第6話

 田中たなか善蔵ぜんぞうはとりあえずコンビニの近くにあるコインパーキングに車を停めた。


 「行きますか、弥宵やよいさん。」

 「いいぜ、ベイベー!」

 活きの良い返事と共に、片桐かたぎり弥宵やよいはシートベルトを外し、外へ出た。同時に善蔵ぜんぞうも出た。


 コンビニ内の状況はシンプルだ。サングラスとマスクを身に付けた男が店員に拳銃を突き付けて脅している様だ。


 「こんな暑い季節に暑苦しい格好してんなぁ.........。で、いつ突入しますか?」

 「ぜんちゃん初めての割にはやる気満々だねー。」

 「緊張はしてますけどね。それより、どんな作戦でいきましょうか。」

 「『強盗作戦』で行こうか。」

 「ん?なんすかそれ?」

 「あたし達が強盗としてコンビニに入って行くのさ。『強盗じゃー!金出せコラー!』って感じで。」

 「.........なんかややこしくないですか?」

 「じゃあどうする?」

 「普通に買い物に来た客って感じでいいと思うんですけど。」

 「それじゃあつまらんじゃろうが!こういうのはキャラクター設定が大事なんだよ!」

 「キャラクターなんか要らないっすよ別に。」

 「じゃあいいよ、善ちゃんは普通のつまらない人ね。あたしは徒歩で日本一週中の僧侶そうりょやるから。」

 「はぁ?」


 弥宵やよいは突然ハゲかつらを被った。

 不自然だ。黒でスカートが短めのワンピースを着た美女がハゲかつらを被っただけで僧侶を名乗るらしい。


 「なぁぁぁぁぁぁむあみだぶつぅぅぅ。」

 お祈りする様に両手を合わせて弥宵やよいが言った。

 「マジで行くんすか?」

 と、善蔵ぜんぞうが言った。

 「行くよぜんちゃん、正義の鉄槌てっついを下しに。」

 「(やべー、すっげー他人のふりしたい。)」

 善蔵ぜんぞうはそう思っていた。

 弥宵やよいは普通にコンビニへと入って行った。右手だけ祈りの形をさせて、普通に歩いて入った。


 「な、何だテメーらはぁ!?」

 強盗犯が叫んだが、弥宵やよいは気にしない。

 「わたくしは、徒歩にて日本一週の修行をしているしがない僧侶でごんす。ちなみに後ろに居るのは弟子の厳太郎ごんたろうでごんす。厳太郎ごんたろうは身寄りが無く、カップラーメンを万引きしていた所を私しが引き取ったのでごんす。」

 「(俺、厳太郎ごんたろうになっちゃったぞ!)」

 善蔵ぜんぞうがそう思っていると、強盗犯が反論した。


 「嘘ついてんじゃねーぞ!!何が僧侶だ!そんなワンピース着た僧侶がいるわけねーだろ!!」

 「ひぃっ!!どうしよぜんちゃん、バレちった!!」

 「ほら、バレたっつってんじゃねーか!!」

 「お、お主なかなか鋭いのう。お、おい、厳太郎ごんたろう、やれ!」

 「テメー今そいつの事『ぜんちゃん』って呼んでたばっかだろーが!キャラぶれ過ぎなんだよ!もう諦めろ!!」

 「うっ!.........うぅう、.........うるさい!この、こ、この、う、うんこめが!!」

 「苦し紛れの悪口が幼稚園児レベルだぞ!」

 弥宵やよいはすっかり強盗犯に封じ込められてしまった。

 「(ああ、この人、すげーアホだ。)」

 善蔵ぜんぞうも呆れていた。

 「テメーらの漫才に付き合う気はねーんだよ!とっとと金出せコラァ!」

 「なんだとぉ!?これは漫才じゃない!コントだぞ!!」

 「うるっせーんだよ!!おめーから撃ち殺すぞ馬鹿女ばかおんな!!」

 犯人の怒鳴り声に震え上がってしまった弥宵やよいは目をうるうるさせながら、

 「ぜ、ぜんちゃん、この人恐いよぉぉぉ!!」

 と、善蔵ぜんぞうに助けを求めたのだった。

 「(頭が悪すぎる!!)」

 そう思いながらも、善蔵ぜんぞうは強盗犯に向かって走り出した。同時に、弥宵やよいは左側にあるレジカウンターに跳び乗る。強盗犯から見て正面に善蔵ぜんぞう、右側のレジカウンターにワンピースを着たハゲ女という構図だ。強盗犯は一瞬慌てた。どっちから打てばいいかわからなくなったのだ。善蔵ぜんぞう左拳ひだりこぶしに力を込める。真正面から強盗犯の顔面を殴ろうとしているのだ。強盗犯は先に善蔵ぜんぞうを撃とうと右手の人差し指で引き金を引く。しかし、強盗犯から見て右側に居たハゲ女が右手で銃口を押さえた。この時、拳銃の安全装置が作動して発砲できない。


 「(クソっ、何でたまが出ねー!?)」

 強盗犯がそう思った時にはハゲ女の左膝が強盗犯の右側頭部にクリーンヒットしていた。弥宵やよいは右手で銃口を押さえると同時に強盗犯に跳び膝蹴りを出していたのだ。そして弥宵やよいはあとは任せたと言わんばかりに強盗犯の右側に飛び退く。


 強盗犯の意識が飛ぶ。善蔵ぜんぞうから見て強盗犯の体が右に倒れかかる。そこで善蔵ぜんぞうは殴ろうとしていた左手を止めて、右背足で強盗犯の左頬を蹴った。右の廻し蹴りだ。


 強盗犯は左右の側頭部に大ダメージを食らい、その場に膝から崩れた。


 「やったねぜんちゃん、お見事!」

 「弥宵やよいさんこそ、カッコ良かったっすよ!」

 「えへへ~、そうかなぁ.........。」

 「それより店員さん、大丈夫ですか?」


 善蔵ぜんぞうは店員に話し掛けた。

 「は、はい!あ、ありがとうございます!」

 店員の女性は無事の様だ。

 「あーあ、このコンビニ、夜中は女性店員一人だけかぁ、ちょいと不用心ですなぁ。」

 ハゲ女が腕を組みながら言った。

 「弥宵やよいさん、とりあえず通報しときましょう。あ、店員さん、通報お願いできますか?」

 「はい、勿論です。ありがとうございました。」

 

 その後、すぐに警察が来て、強盗犯の男は逮捕された。コンビニは閉鎖され、店員の女性も帰る準備をして出ていった。

 しかし、暗い夜道を歩いて帰ろうとする女性の目の前に善蔵ぜんぞうが立ち塞がった。


 「そのバッグに入ってる物出せよ。」

 「チッ、いつ気付いたのよ?」

 「コンビニに入った時だよ。拳銃突き付けられてるってのに、何でそんなに落ち着いてられんだ?ふつう小便漏らしてもおかしくねー状況だろうよ。」

 「!!」

 「テメェが帰る準備してる時にレジの中身見せてもらったわ。札がねーんだけど。そのバッグの中だよなぁ?」

 「どうやって?レジの鍵はあたしが.......!」

 「中身なんか見てねーよバーカ。でも自分で認めたな?盗んだことを。」

 「お前.........!あたしを騙して.........ムカつくわ、あんた。」

 「教えてくれよ。いつから強盗犯と組んでたんだ?」

 「組む?何言ってんの?あたしはチャンスを逃さなかっただけよ。」

 「強盗は偶然だったって事か?」

 「その通り。あれはあたしにも予想出来なかったわ。あのコンビニには三年勤めてるけど、あんな事は初めてよ。」

 「『チャンスを逃さなかった』っつったが、どういうこった?」

 「五年前まであたしはコソ泥だったのよ。安い宝石とかブランド品とか盗んでは金に変えてたわ。でもあたしって実はお金を大事にするタイプでね、気付いたら貯金額が宝くじ当たったぐらいの金額になってたのよ。それでわざわざ捕まるリスクを負ってまでやる必要無いなと思って、まともに働く事にしたのよ。そこでまさかの強盗犯登場。しかもあんたら一般人まで来た。ってことはあたしが被害者だって証明してくれるはずでしょ?だからあたしは誰からも警戒される事が無くなる。警察がやってきて、防犯カメラの録画映像データを持ってったけど、そこには拳銃を突き付けられた被害者のあたししか映ってない。こんなチャンスまたと無いでしょ?レジから金を盗ったのは店が閉鎖、つまり店の電源を全て落とした後だからね。なのに.........。」

 「ど素人しろうとの俺にバレた。」

 「あんた一体何者?なんであたしが金を盗んだと思ったわけ?」

 「『目は口程に物を言う』って言うだろ?テメェの目はきったねードブみてぇな目の色だったからよぉ、テメェがこれから何か悪い事するって思っただけよ。」

 「そんな勘で見抜かれたってこと?あたし、演技力には自信あるんだけど.........。」

 「俺には関係ねー。俺は目を見る。目を見ればそいつがどんな奴かは大体わかっちまうんだよ。」

 「何それ?意味わかんない。今流行りの異能のちからってやつ?」

 「いや、これは武道のちからってやつかな?」


 女性はバッグから拳銃を出して善蔵ぜんぞうに向けた。

 「安心してぇ、一発で死なせてあげるわ。あんたの後は妙に運動神経がいいあんたの彼女も


 ダッ!

 女性が話してる途中で善蔵ぜんぞうは女性の至近距離まで踏み込んだ。あまりの速さに反応が一瞬遅れる女性。


 ゴッ!!

 善蔵ぜんぞうは硬い頭を女性の鼻に思い切りぶつけた。骨が折れ、血が吹き出る。思わず拳銃を落としてしまった。


 「あ.........が.........!」

 「話が長くて助かったぜ、さっさと撃っちまえば良かったのによぉ。それともまさか、拳銃握ってるってだけで主導権まで握ってるとか思っちゃってたのか?」


 普通は相手が拳銃なんか持ってたら素手であるこっちは萎縮いしゅくして闘えない。勝負にならないし、死ぬかも知れないからだ。だが銃を向けられる、あるいは刃物を向けられるなどの状況で逆に怒り狂う人間も存在する。善蔵ぜんぞうはそっちのタイプであった。更には女性が放った台詞せりふ善蔵ぜんぞうのあとに弥宵やよいまで殺すという内容の台詞が善蔵ぜんぞうを更に怒らせた。


 「テメェマジで馬鹿だな。テメェには銃しか武器がねーんだよ。こっちは五体が凶器だぜ、つまり武器の数からして主導権を握ってるのは俺なんだよーん!!」

 意味のわからない理論である。しかし善蔵ぜんぞうにとってはそういった理由で負ける要素が無いのだ。

 善蔵ぜんぞうは攻撃をめない。鳩尾みぞおちに左膝蹴りを入れ、さらに脛椎けいついに右肘を打ち下ろす。女性は横向きにぶっ倒れた。最後に顔面に左正拳を打ち下ろす。


 「俺はなぁ、お前みてーに俺より卑怯な人間が大嫌いなんだよ。今度会ったら殺すからね。」

 そして女性の左肺をサッカーボールを蹴る様に中足ちゅうそくで蹴っ飛ばした。


 「ガハッ、ゲホッ!」

 女性は咳と同時に血を吐いた。

 弥宵やよいはその一部始終を見ていた。

 「ぜ、ぜんちゃん.........?」

 「行きますか、弥宵やよいさん。」

 ケロっとしていた。いつもの善蔵ぜんぞうの顔だ。女性に罪を認めさせ、警察に突き出すのではなく、己自身で手を下した。

 弥宵やよいは彼女自身が『うんぽこ』のリーダーであるという裏の顔を善蔵ぜんぞうに見せていなかったが、弥宵やよい善蔵ぜんぞうのこんな一面は見た事が無かった。仮にも女性に対してあの容赦の無さ。いつも優しくて暖かい善蔵ぜんぞうのイメージが、弥宵やよいの中で崩れかけた。


 「すいません、弥宵やよいさん。見苦しいところ見せちゃって。」

 「う、うん、正直ビビったよ。」

 「あの女、俺に銃を向けながら、俺を殺した後は弥宵やよいさんを殺すみたいなこと言いやがったんで、どうしても許せなかったんですよ。」

 これが善蔵ぜんぞうの本心である。一番許せなかったのは弥宵やよいを殺す意思表示をした事だった。職場も同じ、住んでるアパートも同じの人。ほぼ一日中一緒に居る人を殺される可能性が出た瞬間に善蔵は怒り狂い、手を下したのだ。


 「安心して下さい。脛椎けいつい壊しといたんで、あの女、二度と銃は握れませんから。」

 「あ、あ、あたしのために?.........。」

 「弥宵やよいさん、死なないって言ってましたよね?でも、痛みはあるんですよね?」

 「うん、そうだけど.........。」

 「俺は弥宵やよいさんに痛い思いなんかして欲しくないんですよ。」

 「!!」


 弥宵は顔を真っ赤にして善蔵の顔を見ていた。

 「行きましょうか。強盗犯も捕まったし、万事めでたしですね!」

 自分の車に向かって歩き出す善蔵ぜんぞう

 弥宵は立ち止まったまま右拳みぎこぶしを軽く握り自分の胸に当てながらうつむいていた。

 「(..................ヤバい、ぜんちゃん、好き!!)」


 一度は崩れかけた善蔵ぜんぞうに対するイメージが、以前よりも遥かに良くなった。やっぱり善蔵ぜんぞうは優しくて暖かいのだ。

 ドキドキが止まらないが、気付けば善蔵ぜんぞうが車に乗り込もうとしていたので弥宵やよいも慌てて車に向かった。



 

 



 

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