。
「只今の時刻は七時三十分、天気は快晴でございます。本日は、午後に兵庫県の方々が屋敷にお越しになります」
清良が一通りの報告を追えた後、一蔵は席を立ち、清良の方を向いた。
「了解だ。今日もよろしく頼むぞ、御影」
「はい。今日という日が、平穏に進みますように」
これが、一日の仕事を始める魔法の言葉。二人の心がすうっと軽くなり、仕事に身が入るようになる。
清良は最後に、頭をゆっくりと下げた。
さて、ここで清良の仕事について、一通りまとめておくことにしよう。清掃や食事の支度は主に最終確認を行い、不備があれば自身の手で修正をするか、あるいは指導して訂正を促す。
ここは使用人達のリーダーらしい仕事とも言える。
さらに、一蔵が他企業に呼ばれた際は基本的に同行し、業務の補佐のみならずボディーガードとしての仕事も行っている。
住み込みではあるが、定期的に実家に帰ることもある。その際は他の使用人が彼女の仕事を行う。……その場合、リーダー不在により若干仕事が遅くなり、効率が悪くなってしまうことは言ってはいけない。
朝の挨拶を済ませた後、清良は一旦屋敷の建物から出て、郵便受けに手をかけた。
(取り立てて大きなニュースも無いですね……台風については、進路が逸れるので大した影響はありませんが、念の為に警戒をしておくべきですかね。)
新聞を一蔵の元に届けるついでに、自身も内容に目を通す、これも彼女の仕事の一つだ。
九月になると台風の発生、さらには進路が気になる所だが、どうも今回の台風は直撃を免れそうだと感じ、ほっと胸を撫で下ろした。
他には政治のニュース、芸能ニュース等々が並ぶが、一際目立つモノも無い。新聞を綺麗に畳み、清良は屋敷に戻っていった。
そこでふと、彼女の足が止まった。
(誰かいる。あそこでしょうか……?)
向こうの茂みに、人の気配を感じたのだ。屋敷の正面玄関、それの入り口横に植えてあったものだった。
早朝に清掃・庭の整備を行った際は、何も気配は感じなかったのだが。
「……気のせいでしょうかね」
きっと、まだ眠気が取れきっていないのだろう。こんなことで心の乱れが生まれれば、業務に支障が出てしまう。
清良は茂みに背を向け、その場を去った。
「今日も美味しかったぞ。味付けも濃すぎず、魚の味を良く活かせていた、と感じたな」
清良が一蔵の元に戻ると、既に彼は朝食を済ませていた。
今日の朝食はケジャリー。イギリス発祥の朝食で、炊いた米、燻製した魚やその他調味料を加えたリゾット。この地域ならではのオプションとして、瀬戸内海のクロダイを使用している。ちなみにクロダイという名だが、中身はしっかり白身魚である。
応対していたメイドと交代で、清良が一蔵の前に出た。
「本日の新聞です」
「ありがとう」
一蔵は、新聞を軽く揺すりながら開いた。
「やはり大きなニュースは無いな。それに、株価も変動していないか」
一旦新聞を下げ、一蔵は清良に聞いた。
「そういえば、あの探偵の方たちから連絡は来たか?」
「まだ来ておりません。考えておられるのでしょう」
「そうか……」
そこでパタンと新聞を閉じ、一蔵が立ち上がった。
「さて、少し早いが来客を出迎えるための準備をするか」
「はい」
「ねぇねぇ、聞きました?」
廊下を歩いていたメイドの一人が、横から声をかけられた。
こちらも同じく、芦屋財閥のメイド。彼女らは一般職であるためか、清良のように特別な制服ではない。
「御影さん、以前実家に帰ってましたよね?」
「ええ」
すると、小さな声で囁かれた。
「あれは嘘かもしれません。須磨にいらっしゃったのを見かけたんですよ」
「須磨?と言いますと、水族館に?」
「そうです。イルカの着ぐるみを着た、はばタン? のぬいぐるみが販売されていたのです。娘に頼まれ、子供だらけの列に並びました。すると最前列に!」
そこで、メイドは事の顛末を察した。
「えぇ、それは本当なのですか!?」
「購入した後、ぬいぐるみに頬ずりをする所まで見かけました!御影さんにも、あのような可愛らしい一面があったのですね……」
しかし、二人のメイドは気付かなかった。自分の名が呼ばれたように聞こえたため、清良が歩み寄っていたことを。
「私が何か?」
すると、二人は慌てて走り去った。屋敷の廊下は走ってはいけないため、具体的には駆け足だが。
「御影さんっ!?」
「いえいえ、何でもありませんよ!!」
清良が引き止める間もなく行ってしまった。
「ああ……」
少し落ち込んだ顔で、清良は背を向けて歩いていった。
(やはり、疎まれているのでしょうか……?)
清良は普通の人とは異なる、特殊な家庭で生まれ育った。とはいえ両親がいなかったわけでも、捨てられたわけでもない。
天地流あめつちりゅう拳法けんぽう。御影家で代々受け継がれている拳法で、高度な集中と高い技術力が要求される武術。
これを学ぶためには、柔道、空手、剣道、殺陣等の武術の基本から学ばなくてはならない。
力の支点や技の素早さ、空間を利用した跳躍と回避攻撃のバランス、その全てが天地流に必要なものだからだ。
幼少期の清良は、父によくこう言われた。
「自らの道を見つけ、切り開きなさい」
その言葉を信じて、清良はただひたすらに努力した。
「もっと……十秒でも速く、一秒でも早く。技を叩き込んで、動く!」
結局の所、彼女は十一歳で天地流拳法の正当な継承者となった。
別に苦しくはなかった。技を撃つ時、動く時に体を打つ「風」。その風がとても心地よく。また、自分に力を与えてくれているようだったから。
だが、彼女には心残りがあった。
(自らの道とは、何なのだろう……)
天地流拳法を超えた先にあるはずだった自分の道が、どこまでも見えてこなかった。
(私は、どうすれば?)
虚しく過ぎていく日々は、ある意味では天地流拳法の修行をしていた時より、辛かったかもしれなかった。
その時、御影清良は見つけた。それは小さなものだったのかもしれないが……ようやく、光を。
「この屋敷に蔓延る汚れは、私がお掃除致します!」
屋敷で不貞を働く者たちを、モップを持って成敗する。そんな強くて逞しい、メイドが登場するドラマだっただろうか。
(凄い……)
美しいアクションと、華麗な立ち振る舞いだった。その姿は、清良の心を掴んで話さなかった。
「私も……こんな風に、かっこよくて強いメイドになりたい!」
「ほう、そんなことがあったのか」
「お父様……変な夢だと、笑わずに聞いて下さい」
清良はすうっと、息を吸った。
「私は、メイドになりたいです!」
その瞬間、清良は思わず目を瞑った。きっと、何を言っているんだと叱られると思ったからだ。でも、父の反応は違った。
「清良。お前は一つ、勘違いをしている」
「えっ?」
清良はゆっくりと、しかししっかりと肩を叩かれた。
「お前がその夢に向かって、全力で努力するなら……私もその夢を、全力で応援する。」
「お父様……!」
清良の父は、空を見上げた。
「天地流の理念、覚えているか?」
そう聞かれ、清良は力強く言った。
「理念。草木が眠る暗い夜でも、いずれ太陽は上り、それは大地を照らす光となる。我々天地流を志す者は、人々の命を照らす灯火となり、また太陽でありたい。」
「清良」
最後に、父は一言だけ告げた。
「お前なら、きっとどこへ行っても大丈夫だろう。胸を張って行ってこい……!」
「はい!」
(お父様に見せる顔がありませんね。)
実際の所、清良は使用人達のリーダーでありながら、年齢は二十二歳と最も若い。その腕と芯の強さを一蔵に認められ、今この場にいるのだ。
「でも、私には彼らを導く力など無い。力も及ばなければ、無知で無能で……」
彼女は感じていた。自分は本当にリーダーで良いのだろうかと。
(いけません……こんなことを考えていては。)
だが、挫けている暇は無い。一つ、また一つと仕事をこなしていかなければならないのだから。
「本日はようこそお越しくださいました」
「いえいえ、お忙しい時に申し訳ありません」
午後となり、予定通りに兵庫県の知事たちがやって来た。
「改めて。兵庫県知事を務めております、井原いはら俊文としふみです」
知事と名乗った人は、笑顔がちょっぴり素敵な中年付近の男性だった。
「芦屋財閥当主、芦屋一蔵です」
知事の俊文と、一蔵が握手を交わした。
「綺麗な屋敷ですね。清掃や手入れの努力が窺えます」
「ありがとうございます。さあ、こちらへ」
奥の部屋に招かれた俊文は、一蔵と向かい合わせになる形でソファーに座った。
「どうでしょう? 西神ニュータウン、そちらの再開発の件に関しましては」
「以前は確か前向きに検討する、という回答でしたね。こちらも全面的に協力していく形で、再開発を後押しする方針です」
一蔵の一言で、俊文は笑顔になった。
「なるほど。ではその際は、よろしくお願いします」
暖かいお茶を一口、静かに啜る。すると、敏文の顔色が変わった。
「川田製作所の件については……」
その一言で、一蔵たちは悟った。
「現在、決定的な証拠が掴めない状態です。恐らく、県警の方々も……」
「いえ、責めているわけではないんです。ここまで全力で調査を進めてきてくれたことに感謝しています。私たちは、なんと申し上げたら良いのか」
予想外の反応だった。敏文は一蔵に頭を下げ、真剣な面持ちで告げた。
「川田製作所は兵庫県に大きな影響をもたらす恐れがあります。改めてですが、私たちにも出来ることがあるならば……協力させていただけないでしょうか?」
「……!」
一蔵は驚いて、しばらく言葉が出なかった。だが、彼らが出す答えは一つしかなかった。
「もちろんです。今後とも、どうかよろしくお願いいたします」
「ああ、そういえば」
帰り際、敏文が一蔵に聞いた。今度は真剣な顔ではなく、ちょっと何かを頼むような笑顔の混じった表情だ。
「屋敷を見て回っても良いですか? 綺麗な建物なので、少し気になったのです」
「ええ、構いませんよ」
そして一蔵は、清良に声をかけた。
「御影、屋敷の案内を頼めるかな?」
「はい。それでは井原さん、こちらからご案内致します」
敏文は軽く頷き、足を進めた。
「ここに主に展示されているのは絵画です。東洋から西洋、古典的なものから現代のものまで……形や思想は問わず、画家の方々が魂を込めて作ったものが展示されています」
世界で名の知れた有名な画家。兵庫県出身の、地域に根ざした暖かい絵。
なるほど、確かに魂を感じるのかもしれない……敏文は感慨に浸りながらそう感じた。
「そして、こちらは工芸品です……よろしいですか?」
「ああ。本当に素晴らしいね、ここは」
敏文と清良は、次の場所へと向かった。
「こちらは庭園です。様々な種類の植物が、美しさと落ち着きを表現しております」
最後に庭園を案内すると、敏文は満足げな顔になった。
「ありがとうございました。様々な場所をご案内していただき、とても嬉しかったです」
そんな言葉を受け、清良は頭を下げようとした。
(……!?)
目が合った。敏文……ではなく、今日の一日で持った違和感の正体に。
「こちらこそ、お喜びになられたのであれば幸いです。帰りは暗いですので、お足元には十分お気を付け下さい」
「はい。それでは失礼します」
敏文たちは、停めてあった車まで向かった。最後に使用人たちの見送りを受けて、車は走り去った。
「「「ありがとうございました。また、お越しください」」」
「待て、さっき見られたんじゃないのか?」
完全に日が落ちた屋敷で、細々とした声が聞こえる。茂みに隠れていたのは、男たち。
「大丈夫だろう。さぁて、人もいなくなったし……」
男の一人は、建物の設計図らしきものを端末から引き出した。そう、この屋敷のものだ。
「裏口から入っていくか」
さらに端末に顔を近付け、呟いた。
「そろそろ、行くぞ」
すると、別の茂みからも男が出てきた。
「バレないように、とっとと切り上げっか」
「ああ」
男たちは合わせて三名。裏口を目指し、最低限の足音で走った。
「芦屋様」
敏文たちが帰った後、清良は一蔵に声をかけた。
「どうした、御影?」
「屋敷に不審な人物がいます」
清良は先程、茂みに隠れていた男たちと目が合っていた。その場の騒ぎを避けるため、知らないふりをして敏文たちを見送ったのだった。
「……何だと!?」
「男性が三名。恐らく、窃盗団ではないかと推測されます」
朝から屋敷の様子を監視していたとなると、窃盗団の線で間違いはなさそうだった。もっと早く気付けば良かったのだが、ここで後悔している時間こそが無駄なようにも感じられた。
「警察に連絡するか?」
「はい。それと、窃盗団ならば目指す場所は一つでしょう」
清良は庭園に背を向け、屋敷の方を向いた。
「彼らに教育を施してきます」
「御影」
清良が足を進める前に、一蔵は彼女を呼び止めた。
「殺してはならんぞ」
「……心得ております」
そして、彼女は止めた足を動かした。
「……ここか」
一方、男たちは屋敷の中に侵入した。目指すのは、絵画や工芸品が置かれたエリアだ。
「待て」
すると、男の一人が止めに入った。
「どうした?」
「警備システムが作動しない。本来なら、何かあってもおかしくないのに……」
当然正規の入り口から入ってきているわけではないのだが、それにしても警備システムが全く作動しないのは違和感がある。
「ガバガバなのは結構さ。好き放題盗れるんだもんなぁ!」
だが他の者たちは気にも留めない。そのまま、絵画の展示にまで辿り着いてしまった。
「おぉう、色んな絵があるぞ」
様々な画家たちの、多種多様な絵画。心が奪われるものばかりで、男たちは見惚れた。
「ん、こっちの絵は?」
しかし、その中で変わった絵も点在していた。
神戸に住む画家が描いた、美しい夕焼けの絵。異彩を放つ、変わった色合いや形の絵。
「どうでもいいだろ。それより、こっちの絵を運ぶぞ」
「ああ」
それらの絵には興味を抱かず、男たちは高級そうな絵に手を伸ばした。
「……趣も、思慮も無いようですね。やはり、貴方たちにはこれらの絵画に触れる権利は無い」
「誰だ!!」
男の言葉は聞き入れず、清良は続けた。
「これらの絵画は、この屋敷の主が心を動かされた芸術たち。そのすべての絵画に……」
そこで、少し間が置かれた後、
「計り知れぬ価値があるのだ、無礼者ッ!!」
周りの空気が揺らぐような叫びが、放たれた。
「やる気か? この俺たちと」
「当然です。警備システムが全て切り、貴方たちがここに来るのをお待ちしていました。この屋敷に踏み入れたことを、後悔させてあげましょう」
清良を、三人の男たちが取り囲んだ。薄暗い部屋の中、気迫だけがこの空間を支配している。
「天地流の真髄……とくと味わいなさい」
「天地流奥義、明鏡めいきょう矢し垂すい……」
清良は目を閉じ、そして開いた。ただ、それだけ。
「あぁん?」
しかし、男たちは感じた。風が自らの方に向かい、突き刺すように吹いている。
「……」
これは自らの集中力を高める技。そして、自らの力と、気を最大限にまで高める。
「だからどうした!」
男の一人が、清良に殴りかかった。だが、彼女は一歩たりとも動かない。
「なっ!?」
止めた。男は拳を抜こうとするが、清良が手で掴んで離さない。
「てぇぃっ!」
そして、一気に投げ飛ばされた。これは柔道由来の動き。相手が判断する間も無く、即座に行動する。
「ぐ……が!」
強く地面に叩きつけられたので、男もしばらく声が出なかった。
「この!!」
すると、残りの二人が動いた。囲んだ状態で同時に蹴りを行い、回避する余裕を無くす。
だが、清良には通じない。
「は……ああ!?」
それらの蹴りを避け、さらに上へと跳ぶ。高く、高く。その姿は美しくも、力強かった。
「天地流奥義、龍虎醒遂りゅうこせいすい!」
空中で姿勢を変え、かかと落としを繰り出した。男の肩を、はっきりと捉えた。
「陥ちなさいッ!」
「ぬぁぁっ!?」
そのままの力で、男を蹴り落とした。
「さあ、これで最後です」
清良は一人残った男に向け、拳を構えた。
足を大きく開き、力を込める。今度は空手に近いような構えだった。
「はぁっ!」
一撃。たった一撃で、男は盛大に吹き飛んだ。
「ううっ……!」
地面を転がり、男は倒れた。これで、全員の敵が地に伏せた。
「負けて、たまるか!」
すると、最初に投げ飛ばされた男が立ち上がった。拳銃を取り出したのだ。
「……撃つなら、早く撃てばいいのです」
しかし、清良は物怖じせずに詰め寄った。
「早く撃ちなさい!」
「ァァァァッ!!」
男は恐怖に顔を歪め、男は引き金を引いた。バン!と、大きな銃声が響いた。
「こんな玩具おもちゃ、私には通用しない」
しかし、清良は素手で受け止め。掴んだ銃弾を投げ捨て、清良は男の持つ拳銃すら奪った。
「こんな浅知恵で、この屋敷のものを盗めると……貴様は本当に、そう思ったのか!?」
「……なさい」
「何?」
清良は男の胸倉を掴み、引き上げた。
「言いたいことがあるなら、はっきりと言いなさい!! この半端者!!」
「ごめんなさいっ、もうしません!」
男は泣きながら、清良に土下座をした。
「勝手に入って……物を盗もうとして、すいませんでした!!」
「この絵画には、それぞれ画家が込めた魂がある……」
清良は絵画の方を見つめ、そう呟いた。
「お前たちは、警察に引き渡します。そして、お前たちが見下した魂がどれだけ気高く、尊いものであったかを知りなさい」
清良は男たちに、こう告げた。
「考え直しなさい、もう一度」
後に警察が到着し、男たちは連行された。だが、彼らの表情に未練は無かったと、清良は感じた。
「私の声が届いたのならば良いのですが……」
そして、執務室で一蔵に事情を説明した。
「よくやった、御影。絵画にも被害がなかったようで安心したよ」
「いえ、私は当然のことをしたまでです」
清良はうっすら微笑み、一蔵にお辞儀をした。
「今日はゆっくりと休め」
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
清良が部屋から出ていったのを、一蔵は静かに確認した。彼は引き出しから、一枚の写真を取り出した。
「伊織……」
そこには一蔵と、もう一人。
茶色の混じった短い髪の少女。一蔵の娘、伊織だった。
「お前が眠ってから、もう随分と経つな……」
そして、その顔は、どこか清良と似た、綺麗な顔立ちだった。
「私は今日も、しっかり働けましたかね?」
清良は自室に戻り、ベッドで寝転んでいた。彼女ははばタンのぬいぐるみを抱き締め、そんなことを語りかけていたのだ。
「はばタン……いつものことですが、とっても可愛いですね」
楽しげに話しかける姿は、どこかいつもの彼女の姿とは違うものだった。
「明日も頑張りますから、私に力を分けてくださいっ……」
そして、はばタンを抱きしめたまま、彼女は幸せな眠りについた。
続く
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