二十二、休暇の終わり

 地面に火の玉となって墜落した〈ヴォルフラム〉には構わず、全速力でアリの複葉機は逃げ続けた。

 やがて、朝日が昇り、光り輝く太陽の世界になると、ニコはやっと悪夢から解放されたような気がした。

 一時間ほど飛び続けて、複葉機はこの国に来た時と同じく、国際空港の小型機専用の滑走路に着陸した。

 格納庫には、一足先に待っていたトムとユリナ、スティーブンソンが待ち構えていた。

複葉機は完全に止まり、トムが後部座席に駆け寄ってきた。

「ニコ、ホントによくやった。」

 トムが感極まった顔でそう言う。今にも泣きだしそうだ。

 ニコは微笑を浮かべ、トムの力を借りて、地面に降り立った。

「お疲れさまでした。これで作戦は完了です。」

 操縦席から降りてきたアリも笑顔でそう言う。

 スティーブンソンとユリナがやって来た。

「本当にありがとうございます。ニコさん。我が国と同盟国の帝国を代表して感謝を申し上げます。」

「でも、勲章も何ももらえないんだろう?」

 スティーブンソンは笑って、

「作戦は極秘扱いとなりました。〈ヴォルフラム〉なんて存在しない。そもそもサンダーボルトを鎧袖一触に蹴散らす兵器なんてありえませんよ。」

「真相はすべて闇の中か。いかにも君たちらしい。」

 そして、ニコはユリナに向き直った。

 ニコは言った。

「すまなかった。君のお父さんには気の毒なことをした。」

 ニコは謝罪した。しかし、ユリナは、

「謝る必要はありません。父の行動は許されるものではありません。あなたたちは我が国を救ってくれた。それだけで満足です。」

「…そうか。」

 胸の奥が痛ましくてならない。もっと他に方法があったのではないか。そう思える。

「さて、時間がありません。ニコさん。トムさん。出国の準備を。」

 スティーブンソンが促す。ニコもトムも思った。

これ以上、この国にいるのは危険だ。帝国の取り調べを受けるという事態は御免こうむりたい。

 ただ、ユリナは、

「あの…。もう少しこの国にいませんか?」

 別れが名残惜しいのだろう。思わず本音が出てしまったようだ。

「残念ですが、これ以上は無理です。」

スティーブンソンがきっぱり言う。ニコはユリナに声をかけた。

「もう君は籠の鳥じゃない。どこへでも好きなところに飛んでいける。」

 はっきり言う。

「それと君には謝らなければならない。」

「何をです?」

「君が医者に向いていないと言っただろう。」

「ああ、あれですか…。」

「あれは取り消す。君は間違いなく名医になれる。そのためにも、私たちみたいな人間と関わっていてはいけないんだ。な?この先、君には未来が待っている。その未来に向かって突っ走れ。あ、困ったことがあったら、短波ラジオの私たちの番組を聞くといい。これが番組の周波数だ。」

 ラジオ局の名刺を差し出すと、ユリナは寂しそうな表情で受け取り、少し背伸びをして、ニコに口づけをした。

「また会いましょう。」

「…ああ。また会う日まで。」

 ニコはトムに促され、振り返りもせずに旅客機へと歩いていく。

 その様子を見たアリは、

「何と気持ちのいい人たちだろう。」と言った。

「きっと…、きっとまた会えます。」

 嬉しそうな口調でユリナが言った。

「そうでしょうね。必ず会えると思いますよ。」

 この件にはほとんど脇役だったスティーブンソンがそう言う。






 旅客機の狭いシートに座ったニコとトムは、やっと一息ついた。

「やっと休暇の終わりだね。短いようで長かったね。」

「まだ、全てが終わりじゃない。」

「どういうこと?」

 トムが首をかしげる。

 ニコが言う。

「帰ったら、私たちを嵌めてくれた黒幕との対決だ。」

 トムには、さっぱりわからなかった。



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