第7話「凍てつく銀星の叛徒」後編

 第七話「凍てつく銀星の叛徒」後編


 持ち主は言わずもがな、堅鞍かたくら 影奈えいな


 「ははっ」


 ――失礼、適応力に欠けると評したのは訂正しておこう


 実力で劣ると判断するや、直ぐさま火器に頼るその姿勢……


 武術家としては非難されるだろうが、俺にしてみれば誠に正しい!


 武術家の矜恃プライドなんて実戦ではなんの足しにもならない。


 「っ!?は、早く手を上げてひざまずけ!」


 思わず可笑しくなって口元が緩んだ俺を見て女は再度怒鳴る。


 「いや、俺はお嬢様の邪魔をする気はないと言ったはず……」


 「そうですね。ですがそれは……現在いまはでしょう?」


 ニヤける俺と圧倒的優位ながらその不気味さに焦る影奈えいな、そして全く表情が変わらない正面の華遙かよう 沙穂利さほりは冷たく言い放つ。


 ――現在いまの状況では敵でなくとも……か


 いいね、ほんと……主従揃ってなかなかのモノだ。


 平和ボケした日本くにだと思っていたが、どうして中々。


 「早くしろっ!」


 ガッ!


 不気味な笑みを消さない俺に対する不信がMAXになったのだろう、影奈えいなは硬い銃器の先で俺を小突いた。


 「はいはい……」


 ガツンと視界が上下にブレる衝撃を受けて、俺は初めて仕方が無いとばかりにゆっくりとポケットから両手を出して、そして肩の高さに上げ……


 グルンッ!


 「っ!?」


 そのまま頭部に宛がわれていた鉄塊の先を後頭部で押し返し、力が拮抗した瞬間になして力の奔流を即座に振り向いた頬から耳、そして虚空へと受け流す!


 ガシッ!


 結果、直拳ストレート空振からぶったボクサーの如き女が握る銃器ハンドガンの引き金を、女の指示通りに掲げていた左手で押さえ込み、女の手の上から握って無力化する。


 「馬鹿だなぁ、突きつけた銃の近くに敵の手を持って行かせてどうする?」


 ――突きつけられた銃口に頭を押しやってなす!


 それは、生と死をわかつ境界線ギリギリに立った人間が自らで重心を大きく死地へと傾ける暴挙に等しい!


 ――到底、常人まともな神経では無いっ!


 ……と、堅鞍かたくら 影奈えいなおののき、キッチリゼロコンマ何秒かは思考停止しただろう。


 「っっっっ!!?」


 それは瞬く間に立場を逆転された女の間抜けづらを拝めば一目瞭然だった。


 「こんな拳銃おもちゃまで持ち出したのは悪戯おいたが過ぎたな」


 ギリリ……


 「きゃ!」


 俺はそのまま拳銃ハンドガン諸共に相手の腕を捻り上げ、そして意外に可愛い声をあげる相手から物騒なブツを奪い取った。


 ――確認


 ガチャ、カチャ……


 「BU9……Berettaベレッタ BU9ビーユーナイン Nanoナノか。確かに女子供の携帯グッズとしては最適だが……」


 拳銃ハンドガンをそのまま、痛みで右手首を押さえている女に向けて――


 「バンっ!」


 ド定番な発射音を口まねながら、躊躇無く引き金を引いた。


 バッ、バチッバチィィッ!


 しかし銃口からは硝煙臭い弾丸ブァレットではない青白い光が激しく明滅する。


 「やっぱ拳銃ハンドガンに見せかけた電撃銃スタンガンかよ、なるほど……けど、これはこれで玩具おもちゃにしては度が過ぎるなぁ」


 平和な日本でこんな堂々と拳銃ハンドガンなんてそう易々と使えないという姿勢は中々に常識的だが、それでもこの電撃銃スタンガンは平和な日本らしからぬ仕様だ。


 「平然と違法改造した電撃銃スタンガン他人ひと様に向けるなんて怖いなぁ、折角だからこの機会に自分で喰らってみるか?ええと……堅鞍かたくら 影奈えいな


 「くっ……」


 俺はニッコリと笑いながら、警戒する女の方へと一歩、そしてまた……


 「待って下さい」


 その声は俺の背後から響いた。


 先ほどまで俺の正面だった、俺と会話していた少女の唇から出た言葉だ。


 「ようやく話す気になったか、お嬢様?」


 俺は影奈えいなに銃口を残したまま、ゆっくりと黒髪の美少女へと振り向く。


 不測の流れからこんな状況になってしまったかに見えるが……


 これはこれで俺の予測内の……いや、半ば誘導したような結果だった。


 昨夜の様子からもわかるが、結構な証拠を突き付けようとも恐らくは頑なに貝になるだろう少女の口を割らせるのに俺は実力行使……つまり力の差をも見せつけたわけだ。


 ――権力も、状況も、そして暴力でさえ及ばないと……


 「Businessビジネスの話だ。キミが何を企んでいようと俺は進んでキミの敵になるつもりは無い。だ・が・な!事と次第によっては……」


 再会から数日、俺の前では常に仮面女優ペルソナで在り続ける彼女に、


 ”面従腹背な彼女ライアー・ガール”な相手に、


 「…………」


 ――これだこれ、


 この状況でさえも、護衛の女でさえ”たじろぐ”俺の威圧にも、華遙かよう 沙穂利さほりが向ける”銀光の流路ラ・ヴォワ・ラクテェ”の双瞳ひとみは全く動じることはないのだ。


 ――まったく大した少女だよ


 「…………」


 子供の頃から海外で地獄を見て、そして現在の地位にまで這い上がった俺に対峙してこのクールビューティーぶり……


 「…………ぅ」


 ――あれ?


 つい邪悪な笑みを浮かべ、凄みつつも感心していた俺はその異変に気づく。


 「……ぅ……だって……ぅ」


 ――ええ?


 不意に、希な程に美しい”銀光の流路ラ・ヴォワ・ラクテェ”の双瞳ひとみが歪み、そして……


 「そ、そんなに……責めることないじゃないですか……ぅ……」


 ポロポロと、見る間に氷の星々が流れ、白い頬の上を流れ伝う。


 「なっ!?阿久津あくつ 正道まさみちぃっ!!か弱い女性をっ!!純真無垢な沙穂利さほりお嬢様を凄んで脅すなんてどういう屑男くずおなのっ!!」


 ――え!ええええっ!!


 即座に背後でビビっていたはずの堅鞍かたくら 影奈えいなが怒りに我を取り戻して俺を糾弾する。


 「い、いや、だってほら……」


 全く予想外の展開に慌てまくる俺と、


 「わ、私だって話さないなんて言って無いで……す……う、嘘だって……つきたくてついていたわけじゃ…………ばかぁ」


 すっかりグダグダのお嬢様!


 ――おおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!


 悪いのか?俺が全て悪いのかっ!?


 ありとあらゆる展開パターンを予測し、対応策を用意していたつもりの阿久津あくつ 正道まさみちは、最後の最後、詰めの段階に来て全くもって予想外の出来事に頭が真っ白に!!


 「阿久津あくつ……ぅ……正道まさみちくんは……どうしてそんなに、どうして……」


 華遙かよう 沙穂利さほり冷静沈着クールビューティな人形を装った面従腹背の少女ライアーガール……?


 ――ってワケじゃない!?


 ――いや、そんなワケない、なんてことはなくなくて……


 「うぅ……」


 ――もうわかるかぁぁぁぁっ!!


 「なし!なし!”事と次第によって”もなし!絶対に敵対しないからぁっ!」


 テンパった俺は敵味方不明少女の分析を捨てて目の前の惨事に奔走する。


 「こ、これ……使ってくれ」


 そしてアタフタとポケットを探りハンカチを手渡した。


 「う……うぅ…………ありがとう……ございます」


 涙にぬれた瞳でそれを受け取る美少女。


 「…………と、ともかく、お互いの話をしよう、な?な?そして協力を……」


 ――こうして


 なんとも納得いかない形で阿久津あくつ 正道まさみち華遙かよう 沙穂利さほりの同盟は成ったのだった。


 「…………あの……沙穂利さほり……さん?」


 「…………うぅ……はい」


 ――いや、本気マジでっ!!


 ――こんなの予測できるかぁぁっ!!


 第七話「凍てつく銀星の叛徒」後編 END

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薔薇嬢(ベルローズ)と拝金王(ハイキング) ひろすけほー @hirosukehoo

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