二十三、真の黒幕

 春の陽光が通りを照らしていた。数えきれないほどの車が行きかい、駅の売店には、お菓子や飲み物、そして今日の新聞が売られていた。

〈フィンディア、藩王国で起きた反乱事件〉

〈使用されたのは、未知の航空兵器?〉

〈帝国当局、現時点ではノーコメント〉

 どの記事もニコとトムが解決した「ザヒル藩王国反乱事件」の真実には迫れていない。

 それでいい、とエクスカリバーから降りたニコは思った。今回の事件の真実は闇に葬り去るべきだ。そのために今日来たのだから。

 なつかしいラジオ局に入ると、ニコとトムは上司のダニーの執務室を目指した。

 扉をノックし、「どうぞ」という声を聞いて、部屋に入った。

「やあ、英雄さん達。見事な活躍だったそうじゃないか!」

 上司のダニー、ダニエル・ブッシュマンはそう言って、ニコ達を出迎えた。

「それはどうも…。あなたに褒められるとうれしいです。」

「まあかけたまえ。何か飲むかね。」

「結構。私たちがここに来たのは別の理由です。」

「どうしたんだ?そのシリアス。『愛してます』とでもいったら怒るぞ。」

「怒っているのは私たちの方ですよ。全てあなたの思惑通りだったんですから。」

 ダニーは首をかしげる。

「はて?どういうことかな。」

 ニコは続ける。

「初めからおかしいと思っていた。どうして、あんな政情不安な国に休暇で行かせたのか。あなたは仏心でそんなことをしたのではなかった。理由はザヒル藩王国の秘密兵器〈ヴォルフラム〉の情報を手に入れるため。私たちがそれを知れば、世界中に暴露され、ザヒル藩王国は解体される。さすがに私たちが〈ヴォルフラム〉を破壊し、藩王国を解体に追い込むことまでは想像できなかったでしょうが。」

 トムが驚く。そんなことをダニーは考えていたのか。

「ほう…。すると、君は私が誰だというのかな。」

 ダニーの表情にはまだ笑顔が浮かんでいたが、目は笑っていなかった。

「おそらく、合衆国の諜報部の人間。しかも相当高位の高官。」

 はっはっはっ、とダニーはいかにも無理やりと言わんばかりの笑いを見せた。

「想像力のたくましさは素晴らしいがね。私はしがないラジオ局員だよ。」

「だからこそですよ。」

 ニコは続ける。

「マスメディアの人間が二つの顔を持っていることはよくあることです。スパイというのは普段は一般人を装っている。そして、多くの情報を集められる立場の人間であることが多い。」

「合衆国は現在、世界中の国でスクラップ・アンド・ビルドをしている。いわゆる民主制の国を増やすためだ。北の独裁国家を頂点とする独裁主義陣営との冷戦に勝つために、戦後の世界秩序のまとめ役となるためにも、不安要素は取り除く必要があった。そのためにもザヒル藩王国は東洋一の危険因子だ。何が何でも取り除く必要があった。」

「立派に演説しているがね。大切なことを忘れているよ。」

「何です?」

「私が君の言うスパイである。それをどう証明する?」

「…わかりました。あなたがこれほど往生際の悪いようなら、これを出すしかないようですね。」

 ニコは懐から緑色の冊子を取り出した。

 それを見た瞬間、ダニーの表情がギクリとしたものになった。

「実は、ここにユリナが私たちと初めて会った時に使った偽造パスポートがあります。ユリナから受け取っておいたのですよ。」

 ダニーは顔を青ざめさせる。

「このパスポートは作りが粗い。捜査機関に調査してもらえばわかることですよ。この国の諜報部が関わったことが。どうです?これでも、まだシラをきりますか?」

 ダニーは深々とため息をついて、言い始めた。

「ザヒル藩王国に〈ヴォルフラム〉のような未来兵器を売り込んだ、ヴォルフガング・ノイマイヤーは現在、我々が危険人物として追いかけている人物だ。」

 ダニーはあっさり自分の素性を明かした。そして続ける。

「我々の調査では、ノイマイヤーは『終末作戦』なるものを西の強国の総統から託されたらしい。」

「『終末作戦』?」

「死を覚悟した総統が、世界秩序の混乱を狙って立案した作戦で、世界中に不安因子を送り込み多くの国を無秩序状態にすることで、帝国の復活を画策したプランだ。ノイマイヤーはその計画の実行を託されたらしい。」

「それが〈ヴォルフラム〉だと?」

「あれだけではない。ほかにも多くの国に武器を売り込み、民主主義陣営の国の混乱を図っている節がある。我々は今後、ノイマイヤーが残した未来兵器の陰に怯えながら生きなければならないだろう。」

 ダニーはそこでマグに入ったコーヒーを一口飲み、

「この合衆国は、先の大戦では、戦火に焼かれず済んだが、次の嵐は迫っている。もしかしたら、ノイマイヤーは力を持ち、政界に身を置いて、その時を待っているのかもしれない。我々が警戒しているのが『第二の総統』の登場だ。それだけは何としても防がねば。」

「…わかりました。どうやら私たちはとんでもない綱渡りをしていたようですね。この一件は私たちの胸の内にしまっておきましょう。ただし、それには条件があります。」

「条件?何だね?」

「ユリナを、これ以上巻き込まないでください。」

 ダニーは小首をかしげる。

「あの子をこれ以上、あなたたちのグレートゲームに付き合わせるのはやめてほしいということですよ。偽造パスポートを渡すような真似をすることはやめていただきたい。彼女は医者になりたいだけなんです。もうこれ以上くだらない痴話げんかに巻き込ませないでくれ。」

 最後の口調はやや砕けたものになった。ダニーは頷き、

「いいだろう。そのパスポートと引き換えだ。ユリナには金輪際関わらないと約束しよう。」

「感謝します。」

 そう言って、ニコはパスポートをダニーに渡した。




「おい、トム。明日が休日だからって、こんな簡単にばてて情けないぞ。」

 街のパブでニコとトムは飲んだくれていた。酒を飲みなれていないトムは、すぐ二の腕を枕にして寝入ってしまった。

「まったく…、だらしがない。」

「なら、私が付き合うわ。」

 背の高いスーツ姿の女性がやって来た。カワグチだった。

「おう。カワグチ。飲むか。」

「ええ、久しぶりに飲みたい気分。」

 マスターにビールを注文し、それが来たところでジョッキをぶつけて乾杯した。

 ごくごくと飲み、すぐに追加の注文をする。

「かぁぁぁ…。やっぱりいいわね。こうしておいしいお酒が飲めるのは。」

「無理して付き合わなくてもいいんだぞ。」

「いいえ。付き合いたいのよ。」

 追加のビールが二人に来たところで、カワグチが言いだした。

「ザヒル藩王国での活躍は聞いたわ。そのユリナっていう子。きっといい医者になれるわよ。」

 酔いで動きが緩慢になりながらも、ニコは言った。

「そうか?」

「これだけの事態を、手助けを借りながらも解決したんだもの。きっと大丈夫よ。」

「そうか…。そうだよな…。」

 未来のことなんて、誰にもわからない。明日のことなんて、せいぜい天気予報を気にする程度のものでいいのだろう。ノイマイヤーがどうしているかなんてわからない。だが、私たちはきっと明日を掴める。平和な明日という未来を。

「よーし!朝まで飲み明かすぞ!」

「こらこら。はしゃぐのはなし!」

 ニコもカワグチも大笑いした。



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