第5話

 現在は8月後半、小学生達が憂鬱になる時期である。何故なら、夏休みがもうすぐ終わるからだ。夏休みの終わりは夏の終わりに等しい。しかし、夏の終盤にも関わらず夜中でも外気温は25度を超えていてかなり暑い。『うんぽこ』という名前のサークルのメンバー達に一通ひととおり挨拶をした後、田中善蔵たなかぜんぞう片桐かたぎり弥宵やよいと自分達のアパートに帰る事にした。現在は帰り道を善蔵の車で走っている。

 「初めてだな、善ちゃんの車に乗せてもらうのは。」

 そう言ったのは『うんぽこ』のリーダーであり、田中善蔵の職場の先輩でもある美女、片桐弥生だ。

 「すいませんね、乗り心地悪くて。父の形見なんですよ。古い車のクセに、メーカーがまた純正部品を生産し出したからかねめればいくらでも乗れるんですよ。」

 と、善蔵が言うと、弥宵は驚いた様子で言った。

 「え、そうなの?お父様の.........。この車、人気車種なんだね。あたしは車とかうとくってさ、全然知らんかったよ。」

 そんな会話をしながら車を走らせている時だった。

 「.........弥宵さん、あれって.........?」

 信号が赤だったので停車していたら、左側のコンビニの異変に善蔵が気付いた。

 「やっば、強盗じゃない?」

 「もしかしてこういう時って.........」

 「Go!Go!Let's Go!」

 「ですよねぇ~.........。」

 戦闘サークル『うんぽこ』に加入した直後、やはり見て見ぬふりは出来ない。


 一方、オヤジがりの調査に向かった三人は、一旦川島かわしま拳太けんたの自宅に向かった。川島拳太が服を着替える為だ。

 7人乗りのミニバンを自宅の駐車場に停めて、三人は拳太の家に上がる。

 年齢は21歳なのに見た目13歳くらいにしか見えない女の子、山本やまもと奈々美ななみが言った。

 「これが拳太の新居かー、一人暮らしにしちゃあ広すぎない?」

 「いいじゃねーか。何人かひとんでも狭くねーだろ?」

 それに対して、山本奈々美と同い年だがスタイル抜群の妖艶美女、支倉はせくら美夜美みやびが腕を組みながら言った。

 「なるほど、つまりあたし達を連れ込むための.........ぶぎゃあ!」

 拳太にほっぺたを殴られた。

 「俺は着替えてくるから、ちょっと待ってろよ。」

 「ほーい。」

 と、奈々美が返事をした。美夜美は倒れたまま殴られた左頬ひだりほほを左手で押さえながら言った。

 「な、殴られたわ.........ちょっと、興奮しちゃった.........♡」

 奈々美が美夜美に言った。

 「お前真性のドM?」

 「ち、違うわよ!」

 10分くらい経ったら拳太が戻って来た。

 「お待たせ。」

 シンプルな格好だった。黒いティーシャツに紺色のジャージのズボンだ。その姿を見て、ドMが言った。

 「つまらない、チェンジ!」

 厳しいファッションチェックが始まった。

 「別にいいだろ!?動きやすいんだから!」

 「駄目よ!色気が足りないわ!」

 「パトロールに色気は要らないだろ!?」

 「革ベストにジーパンにしなさい!ああ、革ベストの中は何も着ちゃだめよ!ジーパンは膝の部分が穴空いてる奴が良いわ!」

 「革ベストの中は何も着ないって、変態じゃねーかよ!」

 「そんなこと無いわよ!80年代のロックンローラーはそんなんばっかりなんだから!」

 「お前の趣味に合わせろってか、わかったよ。」

 「なんだかんだやってくれるんだ。」

 と、奈々美が笑いながら言った。

 そして.........。ロックンローラーが誕生した。サングラスまで掛けている。美夜美が嬉しそうに言った。

 「完璧だわ!あんたは今から川崎の町を支配するロックスターよ!!」

 対して拳太が言った。

 「ぜんぜん意味わかんない!!」


 なんやかんや準備して、三人は拳太の自宅を出て川崎市に向かった。拳太のミニバンで向かっているわけだが、車内では『うんぽこ』が拠点とするバーの名前と同名の曲、『Thunderstruck』が鳴り響いている。


 拳太の自宅から目的地の川崎市さいわい区のとある公園までは約1時間程かかった。時刻は深夜1時を回っていた。運転席のパワーウィンドウを下げ、そこに右肘を掛けながら拳太が言った。

 「ちょっとこの車の中で張り込むのは目立ち過ぎるな。」

 すると奈々美が拳太に言った。

 「どっかのコインパーキングに停めて、歩いて来ようよ。」

 「それが一番良さそうだな。」

 そう言って、拳太は公園から車で2分程の所にコインパーキングを見つけ、車を停めた。その後、三人は徒歩で公園まで向かった。公園の周囲は服屋、雑貨店、レストランなどがあり、日中は賑やかそうな雰囲気である。その店に囲まれる様に公園が位置している。子供が遊ぶためというより、大人が仕事の昼休みに訪れるような公園だ。入口から公園に入って、拳太が言った。

 「宮下みやした刑事からのメッセージにも書いてあったが、確かに、夜中は静かな場所だな。」

 美夜美が同意した。

 「うん、気味が悪いわね。誰かぶっ殺されても、誰も気付かなそうだわ。」

 「オヤジがりには打ってつけのスポットだーな。」

 この公園は決して狭くはない。実は100メートル走が出来るくらいの面積がある。あちこちにオレンジ色の街灯があって、夜中でも公園を優しく照らしている。別に魚がいるわけでわないが、小さな池があり、その池を越えられる様に御影石みかげいしの橋が掛かっている。とても和やかな雰囲気だ。また、三ヶ所ほど緑の丘らしき物があり、それぞれに木製のベンチが備え付けてある。しかもそれぞれのベンチの近くには桜の木があり、日陰を作ってくれるので夏でも少しは涼しい。遊具は無く、自然公園といったところか。

 奈々美が丘の上のベンチに座っている老人を見つけて言った。

 「あんなところにおじいさんがいるよ。」

 拳太が言った。

 「何でこんな時間に?ちょっと警告してやるか。」

 拳太は緑茶いろの甚兵衛じんべえを着たスキンヘッドのおじいさんに近付いて、おじいさんに言った。

 「この辺は最近オヤジがりが起きているみたいです。危ないですから、帰宅された方が良いですよ。」

 すると、おじいさんが拳太に優しい笑顔を向けながら言った。

 「いやー、お気遣い誠に恐れいるわい。じゃがもう安心してええんじゃ。オヤジ狩の連中なら、さっきどっかの良い男がやっつけてしまったわい。」

 「え!?本当ですか?」

 「本当じゃとも。連中は複数人で武器を持っとったが、その良い男は一人で素手でバッタバッタと倒してしまったんじゃよ。その良い男は帰ってしまったが、やられた連中はまだその辺で倒れてるはずじゃよ。」

 「ならそいつらを警察に突き出しゃ事件解決だ。ありがとうございました、おじいさん。」

 「ああ、さいならー。」

 おじいさんに別れを告げて、拳太は奈々美達の元へと走った。

 美夜美が拳太に質問した。

 「何かわかった?」

 「楽な仕事だぜ。どうやら、俺達の他にもオヤジがりに目をつけてた奴がいるらしい。そいつがオヤジ狩の犯人達をやっつけちまったんだと。ついさっきの事みてーだから、犯人達が近くに居るはずだ。捜し出して、警察に突き出してやろうぜ。」

 すると、奈々美が安堵した様に言った。

 「なんだそっかー.........。でも、さすがに犯人達は逃げてるんじゃないの?」

 「どうやら相当ボコされたみてーでな、まだ近くにぶっ倒れてるんじゃないかって話だ。」

 「じゃあ、捜そっか!」

 三人は公園の周囲を捜索する事にした。しかし、犯人達が見つかるのに時間は掛からなかった。レストランと服屋の間に挟まれた路地に、4人の男達がぶっ倒れてたり座り込んでたりしていたからだ。彼らに拳太が声をかけた。

 「あんたらか、オヤジ狩の犯人は。」

 すると、犯人グループのリーダー格らしき男があっさりと、しかし痛みに苦しみながら答えた。

 「あ、ああ、そうだ。.........俺達が.........オヤジ狩の犯人だよ.........。」

 「ああ?やけにあっさり認めるじゃねーか。」

 「まぁな.........。俺達はここ二週間、挑み続けて負け続けた情けない連中さ。」

 「どういうこった!?オッサン相手に負け続けただぁ?」

 「警察に突き出す前に聞いてくれよ。頼むぜ.........。」

 「あ、まぁ、良いけど。」

 「二週間前、俺達は小遣い欲しさにオヤジ狩を始めたんだよ。けど、初日から返り討ちに遭っちまってよ.........。」

 「マジかよ.........。被害届ひがいとどけが出なかったわけだ。」

 「え、そうなの?あいつ、被害届出してなかったのかよ。とことん遊ばれちまったな.........。」

 「何なんだよ、詳しく説明してくれ。」

 「ああ、最初は素手で殴り掛かってったんだ。四人で。でも、やられたらやられたで、何か悔しくなっちまってよ。次の日はフォーメーションを組んで挑んでみた。」

 「おい、金が目的だろ?悔しいからって同じ奴に挑む意味がわかんねーよ!」

 「最初は金が目的だったさ。けど、初日で負けてからは、そのオッサンの攻略が目的になったんだよ。」

 「なんでだよ!?」

 「だってちょー悔しかったんだもん!しょーがないじゃん!」

 美夜美が拳太に言った。

 「どうやら、根っからの悪者じゃ無さそうよ。」

 「みたいだな。」

 リーダー格の男が話を続けた。

 「取り敢えず、日雇いのバイトで金を稼ぐようになった俺達はそれから三日後、新しい作戦を立てた。..................そう、その通り、『罠にかけよう作戦』だ。」

 「まだ何も言ってないけど?」

 「俺達は『ザ·スパゲッティの全て』って本に細工した。触ると手にくっつく様に接着剤を塗っておいたんだ。それを公園のベンチに置いといた。その本に触れれば、触れた奴の手から本が離れなくなり、オッサンは大慌て!その隙に金玉を蹴り上げて俺達の勝利ってわけよ。」

 「上手くいかなかったのか。」

 「ああ、そうだ!大失敗だったよ!オッサンはその本に見向きもしなかった!何故だ!付箋ふせんにちゃんと『手にとって読んで下さい。』って書いて貼ったのに!」

 「.........いや、それが怪しすぎたんだろ。」

 「じゃあ、やっぱり『シュークリームの全て』にすべきだったか。」

 「本の題材の問題じゃないよ!」

 「それから俺達は就職した。そして考えた末に、武器を使って挑む事にしたんだ。おれは2万円で日本刀を買った。」

 「お前らの人生この二週間で大分良くなったな!ってか2万円で日本刀が買えるか!!」

 「その通り。だが、ネットショッピングの出品名は『大典太おおてんた光世みつよ』と書いてあったんだ。あの三池みいけ典太てんた光世みつよが造った刀だぞ!?天下てんが五剣ごけんの一振りだぞ!?」

 「んなこと言われても俺わかんねーよ!」

 「でも実際届いたのは、これだ!」

 男はスマートフォンの画像を拳太に見せた。

 「うわ、これは酷い.........。」


 そこに写っていたのは.........


 巨大なバナナのぬいぐるみだった。かなりでかい。高さ2メートル、幅、と言うか直径80センチぐらいのバナナのぬいぐるみだ。皮はチャック式になっており、チャックを下ろすと皮を剥くことができ、クリーム色の果実部分が姿を現す様だ。そして、チャックを下ろした皮の裏側に、『大典太光世っす』とマジックで、手書きで書かれていた。それを見て拳太は更に言った。

 「最低じゃねーかよ!詐欺だぞこれ!」

 「そうだ、だが損はしなかった。このバナナのぬいぐるみ、普通に買うと10万円するらしいからな。2万円で済んでラッキーだったぜ。」

 「アホかテメェは!?要らねーだろこんなもん!」

 「でも抱き枕として使うと最高だぜ。」

 「黙れよ!で、武器はどうなったんだよ!?」

 「結局、少年野球時代に使ってた木製バットにしたが、それも叩き折られて本日俺達全員このさまよ。」

 「大変だなおい。お前ら病院行けるか?」

 「大丈夫だ.........。骨は折れてねーからな。おい、みんな!そろそろ帰るぞ。」

 リーダー格の男が他のメンバーに声を掛けると、全員立ち上がり、公園とは反対方向に路地を歩いて行った。

 美夜美が言った。

 「結局、なんだったのかしら......?」

 それに続いて奈々美が言った。

 「さあ.........。」

 一件落着といった感じで、拳太が言った。

 「終わったな。奴らを警察に突き出すのは止めとこう。取り敢えず宮下刑事に報告を.........

 

その瞬間だった。拳太は後ろから日本刀で一刀両断される気配を感じて前方に転がって回避した。

 ダンッ!!

 この音は日本刀ではなく、人間のかかとがアスファルトに振り下ろされる音だった。つまり、踵落としである。

 美夜美と奈々美は拳太が急に転がったのでびっくりした表情を浮かべていた。拳太は前方に転がって膝立ちしながら後ろを振り返る。そこには、

 「良き反応じゃのう.........。若いのに、よく研ぎ澄まされておるわ.........。」

 異変に気付いた美夜美と奈々美は反射的に声の主を中心に美夜美は左側、奈々美は右側にそれぞれ跳び退き距離をとった。

 拳太が言った。

 「このホラ吹きじいさんめ。『良い男』の話は嘘だな?テメェがオヤジ狩の被害者であり、返り討ちにした張本人だろ?」

 「何言っとるんじゃ?わし、良い男じゃろ?」

 声の主の正体は、さっきベンチに座っていたおじいさんだ。

 「『良い男は帰った』って言ったろうがよ。」

 「ああすまん、それは嘘じゃ。」

 そう言うと、おじいさんはアスファルトに振り下ろした右足を真っ直ぐ上に上げてから自分の後ろ側に下ろし、左足が前、右足が後ろの状態で半身になる。そして三人に言った。

 「見たところお主ら三人は武術の心得こころえがおありの様じゃ。どうじゃ、これも何かの縁、武術家同士ちと遊んでみんか?」

 美夜美は直感した。

 「(このおじいさんヤバい!相手にしちゃいけない奴だ!)」

 しかし、拳太はおじいさんに言ってしまった。

 「明日は休みだしな。せっかく川崎まで来たんだ。俺達の目的には合わねーが、ちょっと遊んでみっか。」

 美夜美は思った。

 「(この馬鹿、死にたいの!?でも、まあしょうがないか。この馬鹿がケガでもしたら、あたしが付きっきりで面倒見てあげなきゃね。)」

 この支倉美夜美という女、外見や言動とは裏腹にかなり冷静である。一方奈々美はおじいさんに向けて左足を前、右足を後ろにして半身になり、ひだりてのひら前方ぜんぽうし、ひじかるげてかまえた。

 右手みぎてはへそのあたりにあり、てのひらまえけている。

 それを見て美夜美は思った。

 「(奈々美は既にやる気満々ね。命知らずな幼馴染み達には呆れるわ.........。なら、あたしもるか。)」

 美夜美は少し上体を低くして前傾姿勢になり、左足を前、右足を後ろにして立つが半身ではない。どちらかと言えば体はおじいさんに対して正面を向いている。そして独特なステップを踏み始めた。まずは右足を右側に大きく出して地面を踏み、体ごと右に移動し、左足爪先が後ろにくる。そして今度は左足を大きく左側に出して地面を踏み、体ごと左に移動して右足爪先が後ろにくる。そのステップを繰り返す。ステップのスピードは対して早くないがリズムに乗っている様だ。このまるで踊っている様な独特の構えはカポエイラという武術の構えだ。そして『ジンガ』と呼ばれる基本ステップである。基本的にカポエイラは蹴り技主体の格闘技だが、競技としては相手に攻撃を当てる事は禁止であり、蹴り技の種類、駆け引き、芸術性で競うものだ。しかし、支倉美夜美のそれは違う。カポエイラ本来の格闘技としての意味を持ち、相手に躊躇ちゅうちょせずダメージを与えるための物だ。

 そして拳太は左足を前、右足を後ろにして半身になり、拳を軽く握ってキックボクサーの様な構えをとり、軽く前後にステップを踏んでいる。

 三対一さんたいいち。だがおじいさんがおくすることは無い。最初におじいさんに対して距離を詰めたのはやはり拳太。だが、攻撃を仕掛けたのはおじいさんから見て右側に離れていた奈々美だった。奈々美はまず右足を大きく前に踏み込み、踏み込んだ右足のバネを利用して前方に跳び上がった。このとき、跳び上がると同時に体を左回りに半回転させ、空中で左足が前の状態になる。さらに、右腕を翼の様に広げて肘を伸ばした状態で右上後方から左下前方に振り下ろし、おじいさんの頭部を指先でぶっ叩く様に狙った。このとき右掌てのひらは外側を向いており、親指が下、小指が上を向く上体だ。おじいさんは奈々美の攻撃を右前腕で防いだ。

 「(よう鍛えておるわ。この子は指先でまきを割れそうだわい。)」

 防いだ瞬間、おじいさんはそう思った。そしておじいさんが奈々美の攻撃を防いだとほぼ同時に美夜美が攻撃を仕掛けた。美夜美も右足で大きく一歩踏み込み、右足を軸にして体を左回りに回転させ、左踵かかとをおじいさんの肋骨に差し込む様に一直線に蹴り込んだ。このとき美夜美の上体は蹴った左脚とほぼ一直線であり、右手は地面に着いていた。しかし、この蹴りもおじいさんは左膝を腰の外側に曲げて防いだ。

 「(カポエイラかい、珍しいのぉ。しかも、この子も生半可なまはんかな鍛え方ではないな。)」

 おじいさんは着地した奈々美が次の攻撃を出す前に美夜美の蹴りを防いだ左脚を地に下ろし、右のももを膝を曲げながら胸の高さまで引き上げて膝を左に倒し、右一直線に脚を伸ばして奈々美を蹴った。足刀そくとう蹴りである。このとき、踵で蹴らず右足小指側の側面、つまり足刀部分で蹴った。奈々美はなんとか左腕でこれを防いだが蹴りが強すぎたため距離が開いた。そして奈々美は思った。

 「(おかしいでしょこの蹴り!あたしの尺骨しゃっこつひび入ってない?)」

 尺骨とは前腕の外側の骨である。

 おじいさんが奈々美を蹴る為に左足を下ろした瞬間、美夜美もおじいさんを蹴った左足を地に下ろし、左足を軸に胴体を右回転させて右かかとでおじいさんの顔面を狙って蹴る。このとき美夜美の上半身は起きている。後ろ廻し蹴りの要領だが、空手の後ろ廻し蹴りと違って最初から膝を曲げない。脚を伸ばしたまま回転して蹴る。しかし、おじいさんは膝から上をほぼ直角に後ろに反らしてこれをかわす。かわしつつおじいさんは思った。

 「(この回転速度で軸が一切ぶれぬか。見事な体幹じゃのう。)」

 蹴りをかわされた美夜美は思った。

 「(このおじいさん、どんな運動神経してるの!?)」

 蹴りをかわされた美夜美には若干の隙が出来てしまった。この隙をおじいさんは逃さない。ほぼ直角に後に曲がった体を即座に起こすと同時に左脚を軸に右回転をして右かかとで美夜美の右側頭部を蹴った。これは美夜美が見せた蹴りではなく空手の後ろ廻し蹴りである。美夜美は蹴りを食らい地面にぶっ倒された。おじいさんの正面側に倒れた美夜美を飛び越える様に拳太が左足で飛び蹴りを出す。狙うのはおじいさんの顔面だ。おじいさんには防御する余裕があったが、

 「(これを防御してはこの男がこの女を踏んづける様に着地してしまう。)」

 と思い、左側に体を反らしてかわす。拳太は飛び蹴りをしながらおじいさんの右側を通り過ぎた。その時おじいさんは思った。

 「(この若者達は一体何者じゃ!?こやつはわしの頭の高さまで跳んでおるぞ。カポエイラの女の体幹は先天性の物か?小さい女の武術は何じゃ?劈掛拳ひかけんの様に思えるが.........とにかく、恐ろしい若者を相手にしてしまったのう。)」

 おじいさんは実力で言えば圧倒的に格下であるはずの若者三人に恐怖していた。一方、川島拳太も身体能力で言えば圧倒的におとろえているはずのおじいさんに恐怖していた。

 「(このじいさん何者!?俺達の技がなんにも通用しねー!こっちは三人だぞ!なんだよこの身のこなし!)」

 拳太は着地したが、おじいさんに背を向けている状態だ。その状態から体を右回転させて右手でバックハンドブローを出す。だがおじいさんは見切っていた。おじいさんは前屈まえかがみになってこれをかわす。そこで、倒れていた美夜美がおじいさんの右足を刈る様に右のすねでおじいさんのふくらはぎ側面を蹴る。だが、おじいさんにはこれもお見通しだった。足が刈られると悟ったおじいさんは前屈みになりながらもその場で跳んで美夜美の蹴りをかわす。そして前転宙返りをして右足で拳太の頭に向けて踵落かかとおとしを出した。バックハンドブローを出し終えた拳太の頭におじいさんの踵が直撃した。拳太は倒れこそしなかったが、ダメージは大きかった。美夜美は跳び退いて体勢を立て直す。全員の距離が開いたところで、おじいさんが言った。

 「もう、いいじゃろう。」

 おじいさんは構えをいた。他の三人も構えを解いた。戦闘終了である。


 拳太がおじいさんに言った。

 「あなたは一体、何者ですか?何を出しても当たる気がしないですよ。」

 おじいさんは笑いながら答えた。

 「ほっほっほ、わしはただの老いぼれよ。まぁ、空手に手を染めて百年はったがの。」

 奈々美が驚いた。

 「ひゃ、百年!?おじいさん、一体何歳っすか?」

 「未練たらしく長々と百五年も生きとるわい。」

 美夜美が言う。

 「百五歳!?なんなのよその動き!?」

 「武術っちゅう物は、長く鍛練するほど上達する物なのじゃ。それよりも驚くべきはお主達の方じゃよ。」

 「?」

 「見たところ、お主達はまだ二十代前半ってとこかの。その年齢でよくぞそこまで練り上げたものよ。わしがお主達の歳の頃はそこまで強くはなかったぞい。」

 「お、恐れ入ります。」

 そう言ったのは美夜美だ。おじいさんは更に質問を続けた。

 「目的を聞いてもよろしいか?どうも、お主達の武術にはわしらの頃とは違う別の『道』が見えとるのではと思うのじゃが.........?」

 拳太がおじいさんに質問する。

 「別の『道』?」

 「わしらの頃は武術と言えば人をあやめるすべじゃった。決闘となれば降参するか死ぬるかで決着をつける時代じゃ。じゃが、お主達の武術にはその様な感覚が無い気がしてのぉ。」

 奈々美が言う。

 「つまりそのぉ、未熟な武術って事ですか?」

 「そうではない、何と言うか、目的が違うと言えば分かりやすいじゃろうか.........。もし、お主達がわしと同様、長きに渡り鍛練したならば、わしの武術では到底太刀打たちうちできぬ様な力を感じるのじゃ。お主達は何の為に武術を学ぶのじゃ?」

 「人を守るため、ですかね。」

 そう言ったのは美夜美だ。片桐かたぎり弥宵やよいに人助けをしようと最初に声を掛けたのはこの女である。ゆえにおじいさんの質問にすぐ答えられた。おじいさんが興味深そうに質問した。

 「己ではなく、他人をか?」

 「はい。」

 と、美夜美は一言で返答した。

 「そうであったか.........。道理で、わしでは理解出来ないわけじゃな。わしが空手を学んだ時は、『道場から出れば周りは敵と思え』と言われたものじゃ。他人を守ると考える程、心に余裕が無かったんじゃよ。」

 「けどおじいさん、結局俺達は.........」

 「お主らの勝ちじゃよ。」


 拳太の言葉をおじいさんがさえぎった。


 「!?」

 「わしの知らない武術の使い道を遥かに若いお主らから教わった。今日この時まで長生きして良かったと思った事はなかったぞい。お主らの武術は、わしの武術よりも他人に希望をもたらしてくれよう。故に、わしの武術の敗北を認める。じゃあの、若いの。」

 おじいさんはそう言って暗い夜道をスキップしながら行ってしまった。

 「待って下さい!お名前だけでも!」

 と、拳太が叫んだが、あっと言う間におじいさんは見えなくなった。


 「.........何だったのかしら.........?」

 と、美夜美がいった。


 スキップで去っていったおじいさんは美夜美達が見えなくなった辺りで普通に歩き出してこう思っていた。

 「(時代が変わったのう。これからは彼らの時代じゃ。時代錯誤なわしは、もう身を引かねばならんのう。じゃがもしも彼らの身に危機迫る時あれば、わしが必ず矢面やおもてに立とう。この老人に出来ることはもうそれぐらいしかないからのう。)」


 親父狩り騒動、一件落着。


 そして、物語は片桐かたぎり弥宵やよい田中たなか善蔵ぜんぞうのコンビニ強盗討伐に続く。

 



 

 



 



 


 



 


 

 


 

  

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