二十一、決戦!
サンダーボルト戦闘機隊投入と、その壊滅から四時間後。
帝国軍東方派遣師団、空軍基地では最高危険度のレベルⅮの警報が出され、基地内がサイレンで騒がしくなっていた。
騒がしいどころではない。
すでに撤退命令が本国から出されたのだ。
攻撃が一切通用しない兵器に対してできることは、退却しかない。
ここで兵を無駄死にさせるわけにはいかない。戦場で死ぬのはいい。だが、一方的な空爆で基地ごと焼き殺されてしまったら、どうしようもない。
残った兵たちは直ちに輸送機に乗り込んでいた。
レーダー観測員が上官に告げる。
「報告!あと二十分で敵が飛来します!」
「退却を急がせろ!兵たちには常備薬以外の持ち物は持たせるな!」
しんがりを務めるレッド・アトキンソン准将は大声で命じる。
自分たちは敵をなめていた。
いくら後悔しても遅すぎることは確かだが、できることなら三日前に戻りたい。
その頃なら、射殺されたウェブスターの裏切りを知り、ガジュ・シンの野望にもギリギリ対処できたのに。帝国軍を壊滅させる兵器の存在を知らせられたというのに。
「退却の準備が整いました。」
アトキンソンの副官、アルベルト・ハルゼー少尉が緊張で疲れた顔で告げる。
「私はここにいるよ。」
「そんな…。」
ハルゼーは絶句する。何の罪もないこの准将が自らの死をもって、責任を取るというのか。
「君たちはよくやってくれた。ここで生き抜くのが君たちの役目だ。さあ、行きなさい。」
「…了解しました。ご武運を。」
ハルゼーは悲しそうに最後の命令を承諾した。世界大戦を生き抜き、空軍でも指折りの実力者の准将の最期がこのようなものだとは、誰が想像しただろう。
ハルゼーは輸送機に走り去っていき、アトキンソンは高射砲の銃座に着いた。
たとえ無駄と分かっていても抗いたい。それが最期の望みだった。
アリが操縦する複葉機はもうじき〈ヴォルフラム〉と会敵するところだった。
「そろそろです!準備はいいですか?」
イヤーマウスからアリの声が響く。
「準備は出来ている!接敵は予定通り、タッチ・アンド・ゴー(滑走路に接地し、また上昇する事)のイメージで頼む!」
「了解!」
返事を受け取り、ニコは暗視スコープを付けた。いつでも撃てるようにロケット砲を取り出す。
「あそこです!見えますか!」
「ああ、見える。」
水平距離、およそ二百メートル。その異様な物体は、まるで鉄でできた風船だった。直下を見てみると帝国軍の基地が見えた。灯火管制を敷いているらしく、暗視ゴーグルを付けていなければ発見できなかっただろう。すでに〈ヴォルフラム〉には勝てないと悟ったのか、輸送機が発進していくところだった。
だが、
「やめろ。今は飛ぶときじゃない。」
〈ヴォルフラム〉の上甲板から炎が吹き上がった。対空ミサイルを発射しているのだ。発射されたミサイルは離陸したばかりの、上昇する輸送機に追いついていく。
「フレアを放て!」
ニコが思わず叫ぶ。だが、辺境に配備される輸送機に、そんな贅沢な装置はない。
ミサイルが直撃し、輸送機が炎の塊となり、地上へ落下していく。派手な爆音をたてて、輸送機は地面に墜落した。
「ぬうう…。」
思わず唸る。逃げるだけの相手まで、こんな風に撃ち落とすとは。
「仇は取る。必ず取ってやる。」
ニコが無線機に声を張り上げる。
「接近しろ!計画通りに!」
「了解!」
見ていろ。お前を倒す。
なぜか、ユリナの表情が浮かんだ。こんな時になぜ思い出してしまうのか。そのユリナとの約束を果たす時が来た。
すべての思いを受け取り、今、お前を倒す…
「投弾開始。原人どものねぐらを火あぶりにしろ。」
ガジュ・シンは自信たっぷりにそう命じた。
これで帝国も考えを改めるだろう。自分たちをさんざんバカにした罰だ。この勢いで帝国首都も火の海にすれば、我が藩王国は国際舞台でも、その影響力を行使できる。
「報告!」
「どうした?」
ハキームが尋ねる。
「当機直上に長さ一メートルの金属反応あり!上空より接近してきます!」
「何だと?」
「これはおそらく…、携帯式ロケット砲の金属に反応したと思われます!」
「何!そんなものが今までどうして発見できなかった!」
ガジュ・シンが艦長席から思わず立ちあがり、レーダー手を問い詰める。
「もしかすると、敵は複葉機に乗り込んでいるのでは?」
ハキームが答える。
「複葉機だと?」
「木造の複葉機はレーダーの電波でも捉えきれないため、先の大戦では、破壊工作に使われたとか。」
「呑気なことを言っている場合ではない。直ちに撃墜しろ!」
「それが…。レーダーで探知できない物体はロックオンできず…。迎撃は事実上不可能です!」
「人力の対空砲を放て!何のためにここにいる!」
「それが…。予算が足りないと言って、その手の兵器は必要ないと省かれて…。」
これが〈ヴォルフラム〉の最大の弱点だった。レーダーで探知できない物体への攻撃手段が、台所事情の厳しい藩王国には用意できなかったのだ。
「おのれ…。」
ガジュ・シンの夢は砕かれようとしていた。
「補足した!」
ギリギリまで、〈ヴォルフラム〉に接近したアリの複葉機の後部座席から、ニコが叫ぶ。
「ファイアー!」
ロケット砲の引き金を引き、ロケット弾が放たれる。
放たれたロケット弾は上甲板の速射砲に直撃した。
大爆発が起こる。速射砲内の砲弾がHEAT弾頭のロケット弾の直撃を受けて、誘爆したのだ。耐えようがない。敵の航空機を殲滅する砲弾やミサイルが次々に誘爆していくのだから、爆発による紅蓮の爆風が次々と広がっていく。
〈ヴォルフラム〉は火柱を上げながら、落下していく。ニコには、まるでザヒル藩王国の最期の断末魔のように聞こえた。
「離脱しろ!爆風に巻き込まれる!」
「イエッサー!」
アリは全速力で〈ヴォルフラム〉から離れた。
攻撃を受けた〈ヴォルフラム〉内部は大混乱に陥っていた。
ほとんどの兵たちが職務を放棄し、パラシュートの準備をしている。
ガジュ・シンはどこで自分は間違えたのか、わからなかった。
「陛下…。脱出を…。」
頭から血を流したハキームが促す。
「構わん。ここでいい。」
「陛下…。」
「ハキーム、ご苦労だった。」
沈痛な表情でハキームは主に寄り添った。
ふと、ガジュ・シンの脳裏にユリナが医学大学に合格した時のことが思い出された。
――なんだこれは。
この現象の意味が理解できない。ユリナに掛けた声まで再現される。
よく頑張ったな。私の王国から名医が生まれるのは誇りだ。これからは自由に生きろ。
ユリナは少し寂しそうな表情で言ったものだった。
頑張ります。きっと、この国一の名医になります。
――ああ、そうか。
ガジュ・シンはこの現象の意味を悟った。
次の瞬間、業火がガジュ・シンもハキームも、逃げ出そうとしていた配下の兵たちも吹き飛ばした。
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